〇13 可愛い箱入りメイドさん
塔から出るとアギ君が大きく息を吐いた。緊張が大きかったのか、顔は青ざめており冷や汗が頬を流れ落ちていく。
そういえば、私がリーゼロッテさんと話をしていた間、ずっと彼は静かだった。
「アギ君、大丈夫?」
「大丈夫とは言い難いけど、まあ外に出たら落ち着いた。つーか、姉ちゃんの方こそよく平気そうだよね」
「うーん……慣れかな」
何度か魔人と対峙したことがあるからか、あれくらの圧力ならば耐えられるようになっていた。人間慣れればだいたいのことには適応できるんだなと感心する。
「姉ちゃんさあ……」
アギ君は口ごもりながらも私はじっと見上げてきた。何か言いたそうだが、言いにくそうにしている。
「なに?」
「あの塔の化け物と会話してたけど……言葉、通じたの?」
「……え?」
そこで私はアギ君との認識の食い違いを知った。
「牢の中にいたの、本当に化け物だったじゃない。姉ちゃんはなんか熱心に言葉をかけてたけど、俺には化け物がなに言ってるか分からなかったよ」
アギ君は何を言ってるの?
たしかにリーゼロッテさんは、塔の化け物と呼ばれ、彼女から流れてくる力は圧倒的で普通の人なら恐怖で腰を抜かすだろう。けれど私の目には、彼女は可憐な美少女に見えた。言葉だって、ちゃんとした人の言葉を話していたのだ。
でも、考えてみればリーゼロッテさんが私が見たまんまの人の姿なら、メイドさん達があれほど恐怖に震える反応を見せるのは少し違和感を覚える。
……もしかして、私以外の人にはリーゼロッテさんは本当に化け物に見えてるの?
「ちなみに、アギ君には彼女がどんな風に見えた?」
「え? んー、そうだな。黒い影みたいな、お化けみたいな感じかな。昔、廃屋のゴースト退治を依頼されて行ったことがあるんだけど、そこにいたアンデット系の連中に似てたかも。……俺、あいつら苦手でさ、今も結構トラウマなんだよなぁ」
ゴースト系か。
アギ君だけの証言じゃ、確信が持てない。これは、他のメイドさん達にも話を聞いた方が良さそうだ。私はいくつかの仮説を頭の中で立てながら、戻りの道を歩いていると。
「リリさん、マリアさん」
メリルさんが同じ場所で座って待っていた。
「リーゼロッテの様子はどうでしたか?」
「弱っている様子ではありませんでしたよ。よくしゃべってくれましたし」
「そうですか……」
メリルさんはほっとした表情を浮かべた後、恐る恐る聞いてきた。
「あの、姿は……? やはり、おじ様の言っていたように化け物に?」
「それがちょっと分からないんですよね」
「え? それはどういう……」
私は、自分の目には普通の少女のようにうつったが、アギ君……マリアお嬢様には化け物に見えたと説明した。
「それって、どういうことなんでしょうか?」
「まだなんとも言えないですね。なので他のメイドさん達の証言も聞いていこうと思ってます」
「そうですか……」
「すぐに助け出せるような情報がなくて、申し訳ありませんが」
「いいんです。リーゼロッテのことで話が通じたのは、リリさん達がはじめてですから」
メリルさんは、深く頭を下げると去って行った。
ラミリス伯爵の周囲は謎が多い。きな臭いのはすぐわかるのに、実態を掴ませないのは本当にそういう手際だけはいいんだろう。
「厄介ねぇ」
頭が痛くなりそうだ。
とっとと次へ行こうと、足を踏み出したがアギ君が止まったままだったので振り返った。
「アギ君?」
「あのお嬢様……なーんか、変な感じしない?」
訝し気な表情でメリルさんが去っていた方向をアギ君は見ていた。
「変? 特に違和感は感じなかったけど……」
「……そう。じゃあ、俺が過敏になってるだけかな」
「気になったことはなんでも言った方がいいわよ。私が絶対なわけじゃないんだから」
人を無暗に疑うのはよろしくないとは思うと、アギ君は付け足してからちょっと迷ったように言った。
「塔の化け物とあのお嬢様、同じ魔力の気配がするんだよな……」
そういえば、あまり気にしていなかったけれど言われてみれば近いと思えた。血筋なんかで魔力が似ることは多いから、メリルさんとリーゼロッテさんが縁戚ならばありえることだ。小さい頃はよく遊んだと言っていたし、近しい血筋の可能性はある。
それ自体は、変に疑うようなものではないが。
「血筋である可能性が一番高い。そうなんだ、そうなんだけどね……」
アギ君の中で、それは妙な違和感として残ってしまっているようだ。
「引っ掛かってることはなかったことにしなくてもいいと思うわよ。色々な線から攻めていくのがいい結果に繋がってくもんだしね」
「……うん」
メリルさんの血縁関係も調べる必要があるかもしれない。伯爵の縁戚ってだけでも裏で関係している可能性は否定できないしね。
とりあえず、城の仕事に戻った私達はそれぞれ行動を開始した。私は、それとなくリーゼロッテさんと接触したことのあるメイドさん達から情報を聞き出した。
彼女達からは。
『キメラのような色々な動物の顔がくっついた化け物』
『大蛇のような毒々しい化け物』
『巨大な蝙蝠のような姿をした化け物』
などなど。
様々な証言が飛び出したのだ。全員が全員、リーゼロッテさんを違う姿で捉えていた。これは一体、どういうことなのか?
よくよく調べると、彼女達が見たリーゼロッテさんの姿は、自分自身が一番恐ろしいと思っている姿と一致していることが分かった。
アギ君も、その化け物の姿にはトラウマがあると言っていた。そう考えると、彼女の姿は己の一番怖い姿に変換されて見えるという結論に辿り着く。
どうして私には、正常な彼女の姿が見えたのかは分からないが、もしかしたら聖女の力が知らぬ間に作用していた可能性がある。
リーゼロッテさんは、自分は伯爵に飼われていると言っていた。伯爵がなんの目的で彼女を塔の化け物としたのか、リーゼロッテさんについても詳しく調べた方が良さそうだな。
ということで、メイド長アナベルさんに信用されている私は、上手いこと書庫に忍び込んだ。家系図とか諸々情報は書庫に収められていることが多い。もちろん鍵付きの金庫の中に厳重にしまわれて管理されているとは思うが。
「魔力探知が働いている以上、魔法は使えないのよね」
お得意の解除魔法は使えない。ルークのようにピンで開けるという手先の器用さも技術もない。なので。
「カピバラ様~、おいでおいで~」
呼ぶと、しばらくして。
「おい、聖女。召喚するならカッコイイ呪文唱えろってあれほど言っただろ」
ちょこんとカピバラ様がいつの間にか床に座っていた。大変ご立腹な様子だ。
「だって、呪文で召喚したら魔力探知に引っ掛かっちゃうんですよ。カピバラ様が自分からこっちに来る分には魔法と判断されないと思われたので」
「ったくよ……」
「カピバラ様、機嫌を直して。ほらほら、今なら絶賛ラミィ様ばりの巨乳ですよ私!」
「偽胸じゃんよー」
けっ! とカピバラ様は唾を吐く。
ダメかー……。偽物では需要が低いのかなぁ、悲しいな。
「とにかく、カピバラ様この頑丈そうな、いかにも秘密な書類が詰まってますって言ってる金庫、開けてくれません?」
「俺様は便利屋じゃねぇーよ」
「できないんですか?」
「できんよ、バカにするんじゃねぇ」
カピバラ様がキュートな手で金庫をぺちんとすると。
ガチャンと鍵が外れた音が聞こえた。
「え? もう開いた?」
「開いた開いた。じゃーな」
一仕事終えたカピバラ様はとっとと帰ってしまった。金庫のノブを下げると、確かに開いていた。ぺちんで金庫開けちゃうとか、聖獣様すげぇーな。
金庫の中にはたくさんの書類が入っていた。全部調べるのは無理だ。それっぽいのを勘で見ていくしかない。アギ君も連れてきたかったのだが、二人で固まってると目立つし、なによりマリアお嬢様は人気者なもんでね。
ざっとではあるが、書類に目を通した。けれど引っ掛かるものはない。金庫にしまわれているにしては、なんだかどうでもいい書類が多い気がするのだが……。
不思議に思いながらも書類を片付けようとしていると、書庫の入口から物音が聞こえた。
「あ? なんだ、ドアが開かないな」
げ! やばい、人が来た!
すぐに扉が開かないように内側から軽いバリケードがしてあるが、すぐに破られてしまうだろう。私は急いで書類を片付け金庫を閉じると物陰に隠れた。魔法が使えないのは不便だ。隠蔽も使えない。
一応、人通りが少ない時間や見回りの予定も確認しての書庫潜入だったんだけど。
運が悪かったのか、それともなにかあったのか、書庫に入ろうとする人間が来てしまった。扉は無理やり開けられ侵入される。
「なんだ、本が何冊か落ちてたのか? まさか、誰かいないよな?」
男性の声だ。メイドさんじゃない。見回り関係の人だろう。言葉をしっかり話しているので精神傀儡でもなさそうだ。
私は身を縮こまらせ、息をひそめて見回りが去るのを待った。
見つかりませんように! 見つかりませんように!
これはもはや天に祈るほかない。聖女は女神の眷属だし、贔屓して女神様!
普段無宗教で大聖堂でマメにお祈りとかしないが、こういう時だけ女神頼みなのはご愛敬。朝っぱらからお酒のみながら女神像に座ってさぼってるバチ当たり甚だしいおっさんが司教様やってるんだから、女神様は心が広いと信じている!
見回りが近くまで来る。足音がもうすぐそこまで迫り、こちらに距離を詰めていく。もう、自分の心臓の音だけがうるさくて、外に漏れてないか心配になった。
「誰も……いないか……」
至近距離で声が聞こえ、そして徐々に足音が遠ざかっていく。
セーフ? セーフ!?
「あ、そういやあの箱、小柄なやつなら隠れられそうな大きさだな」
ぎゃあああああ!!
そこ、その箱に私イン中! 使用中っ!
箱とかすごくわかりやすいかなとか思ったけど、実際問題そこしか隠れられないし、工作してる余裕なんてなかったし、もう運だけど--いったん安心させておいて急展開とかホラー小説か! こっちくんな!
男の気配が再び近づいてくる。足音が私が隠れている箱の前まで来て止まった。
カタン、と蓋を開けられた音が聞こえ、もう万事休すと諦めの境地で男をどう昏倒させようか脳内の治安を急降下させていると。
「すみません、お伺いしたいことがあるのですが」
唐突に第三者の声が聞こえてきた。男の気配が遠ざかり、扉のあたりで二人が会話する声が少し聞こえて来ると、足音と声が遠ざかり私が感知できる範囲の気配はなくなった。
ほっと息を吐く。
めぼしいものもなかったし、こんなところはさっさと出るに限る。
そう思って、箱の蓋を開けると。
「こんにちは、可愛い箱入りメイドさん」
めちゃくちゃイケメンな貴族男性が笑顔で覗き込んでいた。




