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〇11 お嬢なんて見事なタックル

 サラさんは、じっと私を見詰めてから少し息を吐き出して窓際へと私を手招きした。

 私は招かれた通りに静かに窓際に寄るとサラさんも壁にくっつくようにして座った。ここは二階だし、窓側で誰かがいるような感じはない。人の気配にはそれほど鋭くはないが、魔力を感じられるのでわずかでも魔力を持っている人間なら察知は可能である。相手がプロだった場合は、確実ではないが今ここで私達の会話を盗み聞きする理由はないだろう。私達の計画がバレていればありえるけれど、たぶんまだ大丈夫だ。


「あなたがレオのいるギルドのマスターさんなのね?」


 私は頷いた。

 レオルドは頻繁に分厚い手紙をサラさんへ送っていたし、ある程度の私の情報は彼女に伝わっているだろう。サラさんは感激したように目を潤ませると、ぎゅっと私を抱きしめた。

 おひさまみたいに温かくて、優しい感触。

 私は『おかあさん』を知らないけれど、もしいるとしたらこんな感じだったのだろうか。


「レオは無事かしら? シャーリーは? 村のお父さん、それにお義母様も」

「全員無事ですよ。シャーリーちゃんが危機を知らせに来てくれたんです。シャーリーちゃんとエティシャさんは王都で保護してますし、アレハンドル村には今、頼もしいギルドの仲間達が……レオルドもいますから」

「レオ……そう……」


 そっと体を離したサラさんの顔は泣き笑いでくしゃくしゃだった。だけどそれでもその美しさはまったく変わらない。


「待ってるって、迎えに来てくれるのをちゃんと……私、約束を守れなかったわ。あの人のことだからまったくといっていいほど私を怒っていないのでしょうけど」

「ええ、怒ってませんね。自分自身は責めているかもしれないですけど」

「でしょうね。私の話を聞いて、普段のあの人らしくない行動でもしたんじゃないかしら?」

「まったくその通りです」


 レオルドの一連の動きを話すと、サラさんは頭を抱えた。


「やっぱりそう……私、それが一番心配だったのよ。レオは普段は頭がいいし、今は昔に比べたらとても丈夫でちょっとやそっとじゃ死にはしないけど。優しすぎて、ものすごく心配になるの」


 そう言うとサラさんはなぜか背後の壁を殴った。


「ああ! もう、だから骨折ってでも窓から飛び降りて脱出すればよかった! 私のバカ! バカバカ!」


 ドンドン! ガスガス! ドカドカ!


 あ、あの? サラさん? サラさーん!?

 サラさんは壁を今にも壊すような勢いで殴打している。壁より彼女の拳が心配だが、淑やかそうに見えて意外と激しい一面が垣間見える。


「あぁ! 今も思い出すと腹が立つ! あんの馬鹿領主親子! 村の人達を人質にとられなきゃぶん殴ってやったのに!」


 ドカン!


 あ、穴があいた。


「さ、サラさん落ち着いて……手を怪我してしまいますよ」

「大丈夫よ。私こうみえても格闘が得意なの。殴り合いの勝負ならレオにだって引けを取らないんだから」


 マジか……。

 こっそり才をみてみた。聖女の力は魔力探知には引っ掛からないだろう。


 剣の才 D→C

 拳の才 A→S

 弓の才 C→B

 魔法の才 F→F


 人柄 A


 --マジかぁぁぁぁい!!

 サラさん総じて武力が高いんですが!?

 どうして!? どうしてこうなったの!?


「お転婆だった子供時代を改めて、レオを振り向かせる為に今まで女子力を磨いてきたから腕はなまってるかもしれないけど……」

「いやいや……」


 それはなさそうです。


「それにダミアンは、私の腕前を知っているから念入りに力を封じ込めてきて、脱出するにもなかなか難しい状況ではあったの」


 サラさんが両腕を上げて見せてくれた。両手首には、不思議な文様が刻まれた銀の腕輪がはまっている。少し見ただけでも魔道具であることはすぐに分かった。


「緊縛系の魔道具ですね」

「ええ、これのせいで実力の半分も力を出せなくて」


 こうなってくるとやっぱり、サラさんの脱出には魔力感知装置を破壊する必要があるかもしれない。私とアギ君もメインは魔法だし、ここからこっそり誰にも見つからずにサラさんを連れ出すのは無理と思われる。サラさんを連れ出すだけなら、今からアギ君と打ち合わせて装置破壊、脱出を図れるけど、私達の目的はサラさんだけではない。


「サラさん、必ずあなたをレオルドの元へお返しします。もちろん、ダミアンなんかと結婚させられる前に。でも」

「分かってるわ。私をただ連れ出したところであの馬鹿親子はまた村に仕掛けてくる。伯爵家をぶっつぶさない限りは何度でも」


 サラさんは話が早くて助かるな。


「なんでちょっと待っててくださいね。晴れて脱出したら、改めて自己紹介させてください」

「ええ、楽しみにしているわ」


 私はサラさんとがっちりと握手をして何食わぬ顔で部屋を出た。

 案の定、アナベルさん達が聞き耳を立てていた。私が扉を開けたので、そろって慌てて身を引いて何気ない振りをしているのが面白いが、ここは突っ込まないでおく。


「ご、ごほん。それでリリさん、首尾の方は?」

「まだまだお心を開いてはいただけませんでしたが、話し相手にはなって欲しいと言われました」

「まあ! さすがリリさん。これならばもう少し時間をかければ、リリさんなら仲良くできるかもしれませんわね」


 アナベルさんにいたく感激されて、狙い通り私がサラさんの専属メイドに配備されることになった。これでサラさんの状況は逐一確かめに行けるし、情報交換も可能になる。

 よくやった、私。

 アナベルさん達と別れて、アギ君と情報を交換しようと彼を探していると中庭と隣接する城の通路で彼と遭遇した。


「た、たす、助けろ! リリぃ」

「あらま、お嬢様どうなさいましたぁ?」

「白々しい! ニヤニヤすんな!」


 ダメですよお嬢様。こんな往来のど真ん中で男子みたいな喋り方しちゃ。

 マリアお嬢様ことアギ君は、メイドさん達に追いかけられていた。主にツンツンお嬢様をお世話し隊のメイドさん達だ。

 なかなか可愛らしい人達なので、囲まれて男子としては嬉しいのではないのだろうか?


「マリアさん、ほらこちらも似合いそうですよ?」

「そうそう、あーこっちもいいのではない?」


 皆さんお仕事はどうしたのでしょうかね。彼女達の仕事はマリアお嬢様のお世話ではなく、城の掃除や食事、管理など多岐に渡るのでなかなか忙しいはずですが。


「ひいぃぃぃーー!」


 アギ君が情けない悲鳴をあげている。仕方ない、彼女達にも仕事に戻っていただかなくてはいけないし、ここはお助けに行こう。


「はーい、お嬢様こっち~」

「リリぃーー!」


 ドスッ!

 マリアお嬢様、私の腹に見事な頭突きを食らわしやがりました。一瞬、ぐふぅって声が漏れそうになったじゃないか。


「お、お嬢なんて見事なタックル……じゃなくて、皆さん、仕事はどうしたんです? まさか、もう終わったんですか?」

「あっ、リリさん!」

「ちょ、ちょっと休憩してましたの!」

「今から戻りますね!」


 私の黒い笑顔にメイドさん達は蜘蛛の子を散らすように退散して行った。私の方が新人ではあるのだが、メイド長のアナベルさんに実力を認められているので、力関係は私の方が上になっている。


「あぁ……助かった」

「お嬢様ってば、可愛い子達に追いかけられて嬉しくないんです?」

「ないよ……ちょー怖ぇ」


 ぷるぷる震えている。抱き着いて涙目になっている姿は年相応の男の子みたいだな。


「まったく仕方のない。よーし、お姉さんの胸でお泣き~、今はボリューミーですから!」

「邪魔だと思うけどな、この脂肪のかたまり」

「そんな……大きい胸には夢と希望が詰まってるのに……」


 いくら憧れようとも手に入らないものなんだよ、アギ君!

 私が胸に対する熱い思いを語る前に、後方から派手な音が聞こえた。


「きゃあ!」


 女性の高い悲鳴と、なにかが地面に落ちる音だ。

 二人で振り返れば、若いメイドさんが青い顔をして地面に散らばったものを集めている。それはパンや、野菜、スープなどが零れたものだった。

 誰かの食事を運んでいたのを落としてしまったようだ。


「大丈夫ですか?」

「あ、リリさん!」


 私の方は、彼女に見覚えがないが、彼女は私の名前を知っているようだ。メイドさんは人数が多いから、なかなか顔と名前を覚えられない。あか抜けない田舎っぽい顔立ちの少女で、鼻の上に薄くそばかすが散っている。動きからみても、あまり洗練されておらず、田舎からでてきたばかりのあまり仕事ができない系少女だと感じた。

 そういう子は、下働きも下の雑用ばかりさせられるから私と同じフロアに立ったことがないのだろうと思われる。


「誰かの食事? これじゃあ、もうダメね。もう一回、食堂へ行ってとってこないと」

「はい……」


 彼女は見るからに青ざめて体も震えている。とても緊張しているのか、足取りもおぼつかない。


「なにをそんなに緊張しているの? あ、落としてしまったを咎められるのかしら? なら、私も一緒に行きましょうか?」

「え、あ、だ、大丈夫です。私、のろまだからよく叱られるので、慣れてます。こ、怖いのはそっちの方ではなくて……」


 ちらりと少女は、自らが行こうとしていた進行方向へと視線を向けた。つられて私も見てみれば、その先には、高い塔が見えた。


「あの塔って……」


 前にメイドさんから教えて貰った、あの塔には『化け物』がいると。

 そして、朝礼でその塔へ食事を運ぶ係を決めている。今日は、彼女が当番だったようだ。

 ……塔の化け物、か。


「食事を落としてしまうほど怖いのなら、私が代わりましょうか?」

「え!? いいんですか!?」

「ええ、また落としてしまってはあなたが怒られるし、食材がもったいないわ。私が上手く言っておいてあげるから」

「あ、ありがとうございます!」


 少女は深くお辞儀をしてお礼を言うと、違う仕事をしに城へ戻って行った。


「いいの? そんなの引き受けて」

「いいわ。塔の化け物の話は気になってたしね」

「ん、まぁそうだね。俺も気になるし、付き合うよ」


 私とアギ君は、いったん食事をとりに食堂へ戻り、それから塔へ向かって歩き出した。庭園は色んな花が庭師によって丁寧に揃えられていてとても綺麗だが、塔へ近づくについれて殺風景になっていく。

 どんどんと空気が淀んでいく気がするし、肌寒くも感じる。これは気分的なものじゃなくて、冷えた魔力があたりに漂っているせいだ。

 アギ君もそれを感じているのか、少々緊張した顔をしている。

 本当に、塔に化け物がいるのならそれがなんなのか確かめなければならない。伯爵の懐に刃を突き立てられるような穴はくまなく探さないと。

 私も自然と緊張が高まっていく中、庭園を抜けて塔への道へ少し入ったところで。


「こんにちは」


 誰かに声をかけられた。

 足を止め、声の方へ顔を向けると、そこには一人の少女が佇んでいた。金色の長い髪は、腰まで届き、肌は太陽を知らないのかと思うほど白い。纏う衣装は白と若葉色の見事なドレスで佇まいからしてもどこかの深層のご令嬢のようだった。顔立ちも愛らしく美しく、誰からも可愛がられるような甘い雰囲気があった。

 しかし、彼女の双眼は閉じられており、長いまつ毛がひときわ目立つ。彼女の瞳の色が見えないことがとても残念だ。

 目が見えないのかな?

 そう思ったが、少女はそう感じさせないほどしっかりとした足取りでこちらまで歩いてきた。


「新しく来たメイドさんですか?」

「え、ええそうです。数日ほど前に」

「そうですか。わたくし、ラミリス伯爵家と親しいサフィリス伯爵家の者です。よく、お城まで遊びに来るんですが、知らない足音だったので」


 ニコニコと話しかけてくるご令嬢は、人懐っこい様子だ。


「失礼ですが、もしや目が?」

「ああ、そうなんです。ずっと小さい頃に……」

「そうですか……」

「心配なさらないで、見えなくてもだいたいどこになにがあるのか分かるので、不自由はしてないんですよ」


 ふふふと、朗らかに笑うので本当に見えないことを憂いている様子はなかった。


「ねぇ、メイドさん……えっとお名前は?」

「わたくしはリリと申します。こちらはマリア」

「……どうも」


 アギ君を肘鉄。


「いてっ……ま、マリアですわ……」

「リリさんとマリアさんですね。わたくしは、メリルと申します。リリさん達は、もしかしてこの先の塔へいらっしゃいますの?」

「そうです、食事を届けに」

「そうですか……」


 メリルさんの顔色が曇った。


「あの、メリル様はこの先の塔のことを……」

「存じておりますわ。サフィリス家は、ラミリス家と近しいですから。リリさん達は塔の化け物をご存じ?」

「お話には少し」

「では、その化け物はわたくしと同い年の少女であることは?」

「それは……」


 知らなかった。化け物は、まだ若い十代中頃の少女なのだろうか?


「あの子は、わたくしとは幼馴染でしたの。うんと小さい頃はよく遊びました。でも、最近はずっと姿を見せなくなって、ラミリスのおじ様に聞いたら、あの子は化け物になってしまったと……」


 シュンと肩を落とすメリルさんは、昔のことを思い出しているようだ。彼女は何度も塔にいる化け物になってしまったという幼馴染を訪ねようとしたがラミリス伯爵から許可が下りず、未だ会えていないんだそう。


「あそこへ食事を運ぶメイドさん達は、誰もが恐怖でおどおどしていて頼みづらかったんですけど、リリさん達ならお願いできると思いました」


 まあ、私達は恐怖どころかどっちかというと勇んでいますから。私達を見込んでくれたというメリルさんは、意を決したように言葉を紡いだ。


「あの子を、リーゼロッテを助けてください!」



聖女、勇者パーティーから解雇されたので(以下略)の一巻が1/10(金)に発売です!

どうぞよろしくお願いします。

1/10(金)には、発売記念の特別ストーリーを更新予定ですのでお楽しみいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] サラさん、物理と魔法の違いはあれど夫婦でインもアウトもイケるクチですかね? 後アギ君が目覚めてしまう前に何とか……
2020/01/07 21:17 退会済み
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