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〇10 レオ

 私はすごく満喫していた。


「まあ、リリさん。あなた本当に掃除が上手なんですね。それに朝も誰よりも早く起きて仕事を始めるなんて! 使用人の鑑です」


 なんてアナベルさんに褒めちぎられ、悪い気などするはずもない。私としては毎日の習慣で、ボケっと過ごすのがどうももったいなく感じるただの貧乏性なので、悲しい性というやつなのだが。そういうのも使用人としては素晴らしい性質らしい。

 こういう人生もあったかもしれないなぁ、なんて思いつつも仕事は忘れておりません。メイド長アナベルさんの覚えめでたき私は、見事にサラさんの傍付きへと抜擢されたのです!

 有能だよ私!

 え? マリアお嬢様?


「マリアさんって博識ね」

「でも変なことばかり知ってるわよね?」


 お掃除とか洗濯とかお料理とか、お嬢様ができるわけないよね~ってことでかなり大目に見られているマリアお嬢様ことアギ君。彼も別に仕事を忘れているわけではないだろう。ただ興味が引かれるものが多いだけ。珍しい魔道具にはしゃぎながらも、ちゃっかり情報収集は忘れていなかった。

 それに結構、メイドのお姉さん方に人気がある。可愛いから。そしてお姉さん達に囲まれて恥ずかしいのか、あまりしゃべるとボロがでて怖いからか、ツンな態度になるがそれもまた受けがよろしかった。

 皆さん、ツンなお嬢様がお好きですか?


「お世話のし甲斐があるわよねー」


 ちょっとダメなくらいがいいらしい。使用人やっているくらいだから、皆さん働き慣れてるんでしょう。私ももうちょっとリーナをお世話したいです。

 転んで飲み物ぶちまけるおっさんとか、素振りで木刀すっぽ抜けて窓ガラス割る青年よりよっぽどお世話し甲斐があるのにね。しっかりしてるんだよリーナは。

 使用人の仕事と称して領主城の見取り図は、使用人が立ち入れない場所以外はほとんど把握できた。逃走することになっても、迷って逃げられなかったということにはならないだろう。後、いくつか罠もしかけておいた。私が発動するまで万が一関係のない人が触れても発動しないようになっている。

 保険ってやつだ。

 これは魔法じゃなくて、道具を使った罠なので察知されることもないだろう。王都を出る前にベルナール様から騎士団からの支援物資として貰ったものの中の一つだ。騎士団でも工作に使ったりするようなやつらしい。

 これの世話になる事態にならなきゃいいが。

 もしもの時に魔法消去(アンチマジック)で不利にならないように、装置の場所だけでも見つけ出しておいて、罠張っておこう。装置の場所については、一番にアギ君が気になっていたらしくて、しっかりと探してくれていた。


「姉ちゃん、たぶん魔法消去(アンチマジック)装置は離れの方にあると思う」

「離れか……」


 領主城は主に三つの区画に分かれていて、領主伯爵一家が住む中心の城と離れの小さめの城、そして奥まったところに塔がある。一般の使用人が入れるのは中心の城の一部で、伯爵一家の居住区には伯爵が信頼を置く人物しか入れない。ラミリス伯爵は、自分が恨まれやすいことを分かっており、傍に置く人間をかなり慎重に選んでいるようだった。メイド長であるアナベルさんですら、なかなか許可が下りないとか。

 離れはいつも空いてるそうだが、今はサラさんに割り当てられているようだ。離れの入り口にはいつも怖い私兵が立っている。


 そして、塔には……。


「あそこは立ち入り禁止にはなってないけど、行かないほうがいいわよ」

「あら、どうして?」

「……リリさん、ちょっとお耳を拝借」


 大きい声では言えない話なのか、仲良くなったメイドさんが耳打ちで教えてくれた。


「塔には化け物がいるのよ」

「化け物……?」


 魔物でも飼ってるんだろうか。しかし、メイドさんの様子からしてスライムのような普通の魔物ではなさそうだ。使用人の中から毎日一人、その化け物へ昼に食事を持っていかなくてはならないらしい。

 そういえば、今日も朝礼で塔の食事係を決めていた。選ばれた使用人は、かなり青い顔をしていたので不思議には思っていたんだ。

 黒すぎる伯爵が塔で飼っているという化け物。これも気になるな。

 でもまずは、サラさんの状況を確認することが先決である。アナベルさんと他二名のメイドさんと共にサラさんの部屋を訪れることになった。

 離れの入口まで来ると、二人の私兵に睨まれた。慣れた態度のアナベルさんは毅然と言い放つ。


「サラ様のお世話をさせていただきます。メイド長アナベル、以下メイドのエイナ、フィオーラ、リリが補助につきます」

「身分の保証は?」

「いたします」

「有事の際の責任は?」

「わたくしメイド長アナベルが負います」

「いいだろう、通れ」


 まるで感情がないように冷たい眼差しで、私達を見送る私兵。

 ……なんだろう、ちょっと違和感がある。

 難しい顔を出してしまっていたのか、ちらりと私を見たアナベルさんは苦笑した。


「いつもああよ。合言葉みたいなものだから気にしないで」

「……はい」


 そうか、いつもああか。それがあの二人の性格なのか、仕事ゆえそういう命令なのか。はたまた……。

 ムムム、とまた考え込んでしまったので両隣のエイナとフィオーラが肘ツンツンしてきた。

 あ、はい仕事に集中します。

 離れはあまり使われていないそうだが、かなり綺麗にされていた。サラさんが入ったこともあるのだろうがとても華やかで、なんというか……。


「金ピカリンで超絶眩しいですね。この内装を考えた人の頭は黄金が詰まって暴発したんでしょうか?」

「やだ、リリったら」


 ぼそっと思わず呟いたセリフがエイナに聞こえていたようだ。

 しまったな、せっかく気に入られている優等生メイドとして地位を確立したのにこれは……。


「的確なたとえだわー」

「ねぇー」


 大丈夫だった。まったく問題ない。全員がそう思っているのか。

 サラさんのいる自室までこうだったら、どうしよう……。それなら望まぬ結婚と同時にお住まいまで地獄じゃないか。今、助けに参ります奥さん。

 使命感が新たに燃え上がると同時に、アナベルさんは扉の前で止まった。どうやらここがサラさんの部屋らしい。綺麗なノック音を響かせると、アナベルさんは声をかけた。


「サラ様、アナベルでございます」


 ……。

 しばらく待ってみたが、部屋から返事はない。アナベルさんはもう一度同じことを繰り返して返事がないことを確かめると扉を開けた。


「失礼します」


 アナベルさんに続いて私達も部屋に入っていく。

 サラさんの部屋は、今まで通ってきた頭のおかしい成金装飾とは違って、とてもシックで趣味の良い調度品が飾られていた。少し地味だが、私はこのくらいがいいと思う。

 部屋の装飾はいいとして、キングサイズのでかいベッドは天涯付きの白レースでふかふかそうな布団の上には素人目でも『めっちゃ高そう』と思わせる豪華なドレスや宝石類が乱雑に転がっていた。

 まるで贈られた本人が、まったく興味ございませんと無言の抵抗をしているかのよう。

 そんな部屋の主、サラさんは窓際に椅子を寄せて座っていた。青い空をぼうっと眺めている様子で、私達が入ってきても意に介していない。


「サラ様、ご機嫌いかかでしょうか?」

「……」

「なにか必要なものは、ございませんか?」

「……」


 無言、無言、無言。そして一瞥も寄こさない、ガン無視。

 栗色の柔らかそうな髪をラフにまとめて、白いブラウスとこげ茶のロングスカート、温かそうな複雑な模様のショールを纏っている。毅然とした態度でピンと背筋を伸ばして座る姿は、まさしく難攻不落の女神だ。

 アナベルさんは、サラさんの返事を待ったがやはり返答はなかったので少し息を吐いて、ベッドの上に散らかるものを見た。


「……ダミアン様のプレゼントはお気に召されませんでしたか」


 これはサラさんに向けての問いかけというよりは、アナベルさんの呟きだ。うーん、私もいらないなぁコレ。高そうではあるから売ってお金に換えたい。

 エイナとフィオーラも『うへぇ』って顔だ。ダミアン、センスねぇーな。

 それにしてもサラさんの態度はかたくなだ。私達が城に潜入してから四日ほど経つが、まだ結婚式を挙げるうんぬんということにはなっていない。街でばら撒かれていた紙には、結婚間近とかうたっていたというのに、とんだ過剰広告。訴えられて負けてしまえ。

 アナベルさん達と部屋の掃除やセンス皆無のプレゼントを片付けていく。そして、丁寧に退出の挨拶をして出てしまう。

 おーう、これじゃあサラさんと話をすることができないじゃないか。

 サラさんが無事というのは分かったけど、こちらのこともなんとかして伝えたい。レオルドが、助けに駆けつけているんだよと。シャーリーちゃんやエティシャさん、村長さん達も無事だよって。


「……はあ、困ったわね」


 サラさんの部屋を出てすぐにアナベルさんがため息を吐いた。


「サラ様は、ずっとああなんですか?」

「ええ、そうなの。こちらの部屋に通されてからすぐに私がお世話させていただいているんだけれど……一切、口をきいてくれないの。ダミアン様が訪れるとバリケードを作って籠城(ろうじょう)なされるし」


 なるほど、サラさんの必死の抵抗か。ダミアンも惚れた相手には強く出れないのだろう。人攫いのようなことはしてるけども。彼もサラさんに受け入れてもらいたい気持ちはあるんだろうな。でも、妻子持ちで浮気しているも同じなのだから同情の余地なんてこれっぽっちもないです。


「あの、アナベルさん。私に任せてもらえませんか?」

「え? リリさんが?」

「ええ」


 私は深く頷いた。そして自信ありげに言う。


「ああいうかたくなな手合いの人間を手懐けるのは得意な方なのです」

「そうなの? ああ、そうねぇ……マリアさんは随分とあなたに懐いているようですし」


 アギ君扮するマリアお嬢様は周囲にはツンお嬢様で通っている。でも、アギ君は私と逐一報告し合わなくてはならないし、正体を知っている私と話すのが一番楽だろう。ということでツンお嬢様が懐いている使用人としての評価も得ている。

 アナベルさん達に納得されて、私は単独で再度サラさんの部屋へと入った。戻ってくるとは思わなかったのかサラさんは一度だけこっちを見た。まだ何か用? って顔だ。

 冷ややかな視線だが、面立ちはとても美しく穏やかそうで印象もレオルドにちょっと似ている。一番似ているのはシャーリーちゃんだけど、この場合はシャーリーちゃんが母親似ということだろう。


「サラさん、はじめまして……」


 私は少し後ろを気にした。扉を隔てているとはいえ、すぐ外にはアナベルさん達がいる。聞き耳を立てられているかもしれない。魔法は今、使えないし。そっと、私はサラさんに近づいて膝をついた。

 サラさんは不思議そうな顔をする。


「助けに来たんです、サラさん」

「……え?」


 ここでサラさんが、はじめて声を出した。鈴の音のような澄んだ声だった。


「もう大丈夫。私達が……レオルドとその仲間が来ましたから」


 私の言葉に信じられないような顔でこげ茶の瞳を大きく見開いて、震えた口元を手で押さえた。

 サラさんの口から小さく。


「レオ」


 そう、零れたのを私の耳は確かに聞いた。

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[一言] 手名付ける ⇒手懐ける
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