〇15 離さないでね!
「やっとこの格好から解放される……」
心底うんざりした様子で、アギ君は女装を解いた。
まだアレハンドル村へ戻る途中の馬車の中だが、到着前に着替えてしまいたかったらしく、さっさと元の姿に戻ってしまった。ちょっと残念。
伯爵の城から逃走して一日、隠蔽の魔法でやり過ごしながら上手く追っ手を巻けたはずだ。私はともかくアギ君はこの歳にして魔法のプロフェッショナルだし、その辺は大丈夫だろう。偽装元にも迷惑がこれ以上かからないようには工作済みだし、私達を調べ上げるにしても時間がかかり過ぎるからよっぽどでもない限りここまで調べは及ばないとみている。
馬車に揺られながら、私はゆっくりとベルナール様から渡された資料と依頼内容を確認していた。
依頼内容は、簡単に言えば遺跡の調査だった。
アレハンドル村の近くに遺構があるというのは、前にレオルドから教えてもらっている。あの辺りの土地には古の伝説が色々あるのだと言っていた。
ソラさんも、ここの土地は古くから呪われているのだと話していたのを思いだす。
調査対象の遺跡は、アレハンドル村近くにある。なぜいきなりそんな場所を調べさせるのか、その疑問の答えは、塔の化け物と呼ばれる『リーゼロッテ』の調査報告の項目で判明した。
リーゼロッテさんは、どうやら元々はこの土地を治めていた貴族、ベルフォマ伯爵家の血筋らしい。それが色々あって現在のラミリス伯爵家に吸収、成り代わられたようだ。彼女は最後のベルフォマ伯爵家直系で、ラミリス伯爵が彼女の保護者、後見人として戸籍に登録されている。
ラミリス伯爵家というのは、元を辿ればベルフォマ伯爵家の分家筋で、リーゼロッテさんの数代前のベルフォマの血筋と婚姻関係を結ぶことでこの地を治める正当な血を手に入れた。以降、力関係は逆転しラミリス伯爵家の方が本家のような顔になってしまい、ベルフォマ伯爵家自体はリーゼロッテさんの代で消滅の危機である。
ベルフォマ伯爵家、衰退の原因は諸説あるようだが、その一つに近親婚を繰り返し血が濃くなり過ぎたことがあげられる。大昔なら、他所の血を嫌って近親婚を繰り返す貴族や王族は多かったが、近親婚によって遺伝子異常が起きやすくなることが知られてからは、よほどの理由がない限りは兄弟間での結婚はなくなっている。とはいえ、上流貴族に限っては最近まで行われることもあったようだが。
ベルフォマ伯爵家は、ごく最近までそんなことを繰り返し続けていた貴族の一つだ。ゆえに、遺伝子疾患と思われる早世や、奇病を発症する者が多かったらしい。
突き詰めると、実は悪魔病も遺伝子疾患の一つではないかと言われている。実際にベルフォマ伯爵家からも悪魔病を発症した例が報告されていた。
それに合わせて、異形の子供が生まれる例も報告されており、領民からは密やかに『悪魔の一族』などとも呼ばれていたらしい。
古から呪われているといういわくつきの土地。そこをかつて治めていた『悪魔の一族』などと揶揄されるベルフォマ伯爵家。
ベルナール様の考えでは、リーゼロッテさんにもなにがしかの人外の力が備わっているのではないか、とのことだった。
そこで登場するのが、調査対象の遺跡である。
この遺跡は、伝説では『古の悪魔を封じた場所』とされており、地元民でも滅多に近寄らない場所なのだそう。いわくがありすぎて、調査隊もほとんどが派遣されておらず、手付かず状態にあるようだ。ラミリス伯爵家が許可しないのもあるが、個人で興味本位に調べに行った学者が何日も行方知れずになり、後日変わり果てた姿で発見された……などということもあったらしい。
ホラーは苦手なので、そういう話を行く前にするのはやめていただきたい。
近場ではよく迷ったり、事故が起きるのでほとんど封鎖状態になった。と、報告書には記載されていた。
それでこの遺跡とベルフォマ伯爵家の繋がりだが、なんと大昔からベルフォマ伯爵家の血筋がこの遺跡の守り手として存在していたらしい。この土地を治めるというのは、この遺跡を守護する役目も同時に負うものだったようだ。しかし、二百年くらい前に当時のベルフォマ伯爵が伝説や伝承よりも利益を選び、遺跡を含めて周囲の土地を別荘地に変えようという計画を立てた。しかし、その計画は上手くいかず、作業員などの事故死も発生した為に頓挫する。そこから、ベルフォマ伯爵家はおかしなことになっていった。異常に多発する、奇病や異形の赤子。死ぬまでに正気を保つことのできた当主はほとんどおらず、どんどん衰退の一途を辿っていくことになる。
私はここまで読んで、頭を抱えた。
迷信とかで簡単に片付けられる話じゃなさそうだ。あまりにも呪われ過ぎている。
呪術というのは、禁忌とされているが存在はする。だから呪いだなんだという話があってもおかしくはないのだが、その話の九割は思い込みだ。でも一割は本物なのでしっかり調査する必要がある。
あー、でもこれマジの方な確率高いよね。
嫌だな……お化けは嫌だ。
私はアギ君に報告書を押し付けると、ふて寝した。潜入調査は不完全燃焼だし、次はホラー現場だしで不貞腐れないとやってられねぇ。
アギ君は、真剣な表情で報告書を読み進めると。
「ゴーストぉ……」
私以上に暗い顔になった。
「おばけやしきですか!?」
アレハンドル村に辿り着き、名残惜しみながら巨乳とさよならした私はレオルド達と合流した。彼らは主に情報収集と近隣の調査などを行っていたのだが、あまり有益な情報は得られておらず肩を落としていた。そこで私達が数日ぶりに帰還し、盛大に労ってくれたのだが、今回戻ってきた詳細を話すとリーナがはしゃいだ。
「いやいや、リーナよく聞いて。お化け屋敷じゃなくて超いわくつきのヤバイ遺跡に行くんだって」
リーナには難しい話だと思って報告書の内容を噛み砕いて伝えたのだが、お化け屋敷に行くものだと勘違いしてしまった。
「りーな、おばけさんとおともだちになるの、とくいですよ? むらのちかくのもり、ほかのばしょよりいっぱいです。あ、アギおにーさんのうしろにもうひとり--」
「うおおおおおあああああ!!」
「ぐえぇぇ……素晴らしいタックル、さすがお嬢……間違えたアギ君だ」
隣に立っていたアギ君が私の脇腹に猛突進した。
「リーナやめなさい、アギ君が怖がってるでしょ」
リーナはきょとんとした顔をしている。
この子、やっぱり大物だわ。
「確かに、あそこは色々昔から言われてるところだな。村の住人も寄り付かないくらいだし」
さすがに地元民であるレオルドは知っていたようだ。
「お化けか……剣で斬れるといいんだけどな」
ルークは物理が効くかどうかで悩んでいる。君もゴースト平気組か。
「もし本当にゴースト関連ならリーナが強いんだけど、あまりにもいわくありげすぎて仲良く交渉……とはいかない気がするのよね」
「そうなるとやはりリーナを連れて行くのは危険か……」
「ダメですか……?」
私とレオルドが悩むとリーナがしょぼくれた。得意分野なのに力を発揮できないのが悲しいのだろう。
「一応、レオルドもその手には強い方よね?」
「強いっつーか、おっさんホラーはどちらかというと苦手だからな? ただ、時々うっすら分かる程度ってくらいで」
ギルド大会のとき、私の守護霊の姿も見ているようだったので即戦力かと思ったが、やはりリーナほどではないようだ。
「ルーク……」
「俺、見たことも感じたこともねぇーから」
ルークは魔力ゼロだし、元々そういう才能もからっきしのようなのでゴーストに影響されにくいけど、感じることもできない、という感じか。
アギ君は、本気出せば見えるらしいが『絶対嫌だ』と引きこもってしまった。アギ君はリーナと一緒にお留守番かな。
「それじゃ、遺跡の調査は私とルーク、レオルドの三人で行きましょうか」
子供二人を村に置いていくことにはなるが、サラさんのお父さんの村長さんもいるし、アギ君は単身でももう心配ない年だ。二人ともしっかりしているし心配はないだろう。
準備を整え、アギ君にリーナを任せると私達は調査対象の遺跡へと出発した。
なんというか、道中の森は雰囲気満点だった。
「ひぃっ!」
薄暗いし、変な鳥の声も聞こえるしで、なにげない物音にもいちいちびびってしまう自分が情けない。
「ルーク! 離さないでね! 離したらグーパンだからね!」
「はいはい」
「ルーク! おっさんも離さないでね!」
「おっさんは、もうちょい頑張れよ……」
ルークは私とレオルドに挟まれてサンドウィッチ状態である。唯一ホラー平気な彼は、頼れる柱である。私がルークの左隣なのは、いざという時に彼の利き手が剣を握れるようにだ。なのでレオルドが必然的に邪魔になる。
「おっさんだって怖いのに……」
レオルドには可哀そうだが、耐えていただこう。ルークの左は譲れない。
道中はそれほど面倒事は起こらなかった。雰囲気はバリバリあるが、目に見えるものはないし、背筋が寒かろうと実害は今のところない。
「レオルドぉ……やっぱいる?」
「いるなぁ……気配があっちこっちにあって気持ちが悪い」
やっぱりね。私も魔力あるからその程度は分かるんだよなぁ。しかも確実に普通の場所よりたむろってる数が多い。
「普通の森にしか見えないけどな?」
ルークはあっけらかんとしている。逆に羨ましい。
「でもまあ、大丈夫だろ。ルークが元々そういうのまったく寄せ付けない体質のようだし、なによりマスターの守護霊が強すぎる」
「あ、例のそこそこイケメンな私の守護霊?」
ギルド大会でもちょっと聞いたな。
「そうそう。近づこうとするよくないやつは、全部ぶっとばしてるな」
「強ぉ……」
どうやったらお礼できるんだろうか、手でも合わせておこうか。
「なんかこう、どことなくクレメンテの次男坊に似てるんだよなー」
「え? ベルナール様に?」
そしたらそこそこどころか、輝かんばかりのイケメンなのでは?
「いやいや、外見とかじゃなくて、なんとなく雰囲気が?」
「へー」
……なんとなく想像して、一人の人物が浮かび上がったが。
まさか……ね?
ありえなくはない、彼は死んでるんだから。でも期待しても私には見えもしないし、声も聞こえないから想像するだけ寂しいだけだ。
守護霊のことを考えるのはやめて、目的地を目指した。周辺には近づくことを警告する看板もいくつか見受けられる。どれも古いもので、朽ちてしまっているのも多い。かなり昔から、この場所がいかに忌避されていたのかが、窺い知れた。
それを無視して先へと進む。辿り着いたのは少し開けた場所だった。遺跡というと大きい建物なんかが想像しやすいが、今回はとても小さいものだった。なにかを祀っていたかのような、壊れた石造りの柱が一つとその手前に小さな朽ちたお社のようなものがある。
「ここが遺跡≪霊廟≫だな」
「霊廟って言われてるの?」
「ああ、悪魔の墓場とも伝えられてるな。そこから伝承では古の悪魔が封じられた場所とされている」
悪魔っていうのは、古代の時代に女神ラメラスが退治、もしくは封印して大陸を平和に導いたとされる聖教会の聖典に記された悪の象徴だ。本当にいたのか定かじゃないが、多くの遺跡には悪魔との戦いを連想させるような遺物が残っている。
真っ白な髪に赤い瞳が特徴的で、驚異的なまでの力を持っていた種族だったようだ。魔王の配下である魔族、魔人などと混同されがちだが聖教会ではまた別の存在であると定義されている。
「めっちゃ壊れてるけど……」
「そうだな……」
「これ、封印されてたって話が仮に本当だったら封印解けてるよな?」
ルークが勇敢にも壊れた柱に近づいて観察している。ルークには分からないだろうが、その柱から発せられる重い魔力圧に息がしづらい。おそらく顔色が悪いことからみてもレオルドも同じように感じているだろう。悪魔が本当にいたかは分からないが、それに似たようなものは封じられていたのではないかと思われるほど、強い魔力だ。
これをぶっ壊したと思われるベルフォマ家は本当にアホだな。
「レオルド、あれ、空……だよね?」
「空だな。十中八九、中にあったもんはどっかいったな」
頭痛が痛い。などと重複したくなるほど、頭が痛い。
「とにかく周辺を調べないと。ルーク、おいでおいで!」
「俺は犬か」
私はルークを引きずり回しながら周辺を調査する。レオルドも近くを探し、ぷるぷる震えながら時折こっちを見るが、見ないふりをした。
ごめんね!
「あ、ルークおんぶ!」
「なんだ? 腰でも抜かしたか?」
「違う違う、高いとこになんかある」
ルークよりも少し高い場所にある木葉の陰になにかを見つけて、私はルークの背を借りそれを掴んでみた。
その瞬間。
「え!?」
なんだか視界が一瞬揺らいだ後……。
目の前が急に開け、そこには美しくも立派な屋敷が現れたのだった。




