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〇16 背中に張りつく蝉のように

「一応聞いとくけど、このあたりに人が住むようなお屋敷があるの?」


 いつの間にか私の隣に立っていたレオルドに聞いてみる。

 空間が歪んだ気がしたから、巻き込まれたときにレオルドの位置もずれたんだろう。レオルドはしばらく考えるそぶりをしてから。


「一つだけ、あった。こんないわくつきの場所に別荘を建てた貴族がな」

「わーお」


 とんだご趣味である。いるんだよなぁ、わざわざこういうところに興味本位で来る人。普通の肝試しスポットならちょっと呪われるか、見えないなにかとランデブーするくらいだが本当にヤバイところというのはあるものだ。


「しかしまあ……なんだ。随分前に取り壊されたはずだぜ。--一家そろって行方不明になったからな」

「……やらかしてる」

「んー、やらかしたのかもしれないが……」


 歯切れ悪く、言い淀むレオルドに私は首を傾げた。


「なにかあるの?」

「実は何度か、来たことがあるんだよ。そこの奥さんは美人で気立ての良い人だった。村の子供だった俺達を笑顔で迎えて、遊ばせてくれてな。よくいるような、悪ふざけするような人には見えなかったんだ」


 だからこそ、その貴族一家が行方不明になったとき随分とショックを受けたらしい。


「その人達、なにか重大な目的があってここに別荘を建てたのかしら?」

「分からん。あんときは俺もまだガキだったしな」

「あのお屋敷、その記憶と合致する?」

「……たぶん。似てると思う」


 レオルドは記憶を手繰るように頷いた。


「人の気配がするな」


 修行の成果で気配の探知精度が上がったらしいルークが、険しい顔つきで屋敷を見つめる。ルークはゴースト系はからっきしなので彼でも拾える存在の気配ということは、お化けの類ではなさそうでちょっとほっとする。殴れる対象だと安心感が増すのはなぜだろう。私、浄化の力使えるのにね。


「とりあえず、ご招待されたっぽいし行きますか」


 ルークを先頭にして私を挟むように隊列を組み、屋敷へと近づく。

 確かに、空間が歪んでいる感じはするが、幽霊的な気配はまったく感じなかった。屋敷が触れられる距離まで近づくと、そっと触れてみる。しっかりとした壁の感触があった。ただの幻、というわけでもなさそうだ。


「見れば見るほど、当時とまったく変わらないな……」


 ぼうっとした表情でレオルドが屋敷を見回した。


「あそこに木のブランコがあって、サラが一回壊したんだ。あっちの滑り台は、遊びに来る俺達の為に用意してくれて……」


 その記憶通り、レオルドの指し示す方には遊具が置いてあった。古びた様子もなく、そこにある。


「まるで過去にでも来ちまったような錯覚を覚えるな」

「うーん……時間までは越えてないと思うけど」


 時間操作系魔法も存在する。ただ、扱いが非常に難しい上に大きな代償も必要となるので準禁止魔法に指定されている。過去を変えるタイムパラドクスだとかが原因で元の時間軸に戻れなくなったり、並行世界で生きていこうとしても己の存在が異物として時間に排除されるのだとか。難しいことは分からないが、時間遡行(じかんそこう)を試みた魔導士は誰一人戻らず、真実は闇の中だ。


「うっし、女は度胸。たのもー!」

「……お前、考えてるようにみえて結構なにも考えてないことあるよな」


 ルークに呆れられた。

 いや、だってここで策も何もない。仕掛けられたようなもので、これみよがしに怪しいお屋敷があるんだから誘われているんだろう。危険でもこっちから突っ込まなくてはいけないときがあるのだ。

 玄関前でノックに続けて声をあげる。すると、しばらくして穏やかそうな女性の声が返ってきた。


「どなたかしら?」


 扉を開けたのは、上品なご婦人だった。黄金の髪を緩く巻いた澄んだ青い瞳の女性。年の頃は三十半ばほどだろうか。立派なお屋敷に住むご婦人にふさわしい見た目だが、自ら来訪者を出迎える立場の人には見えない。


「……う、嘘だろ……」


 私の後ろで絶句するレオルドの声が聞こえた。


「あら、見ない顔ね。いつも来てくれる子供達じゃないし……あ、旅行者かしら? もしかして迷子になってしまった?」


 にっこりとご婦人が微笑む。その姿に悪意や敵意はまったく感じられない。だがレオルドの反応からして、普通のご婦人じゃないんだろう。

 私は笑顔を取り繕った。


「そうなんですよー。ここって本当、迷宮みたいですよね~。あー、観光に来たのに足がもうパンパンでどこかで休めないかと。ついでに道を教えてもらったり、お茶を貰ったりできたら嬉しいな~」


 ちらちら。

 後ろからルークらしき手拳が背骨をゴリゴリした。分かっている、かなりあからさまだ。だが私はあえて彼女を試しているのですよ。

 さあ、本性を現すがいい!


「まあまあ、大変だったでしょう。使用人もいない寂しいところだけれどお茶くらいは淹れられるわ。ゆっくりしていって。近くの村の人に連絡を入れますから、無事に森の外に出られますよ」


 曇りのない澄み渡った青空のような笑顔が私を襲う!

 ……とか、一人で茶番してたけどご婦人は普通に良い人だった。罠を仕掛けられているのかと思ったが、怪しい部分はなにもなく、出されたお茶も美味しかった。毒とか色々勘繰って解毒魔法をかけてからいただいたけどなんにもなかった。

 ただただ、ずっとレオルドの顔色が青かっただけでそれ以上の気になる点はない。


「……さて、ご婦人……サンドリナさんがお菓子を用意しているこの間に聞いておこうか。……どうしたのレオルド」


 レオルドは頭を抱えてテーブルに突っ伏している。


「怖い……ちょー怖い」

「ビビんないで。私も色々と仮説は立ててるから。なんでもこい」

「とか言いつつ、カップを持つ手がめっちゃ震えてるぞシア」


 るせーわ。嫌な予感しかしないんだよ、レオルドの反応からして。だから嫌なのにー!


「サンドリナさん……は、間違いなくここの屋敷の主、伯爵の奥方だ。もう、本当に記憶違いであって欲しいほどにまったく変わってない」

「わ、若作りかしら」

「俺がここに来ていたのは二十年以上前だぞ? さすがに皺のひとつもできるだろ……」


 震え慄く私達をよそにルークは部屋を物色している。度胸あるなおい。屋敷の住人だということはレオルド情報が正しければ一家全員行方不明中のはずだ。


「ゴースト……じゃないわよね?」

「そういう気配はしないんだよ。本当になにもかも、当時のままだ。この応接間もよく通されたし覚えてる。そこに夫人お気に入りの白兎のオルゴールがあって……そうだ、キャリーがふざけてベックの宝物だったガラス玉をそこに隠し--」

「ガラス玉、もしかしてこれか?」


 暖炉の上に置いてあった白兎のオルゴール。その中からルークはガラス玉を発見した。


「おおふぅ……あれ、確かキャリーがすっかり忘れてそのままになってたはずだ……」

「やめてぇ、もうやめてぇ……帰りたい」


 お化けじゃないにしても七不思議並みに不気味過ぎて泣きたい。


「怪しすぎるし、やっぱ探索するか」

「ルーク、君は勇者か」

「違うし……勇者って柄でもねぇーだろ」


 ルークの顔色が見るからに曇った。私も失言だった、反省しよう。クレフトの件は、騎士団でも伏せられてるのか詳細を未だ教えてもらってないんだよな。


「私はルークについていく。あなただけについていきます、背中に張りつく蝉のように」

「首は絞めるなよ……」

「おっさんもー! おっさんもくっつく!」

「無茶を言うな。おっさんは頑張れ」


 ルークは背中に引っ付く私を容赦なく引きずりながら部屋を回り始めた。夫人に許可なく勝手に歩き回るのはよろしくないが、やはりまったくのシロではないだろうから夫人に見つからないように家探しするしかない。


「おいシア、効率悪いだろ。そっち見てくれよ」

「そんなこと言って、振り返ったらいないとかそういうパターンだ! よくあるホラーシーンだ!」

「はいはい」


 べりっとはがされて、ぽいっと雑に放り投げられた。

 ……この対応、思い出す。王城の七不思議を姫様達から面白半分に聞かされて夜一人でトイレに行けなくなり泣きついたベルナール様と同じ対応でござる。


「いーだ……いいわよ、もう。ルークもベルナール様もこういうのは扱い雑なのよね。ゴースト平気組め! これなら司教様の方がまだ優し……」


 言いかけて思い出した。

 大聖堂なんかは裏手が墓場だし、霊安室もあるしでそういう話は事欠かない。もれなく震えあがってトイレに行けなくなって、運悪くシリウスさんもいないという状況で偶然遭遇した司教様がおんぶで連れてってくれたのだ。青天の霹靂だったが、司教様いわく本当にいるから私みたいなのは連れて行かれやすいんだそう。司教様自身はゴースト平気組だが、分かる人なのでその手についての危険度も熟知してるんだろう。

 大聖堂はたまりやすいとのことで、文句言いつつもちゃんと連れてってくれたのだ。

 そのときに、確か悪いものに連れて行かれない『おまじない』を教えてもらった……。


「ねえ、ルーク……」


 念の為、二人にも教えておこうと思って振り返って。


「……」


 シーンと静まり返った室内を見回した。

 いない。誰もいない。私以外、誰もいなくなりやがった。


「だからああああ! だから言ったじゃああああん!」


 どうしよう、本気で泣きそう。

 とりあえず生還したら覚悟しとけよルーク。

 冷静に考えれば、空間がねじ曲がっているだけだろうと思う。空気が揺れた感じはしなかったが、一歩踏み込んだだけで別の場所へねじれ繋がることもある。ここはすでにおかしなことになっている空間だし、一番ありえるだろう。


「冷静に、冷静になれシア。私はできる。私はやれる。私はなにも怖くない。そうなにも怖くなんか--」


 ガタッ!


「ひいぎゃああああ! 怖い! とてつもなく怖い! 助けてシリウスさん! ルーク、リーナ、レオルド、ベルナール様ぁ! 誰か助けろゴラああああ!!」


 手元にあったものをぶん投げまくる。

 そうだ、こういうときの為のおまじない!


「司教様司教様司教様司教様司教様!!」


 司教様が言っていた。怖いものがいるなら俺の名を叫べと。それでだいたい裸足で逃げていくらしい。さすが司教様。

 しかしいくらおまじないを叫んでも、物音が止まない。

 なんで!? あ、もしかして司教様の名前の方を叫ばなきゃ効果がないのか!?

 頭が真っ白で、司教様の名前をド忘れした。


「ヴィヴィアン! ヴィヴィアン! ヴィヴィアン!」


 違う。これじゃ女性名だ。司教様に殺される。

 一人ですったもんだしていると、ガタガタさせている物陰からちょこんと小さな顔が覗いた。


「……へ?」


 それは小さな少年で、私の方をとても怯えた表情で見ていた。

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