25
あーだこーだと子供じみた言い合いをした後、私がセリフ練習を真面目に始めだしたら、トキ兄は黙って私の隣に居てくれた。私はそんなトキ兄をチラリと見たりして、たまに視線があっては恥ずかしさで目を逸らしていた。その度にクツクツ笑われて、顔が赤いままだったのを思い出す。
しばらくただ二人で隣に座っているだけの時間が過ぎて……トキ兄が2本目のタバコに火をつけたあたりで、黙っていた彼が突然声をかけてきた。
「なぁ……」
今までと違う、どこか艶っぽさのあるその呼びかけに、中学生の私はドキドキした。
いつもとどこか違う、何かを感じて。――そしてあのことを尋ねられたんだ。
「僕はあなたを思うたびに一番じかに永遠を感じる……って知ってるか?」
唐突にそう尋ねられた私は、きょとんとしてトキ兄を見た。
想像もしなかったその質問に、思考が追いつかない。
「高村光太郎の智恵子抄らしいけど、聞いたことないか?」
「高村光太郎は知ってるかも。授業で習ったもん」
「そっか。なぁ……永遠ってなんだろうな――」
「え?」
「俺には、永遠なんて分からない」
トキ兄はそう言って星空を見上げると、ふーっと煙を吐き出した。
一緒になって見上げるとそこには綺麗な満天の星空。
「トキ、に、ぃ?」
チラリと隣を見ると……まるで涙が流れているのが見えそうな切ない表情のトキ兄。
ギュウ……
何かに心臓が掴まれた感じがして、胸が痛い。
突如高鳴り始めた鼓動が抑えきれなくて、両手で心臓のあたりを抑えた。
「なぁ、教えて。俺に」
揺れる瞳で、星空を見たまままた同じ質問を続ける彼に、私は――
初めて男の子を、ううん。男の人を抱きしめてあげたいって思った。
力いっぱい抱きしめて、私の腕の中に閉じ込めてあげたいと思ったんだ。
でも――中学生の私には、そんなこととてもじゃないけど出来なくて。ただ、切ない想いを胸に秘めたまま、彼を見つめ返した。そして……
――あれ? それから私どうしたんだっけ?
人から尋ねられたことは案外覚えてるのに、自分が言ったことって意外と忘れてる。
いつの間にか、補佐との現状を忘れて、ぼんやりと一人回想に耽ってしまっていた。
「悪い。ちょっと寝させてくれ」
起き上っていた体からふらりと力が抜けたように後ろに倒れた補佐。
「すみませ……っ」
「いいんだ、俺が悪いから。でも―――」
「はい?」
「起きてから話がしたい。だから家に居てくれないか?」
「……分かり、ました」
私が頷くと、補佐は安堵したのかふっと口端を緩めて笑って気を失うように眠りについた。
私が告白なんかしたから、余計な神経を使わせてしまった。そのことに少し後悔する。
瞳を閉じた補佐を見て、あの時の――満天の星空を見上げたあの夜の切ない表情を思い出した。
どうして、気が付かなかったんだろう。髪が短くなっていても、メガネを掛けていても。
この人の瞳の奥に宿る寂しさにも似た切なさは、8年前からちっとも変っていなかったのに。
「ねぇ……永遠は、見つけなくちゃダメなんですか?」
私は目を瞑ったままの補佐に、小さく尋ねてから寝室を後にした。幾度かお邪魔したことがあるとはいえ、上司の家には違いない。待っていてくれと言われて、イエスと答えたけれど……
「どうしてたらいいんだろう……」
とりあえず、いろいろと動いてるうちに喉が渇いてきたので、申し訳ないと思いつつも冷蔵庫を開けさせてもらった。
「水と、ビール……か」
残念なほどに中身が空に近いその箱の中に愕然としつつも、私は水を取り出してコップに注いだ。
ゴクリ――
一口飲みこむと冷たさが体中に広がって、熱った頬も冷えた気がする。
「どうしたら、いいんだろう……」
また同じ言葉を呟きながら、胸の中に溜まる気持ちが治まることはない。補佐のことは好きになるばかりで、止めとけと言われて止められるならとっくに止めているよと言いたいくらいだ。
それでも……あんなに辛そうな表情をしながら告げた補佐の言葉が刺さって、痛くて……どうすればいいのかなんて、もう私には分からなかった。
ただもう、後には引けない。このまま、何もなかったことには出来ないんだから。私は胸を張って好きだと言うしかないんだって、自分の気持ちを再確認した。
「熱、どうだろう……」
しばらくぼんやりと台所で立ち尽くしていた私がふと気が付いて時計を見ると、時刻は11時だった。コップを流しで洗って、水きりに伏せておいてから補佐の部屋へと向う。
そこには変わらず眠ったままの補佐が居た。瞑った目がギュッと寄せられていて、苦しそうだ。そっと額に手を当てると、やはり熱くてあまり下がってない様子。水に触って少し手が冷たいせいか、額に触れた瞬間表情が和らいだ気がして私の頬も緩んだ。




