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〇9 欲張りじゃねぇーかな

「覚悟は決めた。好きにしろ」


 感情の抜け落ちた虚ろな目で言うのはアギ君だ。

 説得の末、繊細な少年心を殺し彼は決意してくれた。ありがとう。

 レオルドがしつこくアギ君を守ろうとしたが、そうじゃない。そこじゃない。私だって、巨漢のメイドさんよりショタの女装--げふんげふん。可愛い方がいいに決まってるではないか。


「いらっしゃ~い」


 歓迎してくれたのは、レオルドの幼馴染であるベックさんとキャリーさんの娘であるメアリちゃんである。三人姉弟の一番上のお姉さんで、十四歳。


「らっしゃい!」

「こんちわーっす」


 後ろから双子の弟君達も顔をのぞかせた。こちらは十歳くらいかな。

 雑貨屋には色んなものが置いてあって、誰が買うんだと不思議に思う商品も多くあり、その中に変装に使えそうなものが結構あった。小さな村だし、品揃えに関しては期待していなかったけど普通に仮装できそうなくらいのものがあるのだ。ベックさんが多趣味だとレオルドが言っていたけど、今はその趣味に感謝だな。

 キャリーさんは、まだベックさんの看病を続けていて彼女の許可を得て、メアリちゃんが応対してくれることになった。


「シアさんの身長と体型だとこっちですかね~。あ、アギ君はこっちかな~」


 ぽやっとした雰囲気の子だが、中身はしっかりしているようで、レオルド曰く見た目も中身も父親似なんだそう。

 お化粧道具は、近所の奥様方からいただくことになった。サラさん救出と伯爵に一泡吹かせにいくとのことで村人達がかなり乗り気である。

 私は憧れの金髪ウィッグを付けることにした。黒髪はやはり目立つので、記憶に残ってしまうのも面倒だから色を変えることにしたのだ。目もよくある青色に。これだけで私とはぱっと見分からないくらいになる。衣装は、普通の街でよく見かけるような定番のもの。白のブラウスに、ふんわりとしたこげ茶のロングスカート、そして革靴。容姿は元々地味だし、人混みに紛れたらまず発見できないであろう。

 これぞ一般人、モブの鑑な私。


 一方、アギ君。


「かーわーいーいー!」


 アギ君の元の色と同じ若葉色のロングウィッグと、爽やかな色合いのミントグリーンなエプロンドレス。そして白タイツにローファーのスタイル。

 こちらは、一般モブの装いの私とは違い、ちょっといいところのお嬢さんである。潜入という点において、『目立たない』は必須な条件だとは思う。だけどただモブ二人が並んでも変な印象を残す恐れがある。それにアギ君を私みたいなモブに仕立て上げるのは無理だった。

 だって、どうあがいても可愛かったのだよ。エルフレドさんへの手土産に写真をとって残しておきたいくらいだ。


「アギおにーさん、かわいいです!」

「うぅ……」


 リーナにも褒めちぎられたが、褒められれば褒められるほどアギ君が泣きそうになっている。リーナはなぜアギ君が泣きそうになっているのか分からないのか、ちょんと首を傾げつつ、白猫の髪飾りを貸してあげていた。リーナの黒猫の髪飾りとお揃いである。可愛さが百倍になった。もはや無敵。

 化粧も施してもらい、これで準備はばっちりだ。


「あ」


 さあ、アメルへスタへ行こうか。というところでルークが何かに気づいたように声をあげた。


「どうしたの?」

「いや……」


 難しい顔をしたまま、私をちょっと見てからテーブルの上のものを見た。そこにあるのは、バスケットに山積みになった真っ赤なリンゴだ。ルークはそれを手に取った。


「変装の完成度を上げるなら、仕込んだ方がよくないか?」

「……ルーク」


 間違えようのないくらい、彼は私の胸部を見ている。リンゴを差し出しながら。

 私とリーナ以外の女性陣がざわめき、男性陣は震えた。恐る恐る、私の反応を待っている。


 うん、分かっている。ルークに他意はないし、本当に変装の完成度を上げようと思ってるだけだろうね。私はルークから差し出されたリンゴを受け取った。

 そして。


「--げふっ!!」


 思いっきり、ルークの顔面にリンゴをぶん投げた。


「どうせやるならリンゴじゃなく、メロン持ってこいや!!」


 私の遠吠えのような叫びに、その場の全員が一瞬固まり、そして----。


「メロンは欲張りじゃねぇーかな……」


 床にひっくり返りながら、ルークは突っ込むことを忘れなかった。




 ********




「よし! アメルへスタに着いたわ!」

「……はぁ、気が重い」


 変装を終え、私とアギ君は予定通り馬車でアメルへスタへと戻ってきた。相変わらず祭りのような装いなのに街の人達の活気がない。

 馬車から降りると、私はアギ君の荷物を持った。


「お足もとに気を付けてくださいね。お嬢様」


 設定はいいところのお嬢様であるアギ君こと『マリア』。そしてお付きの使用人である私、シアこと『リリ』である。マリアは行儀見習いの為に、伯爵家の使用人になりに来たのだ。リリはお供である。マリアは実際、アレハンドル村の村長の遠縁で貧乏男爵家の娘さんがいて、そちらを借りた。身分証明は厳しく検められるらしいのでその男爵家にはアギ君の魔道具で連絡を取り、許可を貰っている。

 男爵家の家紋も転送してもらって、所持済み。使用人リリも実際に、男爵家で働いている私と同じくらいの女性だ。

 意気揚々と、荷物を持って歩く。もしかしたら数日かかるかもしれないので、色々と入用が入っている。

 私とアギ君が潜入捜査中は、ルーク達は村に残って情報収集したりと動き回ることになっていた。村長にも出発直前に挨拶に行って、泣きながら感謝されてしまった。これは、ますます失敗できない。なにか成果をあげて帰らないと。


「……それにしても、姉ちゃん」

「ん? なに?」

「……邪魔じゃない?」


 ちらりとアギ君が私の方を見る。主に胸部を。


「盛るならとことん盛りたいじゃない。中途半端よくない」


 私は自分の胸を上から見下ろして満足していた。胸で足元が見えにくいなんて、今まで一度も体験したことがないので。


「メアリの技術もすごいよね。ないものを錬成するなんて……」


 いわゆる疑似胸である。しかし感触も重みも本物と変わりなく、違和感なしでそこにくっついていた。錬成魔法の一つだけど、メアリちゃんはなかなかの使い手のようだった。将来有望だな。疑似胸は一週間しかもたないので、とりあえず調査の期限は一週間ということにしている。


「リンゴよりもメロンだよ、お嬢様」

「贅沢なんだからもう……」


 アギ君が頭を抱えた。いいじゃないか、巨乳。最高。

 これで誰も私とは分かるまい! フハハハハハハハハハハハ!


 私は今までの人生で培った人の顔色を見てその人間の求める反応を見極める技術を使い、猫を百匹くらいかぶって領主城の門を叩いた。演技もそこそこできる方だと思う。勇者……元勇者のところにいた時も散々使用人みたいな扱いだったので、慣れもある。


「ふむ……リリさんはさすがですね。文句なしに合格です」

「ありがとうございます」


 城の一室で面接を受けた私達は、メイド長であるというアナベルさんと向かい合っていた。お給料もいいので、面接を受けにくる人も多いようだったけど身分証明とかもろもろで落ちる人も多い。こっちは偽とはいえ身分証があるので、受けが良かった。メイド必須の掃除スキルも私は高いしね。

 問題はアギ君だった。


「しかしマリアさん。男爵家のご令嬢であるのは承知しておりますが、行儀見習いとしていらっしゃられたのならば、もう少し……」


 行儀よくして欲しい。というアナベルさんの視線が痛い。

 まあ、男の子のアギ君に、座るときは足はしっかりと閉じて、綺麗に座り、所作も丁寧に……などとお嬢様の対応を求められても困るだろう。最初は頑張っていたが、気を抜くとすぐに男の子だ。歩き方一つとっても合格点はあげられない。


「申し訳ありません。お嬢様は、このように礼儀作法がなっていないのです。家庭教師泣かせでございまして……旦那様方も頭を抱え、泣く泣く可愛いお嬢様を修業の為に外へ出すことをお決めになられ……。なんとかお勉強していただければと思われたのです」


 ハンカチーフの端で涙を拭う私。ジト目のアギ君。胸を打たれたアナベルさん。


「そうですかそうですか。わたくしも覚えがあります。可愛い子には旅をさせるものですよ……。心配なさらないでマリアさん。わたくし共も精一杯務めさせていただきます」

「……はあ」


 肘で生返事のアギ君を突っつく。


「がんばります……わ」


 アギ君の大根めー。

 でもアナベルさんは、特に気にしなかったらしい。私の名演技でなんとか切り抜け、メイドとして採用されることとなった。

 さて、ではやることは一つ。


「すごいですわ! リリさん、どうやったの?」

「リリさん、こちらのレシピはこれでいいかしら?」


 リリさん。リリさん。と、メイド達が私を呼び止める。ベテランというよりは、新しく採用されたメイドの子が多いかな。まだ不慣れなのもあってか、私に掃除や料理の手ほどきを受けにやってくるのだ。先輩メイドに聞くのも気が引けるんだろう。私は、設定がお嬢様の家のメイドさんだから、城では新人だけどベテラン、という位置づけがされているのだろうと思われる。

 おかげで調べようと思ったが、可愛いメイドさん達に引っ張りだこ状態。

 助けて、マリアお嬢様。


「すごいすごいぞこれいったいどうやってうごいてるんだろうさすが腐っても伯爵の城だよな本当このからくりの仕掛けは見事だやっぱり魔力動力を駆使しているんだろうかそれとも自然の力を使ってるのかなますます興味深くて仕事なんてやってらんないよね」


 マリアお嬢様、句読点が見当たりません。息継ぎしてますか?

 伯爵の城はアギ君の好奇心をつつくものが多いようで、目移りしてしまっている。仕事はしようね! 私達は今、潜入捜査中だよ!

 メイドさん達の信頼を得ながら、私は少しでも情報を得ようと走り回った。


 あ、ちなみに私の胸は術で盛ってるわけだが、今のところ魔法消去(アンチマジック)に引っ掛かっていない。ボディチェックは受けたけど、お咎めはなかった。これは思うに術で胸ないし一部を変える人が一定数いる為と思われる。問題になるくらいに変えていなければ黙認なんだろう。危険がないかだけチェックして後はスルーだと思われる。

 やったね! 長時間、この立派な胸をつけてたらきっと私も『あー、胸が重くて肩凝った~』とか言えるはずだよ!

 わくわく。



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― 新着の感想 ―
[一言] シアちゃん大丈夫!世の中にはオイラみたいな貧乳大好きなヤツもいるからね♪変態でよければだけど…
[良い点] ルークさん……ッ、あんたって人はぁ……! 蛮勇すぎません?
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