〇8 漢(メイド)
レオルドの家は、村の少し外れにあった。古い家で、ところどころ壊れたところを素人の手で修理した跡が多くある。昔から貧乏だから、なかなか修理できないとレオルドが申し訳なさそうにしていた。私やルークは、立派な家になど縁のない人生を送っているし、リーナも宿で暮らしていたことが多い。アギ君はそれこそ、そんなものにはまったく興味がなさそうで。
「雨風しのげればいいんじゃない?」
なんてちょっと酷い言い草だが、あっけらかんと言うのでレオルドは気にするだけ損なのだと気づいたのか苦笑交じりに家の扉を開けて中に入れてくれた。
家の中は三人家族がなんとか暮らせるくらいの狭さで、玄関の扉を開ければすぐに居間、別の部屋に続く扉は二つで、一つは両親の部屋、もう一つはレオルドの部屋らしい。
家具は必要最低限のものだけで、とてもシンプルな内装だ。どれも古いものばかりだが、エティシャさんが綺麗に整えているのか、埃はほとんどない。台所の横にある柱には、細かくナイフかなにかで傷をつけた跡があって、おそらくはレオルドの背丈をはかったものではないかと思われる。一番最初のものは、もしかしたらリーナより低い位置にあるんじゃないだろうか。
レオルドにも小さい時期があったんだな。
レオルドは実家の勝手を思い出しながら淹れてくれたお茶を私達に振舞ってくれた。家には三脚しか椅子がなかったので、私とリーナとアギ君が座り、ルークとレオルドは立ったまま、お茶を飲みながら話をすることになった。
「まずは、私達が請け負っている依頼の話からしましょうか」
最初に、レオルドが出て行ってからの話を彼に通した。レオルドは申し訳なさそうにして聞いていたが、幼馴染が陥った例の症状についての話が出ると顔色を変えた。
「奇病の類じゃないのか?」
「たぶんね。なにがしかの外的要因があるんじゃないかっていうのが、司教様……聖教会側の見解よ。あまり詳しくは話されてないけど、騎士団の方でもきな臭い話があるみたい」
王都防衛までしてるんだから、国に広がっている緊張感は大きいものだろう。それこそ浮かれて嫌がる女性を攫い、村を脅して華々しく結婚式してる場合じゃない。
まあ、ラミリス伯爵領でこの奇妙な症状が蔓延していることからして、臭すぎる一家なのだが。
「じゃあ、マスター達はこの奇病のような症状の原因について調べに来たんだな?」
「ええ、それが司教様から依頼された仕事。もちろん、レオルドのことも心配だったけど」
レオルドは苦しそうに唸って俯いた。
「……わかっちゃいるんだ。ベックのことも、他の村人のことも……このままってわけにはいかない。俺もマスターのギルドの人間だ」
----ん?
「サラのことは、俺の問題で……」
「いやいや!? ちょっと待って!?」
なんだかレオルドが一人お通夜状態になったので、私は慌てて立ち上がった。
「なんでサラさんのことが別になってるの!?」
「え? だって、マスター達は奇病の原因を」
「そうだけど!!」
レオルドは頭が良いんだ。私の考えていることをよく先読みしちゃうし、全部言わなくても理解しくれるところもある。なのになんだって今回は、こんなに頭が働いてないんだろうか。
アギ君が、呆れた様子で言った。
「レオおじさん、落ち着いてるふりしてぜんぜん落ち着いてないじゃん。姉ちゃんが言っただろ、不自然にこのラミリス領にだけ集中して奇病が発生してるって。でも領主のいるアメルへスタは無事っと。これで領主が白だったら笑うだろ」
「あ……」
「姉ちゃん達は、サラさんのことほっとく気なんてまったくない。ってか、ほっとく気で来ると思ってたの? それなら俺、レオおじさんに気付け用のクソまずい薬飲ませて目を覚まさせるけど」
「お、起きてる! 起きてるから!」
レオルドは私達と再会した瞬間は、酷く動揺しているそぶりをしたが、キャリーさんに追い出されたところから落ち着きを取り戻したように見えていた。だけど実際は、取り繕っているだけなんだ。もしくは、自分も気づいていなかったのかもしれない。
優しくて情に厚い人だ。だからこそ、逆にこういう場面には弱いのだろう。それは悪いことじゃない。誰かが傍にいれば。
「いいや! 起きてないわね。アギ君、一発くれてやりましょう」
「おー!」
「ええ!?」
ルークが自分の出番を察し、ささっと素早い身のこなしでレオルドを取り押さえた。
「ルーク!?」
「すまない、おっさん。正直、おっさんの頭脳は必須だから」
「だから、おっさんは起きてるぞ!?」
リーナも自分の出番を察した。
「りーなは、おくちなおしをよーいしますね。がまんですよ、レオおじさん!」
「りょうやく、くちににがし、ですのー!」
「リーナまで!?」
さすが、うちの連携プレーは上位ギルドにも負けない。アギ君までノリノリだけど。
アギ君にとってもレオルドは、数少ない同士のような存在なんだろう。彼なりにレオルドを放っておけなくて、気にかけているのだ。
「くらえ、レオおじさん!」
「ぐえっ!!」
「え? なに、おかわり? しょーがないなぁ」
「ぐほぉっ!!」
一発と言っておきながら、おかわりも差し上げました。アギ君特製の気付け薬はそうとう苦いのか、レオルドは涙目で咽ている。レオルドって苦いのも辛いのも得意じゃないからな。
私は一応、ヒール待機しておいた。時々、アギ君の制作物は刺激が強いから。
「げほんげほん……」
「いたい、いたいです? はちみつじゅーす、のみます?」
「げほぉ……りぃなぁ、お前の優しさが今、とてもありがたい」
「あれ? 私のヒールは?」
私のヒール効果よりも、リーナの天使の笑顔で差し出されるハチミツジュースが上らしい。うむ、仕方ないな。
「で、レオルド……起きた?」
「ああ! もうすっきりな! 彼岸のばあちゃんにも叱られてきたし、俺の頭は今、雲一つない青空のように澄み渡っているぞ!」
……アギ君の薬は劇物だったらしい。大丈夫か? 彼岸って聖教会の聖典にでてくる死んだ人の楽園『あの世』を意味するはずなんだけども。
「ラミリス伯爵と、ベックや村人がかかっている奇病のようなものについては、関連性が高い……そういう考えなんだよな?」
「ええ、あまりにも怪しすぎるもの。でもしっぽ隠しが病的に上手いから騎士団も聖教会も手出ししにくい。だからこその私達ね。それと瘴気関係の可能性もあるから」
レオルドは頷いた。
「そして、サラはラミリス伯爵の領主城にいる。ならばやることは一つ……ラミリス伯爵を探り、同時にサラも救出する」
「そうそう」
「同じところに対象がいるんだから、その方がいいよな」
レオルドの言葉に私とアギ君は頷いた。
「はあ、すまん。俺が色々と変に考えすぎた……。同時進行で行こう、無駄なくな」
私達はにっこりと笑った。それでこそうちの参謀である。私が参謀役って思われることが多いけど、どっちかというと私、特攻隊長ですので。岩があったら、どう砕くか考える前に頭に強化魔法かけて頭突きで割るタイプですから。
「問題は、どうやって領主城に潜入するかだよな」
蒼天の刃ギルドの参謀、アギ君が問題を提示する。レオルドはそれに頷いた。
「領主城は、用もない人間は立ち入れない。なんとか潜入する手を考えないといけないな」
「お話にはよくあるわよね。敵地に潜入するのに荷物に紛れ込んでいくやつ」
意外にお話の中ではバレないけど。
「それは小説の中だけだな。かなりずさんなところか、相当な運が必要になる」
「俺もお勧めしないなぁ」
現実は厳しい。
「あ、私の隠蔽は?」
「あそこ、魔法消去がかかってるから無理だな。なにか魔法を使えばバレるし、解除してもそれでバレる」
うぐぐぐぐ。
「レオおじさん使用人になりすますのはどう? 協力者が必要になるけど」
「そうだな……。その方法が一番ベターだとは思うんだが、おっさんに城の知り合いは……いや、『協力してくれそうな』知り合いはいないからな」
あれ? なんか含みのある言い方したな?
でも今はそれを追及している場合ではない。
「アレハンドル村の知人だと警戒されるだろ。無関係なところからやらないと」
レオルドがそう言うと全員が唸った。潜入作戦は、なかなか難しい。私も少ない知恵を総動員して考えた。なんかいい手はないものか。
うーん。
「……ねえ、普通に私達が使用人になれないかな?」
「どういうことだ?」
「お城で求人募集してないかなって。それなら申し込んで、潜り込めるかも」
レオルドは無理としても、私とルーク、アギ君なら望みはある。リーナは年齢制限に引っ掛かるだろうけど。私のひねり出した案は、苦しいかなと思ったがレオルドは「あ」と思い出したように声を上げた。
「そういや、結婚式の為に使用人を一時的に増やしてるって聞いたな」
希望の光が見えた。と、思ったが。
「けど、確か募集してたのはメイドだけだ」
「それは……」
メイドは女性しかなれない。おそらくはサラさんのお世話させる為の人員なんだろう。サラさんに接触できる可能性が高いし、それはそれでいいんだけど。
「応募できるの……私だけ?」
「だろうなぁ」
一人か。それはもう、仕方ないかな。せめてもう一人、欲しいところだけど手がないなら一人でも上手くやるしかない。
「敵地に潜入だぜ? さすがにシア一人じゃ心配だろ……」
ルークが声を上げた。彼は単に私の実力を疑っているのではなくて、万一を考えての発言だろう。
「でも他に手がないなら、私一人でももちろん行くわよ」
「でも……うぅ、俺の頭じゃ他のことなんて考えつかねぇーし。だ、誰か女装するか?」
苦し紛れのルークの発言に男性陣が固まった。
あー……女装ができそうなの一人しかおらん。
「……わかった。俺がやる」
女装に手を挙げたのは……。
「いやいや!? なんでおっさんが一番に手を挙げるんだよ!?」
「一番挙げちゃいけない人がなんで、俺がやらなくちゃ的な感じなの!?」
ルークとアギ君が驚愕した。手を挙げたおっさんは、なぜか真に迫った顔をしている。
「やればできる」
「できるか!!」
私が鉄拳を固い腹にぶちこんでおいた。
「190越えの巨漢のメイドさんとか嫌過ぎるわ!!」
「180越えのメイドさんもダメだよな」
ルークが遠い目をした。できたらやってくれるんだろうか。漢だなルーク。
「それにレオルドは顔バレしてるじゃないの!」
「--うあぁ……てことはやっぱ、俺だよね……」
一人悟ったアギ君が頭を抱えた。
そりゃあ嫌だよね。男の子だもんね。
「繊細な少年期に傷を残すわけにはいかない! ここはやはり俺が漢になるしか!」
なんでレオルドはそんなにメイドさんやる気なのーー!?
嫁さん奪還と、幼馴染を救う為に燃え上がるレオルドと、繊細な少年心に頭を抱えるアギ君を説得し、私達は領主城潜入作戦を決行することになった。




