〇14 囮ネズミ
一、男の綺麗な顔面を容赦なく殴り記憶抹消。
二、スリープで眠らせてから記憶操作。
三、殴ってとにかく逃げる。
四、殴って蹴って殴る。
五、右ストレート。
五パターン思いついたけど、どれがいいかな!?
五つのパターンのうち、四つが殴るであることに気が付かないほど、私は動揺している。
書庫で調べ物をしている最中、バレそうになって箱の中に隠れたはいいが待ち受けるホラー展開に震えが止まらない。見張りの男の気配が遠ざかったのに安心して箱の蓋を開けたのがいけなかった。
爽やかな声で、貴族男性が纏う仕立ての良い衣装を着た美形の男が私を笑顔で覗き込んでいる。金色の髪に青い瞳で、貴族の血筋にありがちだけどとても色が澄んでいて素直にとても綺麗だと思えた。
私も金髪のウィッグと青色の瞳に変えているけれど、ものが違う。
「えっと、あのーあのー……」
頭が真っ白。
いざとなれば実力行使でいこうと心構えしていたはずなのに、頭は物騒なことを考えられても実行には素早く移せない。移せないというか、この国宝級の綺麗な顔面を殴る勇気が出ない。ボディにあてるのも躊躇するほどの完璧な外見だ。
「可愛くて間抜けなメイドさん。君は最近ちょっと自分の能力を過信しすぎじゃないか?」
「……はい?」
輝くような笑顔で、男になぜか辛辣な言葉を投げかけられた。
その笑顔と声音に私の体は自然と背筋がピンとして全身が震え始めた。
こ、この体に刻み込まれたような反応は--!!
男はしゃがんで、私と目線を合わせてくる。
「冷静かと思ったら、意外と調子に乗るタイプなんだよなぁー昔から。久しぶりに特別コースのデートに行こうか?」
「べ、ベルな--むごっ!?」
うっかり正体を言ってしまおうとした私の口を彼は手で塞いだ。
「ダメだよ、メイドさん」
シーっと彼は人差し指を唇の前にあてて微笑む。少し可愛らしい動作にもかかわらず、私の中で戦慄が走る。
『なにうっかり正体バラそうとしてんだ。殺すぞ』
彼の目は、そう言っている。
私は高速で首を縦に動かした。もう、余計なことは口走らないという合図である。
それを見て、彼は口を塞いでいた手をどけてくれた。私を箱から軽々と脇を持ち上げて出すと、頭を撫でてくれてから。
「お仕事熱心もいいけど、体調には気を付けるんだよ」
そう笑顔で言って、去っていく。
去り際に、訓練された無駄のない動きで私のポケットに紙切れを押し込んでいった。
平常心を装いながら、仕事場に急いで戻り一日の業務を無事に終了された私は、誰にも見られないように気を付けながら忍ばせられた紙を見てみる。
『離れ、サラさんの部屋にて深夜零時きっかり集合』
慌てて時計を見ると、十時を丁度過ぎたところだった。私とアギ君は同室で、もう二人ルームメイトがいるが彼女達がお風呂にいっている間に、アギ君に話を通した。
「え、マジ?」
「幻かとも思ったけど、よく考えたらあんな怖いイケメン二人もいられたら困るわ」
イケメンはイケメンでも、二人も三人も同じのが並んだらホラーにしかならない。
でも本当に、王都で厳戒態勢にある彼がどうしてここに?
疑問に思いながらもアギ君と一緒に、こっそりとサラさんの部屋へ向かった。いくらアナベルさんの信頼が厚いとはいえ深夜にサラさんを訪ねるのはおかしい。だから誰にも見られないように注意して行く必要がある。魔法が使えれば楽々なんだが、今はそうもいかない。
リアル隠形スキルが試される。
「忍びになるのよ、お嬢」
「はらきりげいしゃ?」
「それは意味が違ったような……?」
でも異世界に詳しいわけじゃないので、はっきりとは分からない。まあ、いっか。
私達のリアル隠形スキルが高かったのか、それともリアルラックか。誰にも会わずに私達は離れまでくることができた。前に訪ねた時にはいた見張りがいない。
「見張りまでいないのは、さすがに変じゃない?」
「んー……でもあの人が下手な場所に呼び出したりしないと思うのよね」
あまりにも上手くいっているので逆に不安に思いながらも、サラさんの部屋を目指した。離れにも常駐している使用人が数人いるはずだが、その人達の姿もない。
暗い廊下をひたすら進み、記憶を頼りにサラさんの部屋の扉の前にきた。一応、扉を開ける前にドアに耳をくっつけて音を聞いてみる。
……なにやら談笑しているような、楽し気な声が聞こえてきた。複数人の声だが、どれも聞き覚えがあるものだ。
私はほっとしつつ、扉を開けた。
中には、部屋の主であるサラさんと、日中書庫でホラー体験させてくれたイケメン貴族の格好をしたベルナール様。そしてもう一人、着飾った煌びやかな美女がいた。ベルナール様も、その美女も素顔とはまったく別の姿だが背格好や骨格などは変わっていないので手の込んだ変装であることが分かる。
この美女も声に聞き覚えがある。
「あらシアちゃん、その恰好も可愛いわぁ」
甘ったるい声。ナイスバディを惜しみなく際立たせたドレスだが、下品にならないよう着こなしている。隣に立つ変装ベルナール様にしなだれかかってはいるが、容赦なく頭を鷲掴みにされて拒否されている姿は見覚えがありすぎた。
「えーっと、状況がまったくみえませんけど……ここでは、お二人の名前を口にしても?」
「大丈夫だ。細工はしてある」
変装ベルナール様に許可をもらって息を吐いた。
「それで、これは一体どういうことですか? なぜここに、ベルナール様と……」
ちらりと妖艶に微笑む美女を見る。
「ミレディアさん、ですよね?」
「あったりぃ~、さすがシアちゃん」
ギルド大会でも会った、ベルナール様の部下だ。
「実は、秘密裏に俺達がここへ潜入するのは最初から作戦通りなんだ」
ベルナール様の説明によると、騎士団と聖教会、司教様側は三つの作戦行動を展開した。一つは、大々的に王都で騎士が防衛体制を展開することで、騎士団は王都にいるという印象を強めること。二つめは、私達による作戦行動。こちらは上手くいけば万々歳。三つめは、王都にいると見せかけて騎士団の精鋭が潜入する極秘作戦。ギルド側と騎士団側、双方で仕掛けるのが最初から決まっていたそうだ。
私達に明かすのは、まさにこのタイミング。領主城で私達が接触に成功した時だ。
「それでだ、俺はミレディアの実家のアルフォンテ伯爵家の力を借りて、アルフォンテ家の縁戚の貴族を名乗りミレディアと潜入したわけだな」
「ちなみに仲良し兄妹設定でぇ~す。ねぇ、お兄様ぁ!」
猫のようにすり寄って甘えようとしたミレディアさんの後頭部を容赦なくベルナール様はぶっ叩いた。
「べふっ! そんな照れなくてもいいじゃないですかぁ。それとも初期案の愛人設定でよかったんですかぁ!?」
ベルナール様が無言でミレディアさんに技をかけた。
「ギブギブぅーー! 隊長、しゃれになんないギブぅ!」
あれってなに技だったっけ。卍固めっていうんだっけかな……本物よりも若干優しめだけど、ミレディアさんの骨がギシギシ悲鳴をあげている。
良い仲というわけではないらしいが、仲良しではあるんだろうと思う。女性には距離をとるベルナール様が気兼ねなく、そして容赦なく振舞っているし。貴族同士だし、幼馴染とかなんじゃないかと思っている。
「あらあら、仲良しね~」
のほほんとサラさんが席に座ってお茶を飲みながら眺めていた。こうして見ると穏やかな奥様だが、壁に残っている穴が彼女の力の強さを物語る。
「とまあ、茶番はここまでにしてだな。シア、アギ君……君達はいったんここを出てもらう」
「それはどういう?」
「シアももう気づいたかもしれないが、伯爵はとても用心深い。潜入には成功できても、城内あちこちに罠が張り巡らされている。魔法が迂闊に使えないのもそうだが、わざと尻尾を掴ませるようなことをして逆にこちらが檻にかけられるようなものも多い」
「ああ……今日の私みたいな感じですね」
考えれば考えるほど変なのだ。見張りの巡回路も時間も把握していたのに、それを狙ったかのようなタイミングで予定にない見回りが来たのだ。あれが最初から罠だったとしたら合点がいく。
「シアは器用に立ち回れるが、こういうのはまだまだ素人だろう。今回は俺が最初に見つけたから良かったものの、いつバレるか分からない。いや、おそらくネズミがかかりかけたことは気づかれただろうな」
「うぐぅ……」
大失態だ。
「今のこの状態も、工作してはいるが時間が経てばバレるだろう。そこでシアとアギ君には囮になってもらうことにした」
「囮というと、ベルナール様達がここに安全に残れるように、ネズミが私達であることを見せたうえで逃走しろってことですかね?」
「察しの通りだ」
二重で仕掛けるということか。伯爵は警戒心が強いから、ある程度の敵の侵入までは想定しているだろう。そこで私の今日のヘマで更に警戒心は強まっただろうから、それだとベルナール様達も動きづらい。ならばここは慣れた人に任せて、私達は囮ネズミとして一度退却するのが一番だ。
「分かりました。サラさんを連れて行けないのは無念ですけど……」
「そんなに落ち込まなくてもお前達はよくやっていた。おかげでいくつか情報は得られたしな」
「本当ですか!?」
「ああ、その中で一つお前達に頼みたいこともできたしな。伯爵を一網打尽にするにはかなり慎重にならないといけない。ここは協力していこう、シア」
私は力強く頷いた。
「お前達は、塔の化け物を知っているか?」
「ええ、本人にも会ってきました」
「会えたのか?」
「機会があったので。年頃の美少女令嬢でしたよ、すごい力は感じましたけど私の目にはそう見えました」
「でも、俺は化け物に見えたんだよな……」
その辺はまだ謎のままだ。
「そうか……俺達は身分が貴族だからそっちには行けなくてな。塔の化け物に関する情報をまとめてあるから後で読んでおいてくれ。これから頼むことに関連する内容だ」
ベルナール様から色々と情報と資料を仕入れて、解散することになった。時間的には十分ほどだ。それ以上は、時間を作れないらしい。ベルナール様達が軽やかに窓から出ていくのを見送ってから、サラさんへ向き直った。
「そんな悲しそうな顔をしないで。約束を破ったなんて思ってないわ」
「……そうですね。まだ、これからです」
「ええ、そうよ。ふふ、私も諦めたわけではないし……それにその辺のか弱い娘のように、王子様か騎士様が助けに来てくれるのを夢見るのも素敵だなって思うのよね」
微笑みながら懐かしそうにサラさんはティーカップのお茶を眺めた。
「昔も今も、彼のヒーローでありたいのは変わらないのだけど……一度くらいは、ヒーローに救出されるお姫様もやってみたいわ」
ね? と、勇気づけるようにサラさんに言われた。
「はい! 必ず、サラさんのヒーローが格好良く助けに行きますから!」
気合を入れ直して、私とアギ君は足早に割り当てられた部屋に戻った。
そして騒ぎを起こして、城を逃げ去ることになるのだが……。
せっかくここまでやって、手ぶらで帰るのもね!
ってことで、色々とアギ君と話していた悪戯やら仕掛けやらを残して逃走した。
おそらくここが決戦の場になる。その時の為に、私はやられたらやり返す精神で布石を隠した。




