15
「回転寿司でどうだ?」
自分の中に籠りかけていたら、横でそう提案する声が聞こえた。顔を上げて正面を見ると、回転寿司の旗が見える。
「100円均一だけどな」
ニヤリと笑ってそういう補佐がなんだかいつもよりも近い感じがして、ダメだって思うのにやっぱりそのことが嬉しく思った。
店の前で、寿司なら少しは付き合えるからここを選んだけどいいか? って尋ねられる。補佐はそれを自分の我儘だから、というけれど……そういう微妙な気遣いが本当にすごいなって、ただただ私は脱帽するだけだ。そして同時に悔しいなって思う。
どうしてそんなに気が回るんだろうって、負けた気持ちになる。
たかだか3年目の私が補佐に勝てるわけないって分かってるんだけど……同じ社会人としても、勝てないって思わされるばかりだ。
それでまた私の中の補佐株が上がるし、なんだかドキドキしてしまうし悔しいったらない。
「あー、どっちにしよう……っ、あぁっ!」
そんなことをボンヤリ思いながら、締めのデザートにチョコかチーズかどっちのケーキにしようかと悩んでいたら、うっかり通り過ぎてしまった。
――手が届かないっ
ようやくデザートの辺りが流れて来たって喜んでいたのに、私ってばなんでトリップしてたの馬鹿! って自分に叱る。叱りながら、どよんと落ち込む私を横目に、進行方向側に居た補佐がひょいとその2皿をレーンから取り上げた。
「え……補佐、ケーキ2皿も食べるんですか?」
あろうことかとり逃したケーキを補佐が2皿とも手にしている。そのことに、ショックよりも驚きで動揺していたら「お前な。俺が食うわけないだろ」と言って、私の前にドンっとケーキの乗ったお皿を置いてくれた。
「どっちも食えばいいだろ、ケーキくらい」
どうやら私がどっちを食べるか悩んでいて、且つとり逃したことに気が付いていたらしい。
そのことに恥ずかしくなって、合った目を思わず逸らした。
「残ったら食ってやるから」
どこまでも優しい補佐に、またクソーって思いながらお皿を引き寄せる。
引き寄せてすぐにスプーンを取り出すと、口に一口放り込んだ。
「~~~っ、おいしいっ」
満足げにチョコを頬張り、続いてチーズも一口口に入れる。
「うーん、どっちもいい」
さっきまでの恥ずかしさなんてすっかり忘れ去って、独り言を連発しながら食べていた。我ながら現金な奴だなって思うけれど、それが私なんだからもうどうしようもない。
すっかり存在を忘れつつあった補佐がそんな私を見て笑い始め、その笑い声を聞いてようやく誰と食事に来ているのか思い出した。
「……あ」
ケーキふた皿にテンションが上がりすぎていて、完全に頭から抜けていた存在に遅ればせながら照れ、私はスプーンを置いて一口水を飲む。
――は、恥ずかし……
いつまでも学生じゃないんだから、すし屋ではしゃぐな自分と心底突っ込みたくなる。チラリと補佐を見れば、そんな私の態度を気にした様子はない。どことなくにこやかな表情を浮かべながらふとカレンダーを見て、10日か……と呟いていた。
「俺にも味見させろよ」
「え?」
突然何を言われたのか分からなくて、ぽかんとした顔のまま補佐を見つめるとニヤリと笑われた。
「まさか一口もあげたくないとか、がめついこと言わないよな?」
――って、もう! 私のことをなんだと思ってるの!?
そんな突っ込みをひとりでしながら、チョコを一口スプーンで掬って差し出した。もちろんそのスプーンを渡すつもりで差し出したのだ。それなのに補佐は、私の手をつかんでスプーンを持ち上げぱくりと食べた。
「あま」
漏れた声が、想像以上に甘かったと物語っている。
――って、手、手!!
私の手を下から掬うように掴んだまま、補佐は口の中のケーキをもぐもぐと咀嚼している。ずっと手を握られたままで、私はどうしたらいいのか分からなくて急激に体温が顔に集中し始めるのを感じていた。
何で離してくれないんだろうとか、どうしてスプーンを一人で持ってくれないんだろう、とかとにかくアワアワしすぎて離して欲しい気持ちでいっぱいになっている。
けれどそんな私にはなぜか気づいてくれないようで「ん、そっち」と顎でチーズケーキを指された。
言いながら離された手に安堵してチーズケーキを食べていたスプーンに持ち替える。
持ち替えてからチラリと補佐を見ると、早くって顔をされる。どうやら自分で掬って食べようとかそんな気はないらしい。
――やっぱり、私が食べさせるの? って、た、食べさせるって! なんか、やらしいし!
一人突っ込みをまたしながらチーズを一口掬って、恥ずかしいから俯いたまま手を差し出すと、今度はすぐに手を掴まれなかった。それにホッとして顔を上げたのに、私は絶句してしまった。
「は……」
「あ、俺コッチ派」
いきなり補佐が私の持つスプーンにパクリと齧り付いている。
それは知らない人が見れば、完全に「あーん」ってあげちゃったみたいな状態になっていた。
あまりの暴挙にぽかんと口を開いたままの私を取り残して、私の上司様はケーキの感想を現状を気にすることなく漏らしていた。




