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〇12 叩いて直す系

 塔の中にいる化け物の名前は『リーゼロッテ』という少女らしい。

 そんな情報をラミリス伯爵と近しい貴族だというメリルという令嬢から得た私とアギ君は、友人を助けて欲しいという彼女のお願いを聞いて、とりあえず塔での情報を彼女に伝えるという形で了承した。

 メリルさんと別れて、私達は目的の塔へと歩みを進める。思いがけない話ではあったが、多少の情報を得られたので少し整理しておく。

 メイド達の話によれば、塔の中には化け物がいる。それはとても恐ろしいもので、食事を運ぶメイドは誰しも顔を青ざめ恐怖に震える。私は最初、この話を聞いたときは魔物の一種だと思っていた。だが、メリルさんの話を聞くと、化け物とは彼女と昔親しかった同い年の少女だという。現在、彼女がどのような姿になっているかは分からないが、ラミリス伯爵からは『化け物になってしまった』と彼女は伝えられたようだ。

 ラミリス伯爵は、塔には食事を運ぶメイドくらいしか近づけさせず、縁戚であるメリルさんも近づくことを禁じられ、今まで会いに行くことが叶わなかったらしい。


「ねえ、アギ君どう思う?」

「塔の化け物の話? そうだね……非人道的な人体実験なんかでキメラとか人が化け物に変えられる例はあるよ。今は禁忌だけど大昔はそういう魔法も存在していたらしいからね」


 そういえば、リーナから話を聞いたことがある。聖獣の森の事件で、リーナが魔人ジャックに連れ去られた時、ぷちスライムの『のんちゃん』と融合されそうになったのだと。その時に彼が使用していた魔法陣は、禁忌に触れる古代の魔法だった。

 まさか、今回もなにがしかの形で魔人が関わっているのだろうか?

 そうなると、かなり慎重にならざるを得ない。


「もし、リーゼロッテさんが化け物の姿に変えられていたとしたら、それをもとに戻す方法って存在するの?」

「ない、とは言い切れないけど現状、無理だと思う。術をかけた魔導士が健在で、解除することができるならありえるけど、人体改造系の魔法は取り返しがつかない場合がほとんどなんだ。だから禁忌なんだよ」


 となると、リーゼロッテさんが本当に化け物に変わっていたら救出はほぼ不可能ということか。自我があれば姿はダメでも、保護はできるだろうけど……。


「ちなみに、自我は崩壊してる可能性が大だよ。肉体が壊されてるのに精神が保たれることは限りなくゼロに近い」


 やっぱダメか……。

 彼女の状況いかんでは、助けることがかなり難しいことに考え至った私は悄然と肩を落とした。そんな私をちらりとアギ君が見ると、少し考えるそぶりをしてから口を開いた。


「でもまあ、姉ちゃんなら不可能が可能になる可能性はあるかもね」

「え?」

「聖女の力には俺、詳しくないけど女神の力に近いなら、浄化作用が効いて助けられる可能性もゼロじゃなくなるかなって」

「ああ、そうか! 私、聖女だった!」

「……忘れてたの?」


 聖女の称号が私にあるのかは、正直今現在微妙だけど聖女の力はまだある。試してみなければ分からないが、浄化の力ならば可能性はあるだろう。


「対象の自我が崩壊してて、対話が無理な場合はかなり危険だけど近づいて聖女の力を使うしかないかも。俺がサポートするけど、姉ちゃんはやる度胸ある?」

「誰に聞いてますか。私は慈悲と慈愛の聖女様じゃなくて、調子の悪い魔道具は叩いて直す系の超攻撃(アサルト)型の聖女様だよ?」

「めっちゃ頼もしいや」


 だいたい叩けばなんでも直るよね。昔、ベルナール様の魔道具ぶっ叩いて壊してえらい目にあったけど、もう忘れました。

 アギ君は魔法大好き、魔法オタクだけど魔道具は私と同じく叩いて直す系らしい。意外と大雑把な子である。まあアギ君の場合は、仕組みをよく理解したうえで叩いていい場所を叩くらしいので私よりはるかに高性能な叩く派である。

 そんなどうでもいいことも含め、話し合いながら塔の前まで辿りつくと塔の入口前にある門に二人の見張りが立っていた。塔はぐるりと一周高い壁に囲まれている為、この門を通らないと塔へは入れない。


「あの……」


 食事を持って近くまで来たというのに、見張り二人の反応が薄い。というより、ない。目の前に立ってしばらくしても無言だったので、声をあげると。


「用件を」

「塔の中へ食事を運びに来ました」

「誰が」

「? 領主城で雇われているメイドのリリです」


 見張りの男はしばらく沈黙した。

 そして再び、感情のこもらない声音が響く。


「該当。その名のメイドを確認。しかし、今日の担当はエイリー・ブルーム。なぜ」

「え、えっと……彼女は体調不良の為に急遽交代しました」


 どうも人形としゃべっているかのような気分だ。『該当』とか『確認』とか、メモなどを見ているわけでもないのに、なんで個人で把握できるのだろうか?

 見張りはまた少し黙ってから。


「確認。入場を許可する」


 進行を妨げていた見張り二人の長槍が避けられる。訝し気な顔になってしまったが、二人の見張りは気にしないようで、ただ無言で前を向いている。二人とも兜をつけている為、表情を窺うことはできなかった。

 門を抜け、塔の入口付近でアギ君がひっそりと言った。


「たぶん、思考能力を奪われてるね」

「やっぱり? でもなんで……」


 明らかに様子がおかしい。そういえば、サラさんがいる離れの方にいた見張りもおかしいといえばおかしかった。


「理由は色々思いつくけど、思考能力を奪う目的としては情報漏洩を防ぐことが一番かな。感情的になることもないし、命令には忠実に従うから。強力なものだと体も遠隔操作できる」

「それって魔法?」

「うん、闇属性の精神操作系魔法『精神傀儡(ツリー)』の一種かなって思う。あの様子だとどこかに中継点になってる魔道具があって精神傀儡(ツリー)にかかってる人はそこから情報を貰ったり、命令を受け取ったりしてるんじゃないかな」

「し、仕組みはちょっと専門家じゃないと理解できなさそうね……」

「要するに、使い勝手のいい人形に変えられてるってこと。中継点になる魔道具とリンクして複数人操ってるところをみると術者はかなり手練れだな」


 領主城には、魔法感知などの大きな魔道具も配備されている。伯爵の背後には強力な魔導士の助っ人がついていそうだ。


「伯爵が近くにいなくても、精神傀儡(ツリー)に見つかると情報は洩れるだろうから気をつけないとな」

「了解。気を付ける」


 とはいっても、彼らは複雑な命令は受けられないらしく、門番は門番としての役割に徹する。わざわざ私達を怪しんでこっそり追跡したり盗み聞きをしようとしたりはしないようだ。

 私達も極力、普通のメイドに見えるように注意しながら塔の扉を開けて中に入った。

 中は薄暗く、照明はあるが光源は小さい。温かみもなく、それどころか背中がゾクゾクするような寒気が足元から吹きあがってくる。

 交代したメイドさんの話では、食事は階段を上った先の台の上に乗せてくるだけでいいらしい。

 階段は螺旋状になっていて、一階、二階となっているわけではなく、直接階段が最上階に繋がっている造りになっていた。階段は予想以上に長く、運動は苦手じゃないけど引きこもり気味であるアギ君はすぐに体力の限界が来てしまい、途中で私がアギ君を背負って、背負われたアギ君が食事のプレートを持った。

 長距離を歩くのは慣れてるので、体力は一般女性よりはるかにあるだろう。

 えっちらおっちらと、のぼり続けてそろそろ両足が笑い始めた頃にようやく頂上に辿り着いた。ざっと十階建てくらいの高さはありそうだ。手すりはあるけど、うっかり足を踏み外したら落ちるかもしれない。リーナにはのぼらせられない階段である。

 アギ君を下ろして、周囲を見回せば、かなり閑散とした廊下が広がり、奥には頑丈そうな鉄格子があった。その前に、メイドさんが言っていた食事を置く為の台と思われるものがある。


「なんていうか……」

「異様、だよな」


 なにもない場所。だからこそ際立つ、鉄格子の柵の一つ一つにたくさん張られた札の数々。若干遠目ではあるが、呪文と思われるものが朱書きされている。


「呪言札だね。あそこに化け物がいるなら、力を抑える為の封印になってるのかも」


 アギ君は私よりも目がいいのか、札の種類も推察してくれた。


「呪言札があるってことは、相当強い力を持ってるってことだよね?」

「そうだね。呪言札自体が希少だし、作るにはかなりお金がかかる。あれだけたくさん使ってるところをみると金に糸目をつけないほどにあそこに封じておきたいヤバイものがあるってこと」


 階段をのぼってる途中から、はっきりと分かったが塔の化け物『リーゼロッテ』はとんでもなく強い力を持っている。肌を刺す冷たい力がずっと纏わりついてくるのだ。不思議なのは、それは魔力の類ではないということ。純粋に、覇気というか気のようなものを感じるのだ。それは『リーゼロッテ』が魔導士型ではなく、物理型の能力者である可能性が高いことを示している。


「不測の事態になったら、転送魔法を使えるように準備しとくね」

「お願い。さすがに超攻撃(アサルト)型な私でも軸は治癒術士(ヒーラー)なもんで」


 後衛型二人が、(タンク)なしで狂戦士(バーサーカー)には勝てない。

 準備を終え、ゆっくりと慎重に歩みを進める。近づけば近づくほど、異様な空気は増していく。でも、それと同時に不思議な感覚に陥った。

 攻撃的な気を感じる一方で、穏やかな流れもあるのだ。己で傷つけたものを再び己自身で癒すかのようなちぐはぐな気の流れ。狂気(きょうき)静謐(せいひつ)が混ざり合い、奇妙な同居をしている。

 そんな不思議を感じつつも、私達は牢の前までやって来た。札が多すぎて、牢の中が見えづらいが一人の人間が椅子に腰かけているのが分かった。高い場所にある小さな窓からわずかに射す外の光がその人物をスポットライトのように照らしだす。

 それは私が想像していたような化け物の姿ではなく、メリルさんが言っていたような十代中頃の少女の姿をしていた。銀色の長い髪はゆるゆると波打って腰まで届き、白い肌は陶器のように滑らかで、青いドレスは仕立てのよいもので彼女の身分の高さを暗に示していた。四肢はとても華奢で、触れたら折れてしまいそうなほど儚げ。顔は伏せられていて見えないが、高い品の良さからその少女が美しい容姿をしているのではないかと想像させた。

 私はそっと食事を台のうえに乗せると鉄格子に近づいた。


「こんにちは」


 声をかけてみた。

 牢の中の少女、おそらく『リーゼロッテ』は、少し身じろいだ後にこちらを緩慢に見上げた。

 銀色の前髪が頬を滑って落ちる。

 伏し目がちな目は、透き通るような青でまつ毛が長く、鼻の形も薄桃色の唇も造形が完璧に整っており、想像させられたものより、実物ははるかに美しかった。

 色といい、美形度といい、ベルナール様を彷彿とさせるが血筋のいい貴族にはわりと多い色合いではある。ここまで美少女だとさすがに貴重だろうけど。


「はじめまして、わたくしは領主城に新しく雇われましたメイドのリリと申します。リーゼロッテ様……でよろしいでしょうか?」


 私の問いに、リーゼロッテさんは冷たい眼差しを向けた。表情に感情はないが、視線はとても冷ややかなものだ。精神傀儡(ツリー)なら、もっとごっそり感情がないはずなので彼女は操られてはいないと思われる。


「……変なメイドね。私が怖くないの?」


 しばらくの重い沈黙の後、リーゼロッテさんが低い声で言った。少女らしいメゾソプラノの声音だと思うが、私達への不信からか低めで言ったのだろう。それでも通る綺麗な声だ。


「とんでもなく恐ろしい力をお持ちのようですが、特に」


 自我もあって、急に暴れ出す様子もない。想像していたよりかなり状況は良好だ。言葉も通じるみたいだし、これなら情報も引き出せるかもしれない。


「……ふーん? あなた、メイドの適性は高そうだけど本業はメイドじゃないでしょう?」


 お、なんか見抜かれてしまった。

 さて、なんと答えようか。


「少なくともあなたに害をなすような悪いメイドじゃないですよ~」


 『ぼく、悪いスライムじゃないよ』のノリ。


「そうね、悪意は感じない。……結構イイ性格はしてそうだけど」

「誉め言葉として受け取っておきますね」


 リーゼロッテさんは、ふっと視線を外した。


「あなたの思う通り、私がリーゼロッテで『塔の化け物』よ」


 彼女はそれについては隠すつもりはないようだ。


「それにしてもリーゼロッテなんてよく知っているわね。城のメイドは私をそう呼ぶことはないのに」

「それは、ここに来る直前にメリルというご令嬢から教えて貰いました。幼い頃はあなたとよく遊んだと」

「……そう」


 リーゼロッテさんは、少しだけ瞳を揺らした。けれど、疲れたようにため息を吐く。


「それで? わざわざ『塔の化け物』である私にいったいなんの用?」

「いえ、それがですね。先ほども申しました通り、メリル様からあなたのことをお聞きした時に彼女からお願いがあったんです。あなたを助けて欲しいと」

「……無理ね」


 きっぱりとそう言われた。本来の私達の目的である伯爵の痛いところを探すというのは、まあ伏せなければいけないので、メリルさんの方を出したがやはり答えは否定だった。


「無理、というか私が嫌」

「嫌なんですか? 外に出るのが?」

「そう、もううんざりなの。自分のことは自分が一番よく知ってる。私に自由を与えることの危険度を。爆弾を抱えて外をうろついて石を投げられるような毎日を過ごすくらいなら、化け物呼ばわりされても引き籠った方がよほど幸せよ」


 リーゼロッテさんが、若くして早々に引きこもり宣言なされている。


「えっと……それはご両親やご家族が心配なされるのでは?」


 親のすねかじりは、一番の親不孝って聞いたことありますけど。

 リーゼロッテさんは、ふんっと鼻を鳴らした。


「知らないわ。存在しないもの、そんな生きもの」

「……そう、ですか」


 彼女の青い目が、一瞬で暗く曇った。恨んでいるような、蔑んでいるような色だ。彼女は私と違って、家族というものに憧れも羨望もない様子で、むしろ感情的には反対なのかもしれない。


「ちなみにラミリス伯爵とのご関係は?」

「飼い主。それ以上でもそれ以下でもない」

「それは……リーゼロッテ様はそれでよろしいのですか?」


 自分自身を『化け物』と受け入れ、塔の中に引きこもり、伯爵を『飼い主』と言う彼女に私は問わずにはいられなかった。一般的には受け入れがたい状況なのに。


「あなたは、道が一本しかない時どうするのかしら?」


 不意に、彼女がそう聞いてきた。リーゼロッテさんは、不貞腐れたように私を見詰める。


「私ですか? 私は……そうですね」


 ちょっと考えて、色々と昔を思い出した。一本しか道がない状態は結構経験している。


「その道が気に入らない場合は、新しいのを作っちゃいますね」

「……作るの?」

「はい、作ります」

「道具もないのに?」

「道を切り開くのは体一つでなんとかなりますよ。後は工夫ですね、その辺のいい形の石とか丈夫な枝とかを拾って使ってもいいですし、尖ったものを研いで鋭くして鎌みたいにしてもいいですね」

「一人ではすぐに疲れてしまわない?」

「誰もいないならコツコツすればいいですよ。いつかは道が開通します。時折、人が通るのなら勧誘は試みるべきだとは思いますが」


 私は運が良かったんだと思う。放り出されても、誰かが手を差しのべてくれた。司教様がいて、シリウスさんがいて、その後は姫様達やリンス王子、イヴァース副団長、そしてベルナール様が。勇者から離れてからも様々な出会いが、私に新しい道を作らせてくれた。

 リーゼロッテさんは、少し落ち込んだように私を見た。


「……恵まれてる」

「はい、すごくそう思います」

「ずるいわ」


 リーゼロッテさんは、そういうと背を向けた。


「もう出ていって。久しぶりに人と話をしたから疲れたわ」


 そこからは話しかけても彼女は一言も返さなかった。現状、彼女を牢から出す手立てがないので一度、アギ君と城へ戻ることにした。

 牢を去る前に、私は一つだけ彼女に向かって言葉を投げた。


「あなたはその道で本当にいいのですか?」


 その問いの答えは、冷たい風にさらわれていった。

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