発売記念、特別ストーリー*そんな幸せな初夢
本日、一巻発売!
それを記念して、特別ストーリーを掲載します。
今回はお正月ネタで、時間軸は不明。
こんなことがどっかであったり、あるのかもしれないね、くらいで読んでください。
それではよろしくお願いします!
この国には、たくさんの異世界文化が根付いている。
なぜなのかは分からないけれど、この国は昔から異世界からの来訪者が一番最初に降り立つ地であるらしい。古の勇者も、ある時の聖女も、いつかの語り継がれる英雄も……どこかの異世界から来た人間だった。
春の月には、大人が飲んだくれて騒ぐお花見が。
夏の月には、花火が彩るお祭りが。
秋の月の最後には、子供達が主役のハロウィンが。
冬の月には、白髭のサンタクロースが子供達にプレゼントを贈るクリスマスが。
--そして、今日。
新しい年を迎えたまだ肌寒さが残る冬の最後の月。新年の最初の一日は、元旦といってお正月をお祝いする日になっていた。これも異世界文化の一つである。
さあ、そろそろ目が覚める。
起きたら、準備をして台所へ行こう。リーナとレオルドが好きそうなあんこ餅でも作ってあげようか。ルークは甘いものが苦手だからお雑煮がいいかな。
「おはよう」
どこか懐かしい声音で、優しく起こされた。
おかしいな、かけられた声は男性のものだ。
部屋への不法侵入?
だとしたら、すぐさま成敗。
勢いよく飛び起きると、私はベッドから転がり落ちてしまった。
「ふふ、シアってばそんなに急がなくてもお餅は逃げないよ?」
声の主は、苦笑すると床に転がった私を助け起こしてくれた。
「え、え……?」
軽々と抱えられて立たせられると、私の視線よりも頭一つ分高いところにその人の顔があった。記憶と寸分違わない、優し気な面差しの男性。灰色の長い髪を三つ編みに結って、穏やかな銀の瞳が微笑みに細められる。
いるはずがない。
ここに、生きて、存在しているはずのない人。
「シリウス……さん?」
数年前に縁あって私の養父となり、そして一年も経たない短い時を過ごし、最期は私を守って死んでいった。
「どうしたんだいシア? そんな泣きそうな顔をして」
そう言って、優しく頭を撫でてくれる。
--嗚呼、そうか……これ、夢なんだ。
新年の初夢ってやつだろうか。初夢にシリウスさんがでてくるなんて、私にとっては幸せなことだ。だって、私ずっとシリウスさんが亡くなってから一度も彼を夢で見たことがないのだ。夢でくらい会わせてくれと何度も願ったけど、どうしてか見なかった。
「お、おはようシリウスさん。え、えーっとあけましておめでとうございます?」
「はい、おめでとう。ふふ、まだ寝ぼけてる?」
「そうかもしれないです……」
よくよく部屋を見回せば、ここは王都にあるギルドの自室だ。シリウスさんがいるのに大聖堂の部屋じゃないのが変な感じだ。彼と過ごしたのは、大聖堂の部屋なのに、今と過去がごちゃ混ぜになっているのかもしれない。
「あ! そうだシリウスさん、いくら養父でも娘の部屋に勝手に入るのはいけないと思います!」
「えー……」
「えーじゃないです! はい、はい! 着替えるんで出てってくださいね!」
シリウスさんを部屋から追い出して、身支度を整えると部屋を出てリビングへ行った。そこにはギルドのメンバー、リーナとレオルド、そしてルークがいる。子猫のラムとリリ、ぷちスライムの『のんちゃん』、カピバラ様と皆揃っていた。
各々、いつものように過ごしている中にシリウスさんが楽しそうに椅子に座って彼らを眺めている。
「あけおめ、シア。お前が一番最後とか珍しいな」
「あけおめ、ルーク。そんなに寝てたかな?」
ギルドで一番の寝坊助であるルークが、コーヒー片手に笑った。
「あけおめ、マスター。もう昼近いぞ?」
「え! 嘘!」
リビングの隅にある筋トレスペースで筋肉を鍛えていたレオルドがとんでもないことを言った。生まれてこのかた昼近くまで寝こけていた記憶はない。
「りーながおこしにいこうとおもいましたが、しりうすおじさんが『むすめをおこすのは、ちちのしごと』というので」
シリウスおじさん……そうか、シリウスさんはおじさんか。司教様といいシリウスさんといい、あんまり顔に年齢が出ない人達だから、そう言われると改めてシリウスさんは四十近い人だった。今も生きていれば四十になっていただろうか。その姿はもう永遠に見ることは叶わないが。
「シアも起きたことだし、皆で餅つきでもやろうか」
シリウスさんが言うと、皆がワイワイと餅つきの準備を始めた。ルーク達はシリウスさんを違和感なく受け入れている。元々、そこに彼がいたかのように振舞う。
違和感を感じているのは……私だけだ。
そりゃそうよね、私の夢なんだから。
「よぉーっし、おっさんが杵で餅をつくぞ!」
「あー、いやいや! おっさんはできた餅を丸くする係な! 杵は俺やるからっ」
「えー……じゃあ、せめて臼の中の餅をひっくり返す方……」
「それは私がやるね!」
ささっと、やる気のレオルドから杵とその隣のポジションを奪う私とルーク。
意地悪じゃないんだ、レオルドが杵持ったらどこをド突くか分からんし、餅をひっくり返すポジションは杵とのタイミングを上手く合わせないと怪我をする。嫌な予感しかしません。
「残念だね、レオルド。こっちに来て、私とリーナを手伝って」
「レオおじさーん、りーなといっしょにこねこねするです」
シリウスさんとリーナに呼ばれて、しょんぼり顔だったレオルドも笑顔で待機した。
「よし、やるわよルーク!」
「おう!」
もち米を臼の中に入れて、タイミングを合わせ素早くリズミカルに打っていく。
声も掛け合って、なかなか順調に餅ができあがった。ルークは私の息を読むのがすごく上手いんだと再認識。夢の中だけど、現実でもこれくらい上手く彼ならやってくれそうだ。
「……ルークは、シアととても息が合うんだね」
感心したようにシリウスさんがルークに言った。
「そうっすか? まぁ、そこそこ一緒にいる時間もあったからかな……」
あまり自覚のなさそうなルークに、シリウスさんは微笑んだ。でも、どこかちょっと寂しそうだ。
「シリウスさん?」
「ねえ、シア。私とも餅つきしてくれないかな?」
気になってシリウスさんに声をかけたが、彼もまた私に誘いをかけてきた。
「え? いいですけど……」
すでにうちで食べる分には十分だけど、おすそ分けする場所はたくさんあるのでもう一回ついても問題ないだろう。
ルークから杵を受け取って、今度はシリウスさんが打つことになった。
最初は、それとなく上手くいってたんだけど。
「うわっと」
「あ、ごめんなさい!」
タイミングがちょっとズレた。手を打たれるほどじゃなかったけど、少しヒヤッとした。
「シア、怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
無事に二回目の餅はできあがったけど、シリウスさんが気落ちしてしまった。
それから一緒に餅を丸めたり、あんこを乗せたり、お雑煮を作ったり。お正月の料理を作って、楽しく食卓を囲んだ。そんな明るい一幕にも、どこか線を引いているシリウスさんの姿が異質で、私の目には際立って見えた。
いるはずのない人がいる矛盾。
それでも、私はこの夢がとても幸せだと思う。
もしも、あの時……彼が死ななかったら。
もしかしたら、ありえた光景だったのかもしれない。それでも違和感を感じるのは、それがもう叶わない夢と空想の一つであると、私が認めているからだ。
夢と現実を悲しいほどに、私は分けてしまえる。
「よう! シリウス、邪魔するぜ!」
「あ、ちょ司教様! 扉はノックしてから開けてくださいよ!」
昼からすでに出来上がってる人がやって来た。焼酎瓶片手に酔っ払い司教様だ。酔っ払いといっても彼は酔わない質なので、雰囲気酔いというやつだろう。彼の無作法を説教しつつ後ろから来たのは、ベルナール様だった。お正月から司教様に付き合わされているのだろうか、彼も苦労性だな。
「まったく、何度見てもあなたが司教様だなんてありえないですよね。少しは司教として体裁を整えたらどうですか」
「るせぇ、正月くらい朝から飲ませろー」
「いつでも朝から自由に飲んでるでしょ、あーもう、しょうがないな兄さんは」
文句を言いつつも席を用意してあげるシリウスさん。
司教様とシリウスさんは義兄弟らしいが、私が大聖堂にお世話になっている間でも、シリウスさんが司教様のことを『兄さん』と呼んでいたのは数えるほどだ。仕事とプライベートはきっちり分ける人だったから、二人きりくらいの時しかそう呼ばなかったんだろう。私が聞いたのも、偶然が多かったし。
「おら、チビ」
ぽいっと司教様がリーナに投げて渡したのはポチ袋だった。
「兄さん、リーナにだけは甘いですよね」
「んだよ、昔はお前にもやってただろ」
「ああ、肩叩き券とかいうクズ紙のことですか?」
いや、シリウスさんクズ紙は言い過ぎでは……。子供の定番である可愛いプレゼントでは?
「あれ、兄さんがやってくれるものだと思ったら私が兄さんの肩を叩く方の券だったじゃないですか」
あ、まぎれもないクズ紙だったわ。
「ちょっと司教様、うちの可愛いリーナに変なもの渡してないでしょうね?」
「小娘は年々、口煩い母親みたいになってきたな。ちゃんと小銭だっつの」
チャリン。
リーナのポチ袋を確かめさせてもらったら、本当に小銭が入っていた。お賽銭にしか使えないような額である。
「しょっぺー……」
「これからお前らもどうせ北の公園の神社参りだろ? 気の利いたお年玉だろぉーがよ」
「しきょーさま、ありがとうです!」
リーナは素直に喜んでいるが、世の子供達はきっとこんなしょっぱいお年玉貰ったら一生、口きいてくれなくなるレベルだと思う。
「あけましておめでとう、シア」
「あ、おめでとうございます。ベルナール様」
司教様のせいでベルナール様を忘れていたが、会話が一区切りついたところを見計らってベルナール様が声をかけてくれた。
「俺からもリーナちゃんにお年玉な」
「わー! ありがとうです、きしおーじさま!」
ベルナール様のポチ袋の中身は検める必要はないだろう。しっかりと常識的な金額が入っているはずだろうから。なにも心配していない。
「ベルナール君、もしかして仕事?」
「ええ、神社周りの警護があります。司教様はついでですよ」
お正月しか陽の目を見ない神社がある。お正月は大聖堂の女神に祈るのではなく、神社の神様をお参りするのが定番だ。確か『天照大神』という神様らしい。
北の神社は、いつも閑散としていて寂しいが、この日だけは大盛況なので騎士団は正月から出勤のようだ。ご苦労様だな。
しっかし、シリウスさんとベルナール様が並んで話しているのは、すごく貴重な光景である。ベルナール様が比類なき美貌の持ち主であることは変わらないのだが、シリウスさんと少し似ているのだ。
なんていうか、顔というよりは雰囲気が。どこが? と言われれば、細かくは言えないのだけど……どことなくベルナール様を見ているとシリウスさんを思い出すことがある、くらいには似ていると思っている。
「それじゃ、俺はここで。今年もよろしく!」
慌ただしくベルナール様は挨拶だけ丁寧にして出て行った。騎士団はいつも忙しそうだな。司教様なんて今日は別の神様が主役だからといって、ラメラスの女神を信仰する者としての役割などどこかに置いて、リーナとすごろくで遊び始めている。ルークも巻き込まれて、なぜか人生ゲームになっていた。
「ルーク!! 初詣行くぞ!!」
私も人生ゲームに混ざって遊んでいると、今度はうるさい音量でバーンと扉を勢いよく開けて入ってきた人物がいた。
癖っ毛の金髪に、いつも堂々とした翡翠の瞳の青年は……。
「勇者!?」
「元勇者だ!」
「自分で訂正した!」
夢はすげぇや。
なぜか勇者……『元勇者』、クレフトがやって来た。そしてなぜかルークを初詣に誘っている。
「ああ、もうそんな時間か」
「あれ? ルーク、もしかして元勇者と約束してたの?」
「してねぇ!!」
聞いてもいない元勇者が返事をした。
「なにを好き好んでこんな野郎と初詣の約束するか!」
「……じゃあ、なんで今ここで一緒に行こうとしてんのよ」
私が渋い顔で聞き返すと、今度は視線を外した。
なんなの。
「なんでも女子に誘われるがまま受けてたら、いつの間にか二十股くらいになってて、それがバレて全員にフラれたとか」
ルークがこっそり教えてくれた。
「……アホか」
「うるさい!」
本当に残念なイケメンだよ、元勇者。彼には色々と思うところはあるにはあるんだが、夢だし正月だし、もう気にしない方向で行こう。
「ルーク様あぁぁぁぁぁ! 初詣に参りましょうおぉぉぉぉ!」
ドーン!!
「ぐはあぁぁっ!!」
扉を開けた状態で立っていた元勇者が背後からやって来た誰かに吹っ飛ばされた。見事に前のめりで転がって豪快にリビングを縦断する。丁度、人生ゲームをやっていたリーナにぶつかりそうになって、容赦なく司教様に蹴り止められた。
「……えっと、正月から元気っすね、お嬢」
ルークにお嬢と呼ばれたのは、これまた夢だからできた光景。エリー姫様が令嬢のような姿でやって来ていた。しかもルークと顔見知りにまで昇格している。エリー姫様は身分を明かしていないのか、ルークは彼女をお嬢呼びだ。
「くっそ、なにしやがるアマぁ!」
「ルーク様をお誘いになるのでしたら、わたくしを倒してからにしてくださいな!」
「上等だ、表に出ろ!」
二人の間で火花が散った。
困惑のルーク。
なんだろう、すごく笑えるな。
「ルークがいつの間にかヒロインに」
「馬鹿言うな。おい、二人とも行く場所は同じなんだから一緒に行けばいいだろ……」
ルークは二人を諫めつつ、彼らを連れて一足先に初詣へ向かった。
勇者……元勇者は、美人が好きだったけどエリー姫様は別なのかな? エリー姫様、誰もが振り返るほどの美女なんだけど。
どうも私の夢だからおかしいのか、言いたいことを言い合っている仲だった。実は相性的にあの二人は友人になれるのではなかろうか。ルークが挟まっていい塩梅になってるのがすごくしっくりきてビックリである。
私達は夕方から初詣にでかける予定だ。昼過ぎは人が多すぎて、リーナが疲れたりはぐれて迷子になったら大変だから、人がはけてくる夕方以降に行くことにしている。
陽が沈むまで、司教様はずっと大人げない人生ゲームを楽しんでいた。
「はい、兄さん借金百億首を揃えて返してくださいね」
「悪徳詐欺師!」
あまりにも大人げないので、シリウスさんが成敗してくれた。
夕方には予定通り、皆で初詣へ行った。ルークが戻ってこないので、街で正月を楽しんでいるんだろう。ルークが友達(といっていいか分からないが)と遊びまわってるなんて夢でも新鮮である。
混み混みの神社では、アギ君やエルフレドさん達にも会えた。一緒にお参りして、甘酒もいただく。破魔矢やダルマをこの日だけ現れる『巫女さん』から買うのが神社参りの流れだ。
皆でワイワイしていたら、すっかり日も暮れた。
そろそろギルドへ帰ろうと、歩き出すとシリウスさんが若干遅れていたので私も速度を落として彼の隣に並んだ。
シリウスさんは、前を歩く皆をどこか眩しそうに眺めていた。
「……寂しいですか?」
なぜか、口を伝ってそんな言葉が出た。
「……そうだね、寂しい」
ぽつりとシリウスさんが返事をした。
私が彼に夢の中でも違和感を感じていたのは、私が夢と現実を線引きしているだけじゃないと気が付いた。ふとした瞬間に、シリウスさんは皆から少し離れて彼らを見詰めていた。羨ましそうに、寂しそうに。
「これ、私の夢ですけど。シリウスさんは、実は本物ですよね」
私の言葉に、シリウスさんは苦笑した。
「バレてた?」
「最初は普通の夢だと思ってましたよ。でも、だんだんと……あなたは私の夢にまったくはまってないなって」
ルーク達は、シリウスさんを受け入れていた。それが当たり前のように、接していたのだ。だけど当の本人がずっと、別の場所に立ったままだったのだ。自分がここにいるのがおかしいと、自分自身で思っているかのように。
「夢の中なら、もしもの時間を演じられるかなって思ったんだけど……上手くいかないものだね」
シリウスさんが暗い空を見上げると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
「もう、君が私と過ごした時間より、ギルドの彼らと過ごした時間の方が長くなってしまった。私よりも彼らの方がシアを知っていく。交わす言葉も、思い出も、ずっとずっと増えていく」
それがとても『寂しい』のだと彼は苦笑しながら言った。
「『あの時の選択』を私は後悔したりしないけれど、私もここにいたかったよ。シアと家族で、隣で笑っていたかった」
シリウスさんが立ち止まった。
だけど私は立ち止まらない。
雨は降り続ける。
あの時の、シリウスさんが死んだときと同じように。
「ねえ、シリウスさん。私はずっと覚えているよ。あなたを夢に見ることはなくても、忘れたことなんて一度もない。ずっと、変わることなくあなたは私の家族で--」
お父さんだから。
これから先、どれだけ大切な家族が増えても、それだけは絶対だ。
背後で、シリウスさんがどんな顔をしたのかは分からなかったけど。
「……シア、君をずっと守るよ。私の大切な----『可愛い娘』」
少し震えた声が、すべてを物語っているようで、泣き出したくなりそうな気持を抱えたまま、私は光の先へ走り去った。
辿り着いた場所は、澄み渡る青い空の下だった。
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「あけおめー、シア。お前が昼近くまで寝てるなんて珍しいな?」
「皆、あけおめー。いいでしょ、たまには」
新年を迎えた朝、私は寝坊した。そこにはルーク達、大切なギルドの仲間達が集っている。
……当たり前だけど、そこにはシリウスさんの姿はない。
これが現実。変えることのできない今。
今年の初夢は、大切ななにかを思い出させてくれた。そんな幸せな初夢でした。




