〇7 いざゆかん、北北東
レオルドと再会できた私達は、次の行動について話し合う為にレオルドの案内で彼の実家へとお邪魔することになった。
アレハンドル村はとてものどかで、ぶっちゃけなにもない村だ。小さな家が点々とあって、その家それぞれの畑もある。ぱっと見たところ、年寄りが多くて子供の姿は少ない。ここで働いても稼ぎはほぼないので、若い人はもう少し大きな町へと働きに出ていることが多い。
ということを歩きながらレオルドが教えてくれたのだが。
「ねえ、なんかあそこ人だかりができてない?」
村の人口自体、とても少ないので人だかりができるという現象はなにか事件でもない限りはあまりないだろう。レオルドもそう思ったのか、不思議そうに首を傾げた。
「なんだ? まさか、また領主私兵か?」
私達が来る前にも、領主兵が村人にちょっかいをかけていたのでレオルドが追い払ったらしい。なにかあっては遅いので、人だかりの原因を確かめようと近づくと。
「わあ、きれいなねいろです」
人だかりの中から美しい弦の音が聞こえてきた。この音色は、リュートだろうか? 大陸の西側で流行っているという楽器で、木造りの弦楽器だ。
リーナがうっとりとした様子で耳を澄ませる。素人の耳でもとても美しい演奏だと思えた。武骨な人間の多い私兵がこんなところで演奏を披露したりするだろうか? 戦場では、気を紛らわせるように楽器を演奏する軍人もいるにはいるけど。
……うーん、それにしてもリュートか。
リュート奏者の知り合いがいるが、できれば会いたくない類の知り合いだ。時々、思い返したかのように手紙が届いたりもするが、普段はどこをほっつき歩いているか知れない人である。自由人過ぎて、誰も彼を理解できないし、しようとするだけ無駄な人である。本人も理解を望まず、自分の性に従って生きている。
『理解は縛りだ』とも言っていた。
そういう人だから、顔色を窺ってご機嫌をとろうとするような人付き合いの仕方はできないので、私としてはとってもやりにくい。司教様よりやりにくい。
第一、あの人は人の話を聞かないし、人の名前も覚えないし……。
なんだかだんだん思い出して腹が立ってきた。
彼がここにいるわけない。そう思ったが、一つのところに留まらない習性のある彼ならばいるかもしれない。嫌な予感に駆られる。ある意味、私兵より質が悪い気がする。
リュートの音色がはっきりと聞こえるほど近づくにつれ、嫌な予感は大きく膨らむ。奏者の腕前の違いなんてわからないはずだけど、なんでだろうか。
「……うわぁ」
嫌な予感は当たった。思わずうめき声が出てしまう。
腰まで届くほどの漆黒の長い髪、白い肌に華奢な体で一瞬、女性に見間違えるがよく見れば男性だ。伏し目がちな瞳は青く、まつ毛がとても長い。リュートを奏でる腕は細く長く、繊細そうだ。
まあ、本人の性格を知っているこちらからしたら、「あの人が繊細? はっ!」って感じだけど。
あー、なんでこんなトコにいるかなぁ……。
「綺麗な黒髪だな」
そう呟きながらルークがちらりとこっちを見た。
私も黒髪だ。黒髪はラディス王国では珍しいんだけど、自分も含め周囲に司教様とか副団長とか、黒とは違うけどリンス王子とかもいたので、あまり特殊な感じはしてなかった。東方の民族の血筋の色らしく、差別もあるようだが私はあまり言われたことはない。血筋を重んじる貴族なら話は違うんだろうけど。
「そうね。でもあれ、東方のじゃなくて異世界の方の血筋らしいけど」
「え!?」
彼から聞いた話を思い出しながら口にすると、ルークだけじゃなくて皆が驚いた。
「異世界人も黒髪が多いじゃない? 日本人の特徴らしいわよ」
「へー……って、そうじゃなく--いや、それも驚きだけどなんでシアがそんなこと知ってるんだ?」
「だって知り合いだし」
会ってしまったものは仕方がない。出会いがしらの事故とでも思って諦めるしかないだろう。無視して去りたいところだが、後々の面倒を考えるとできない。でも、演奏を邪魔すると怖いので彼の気が済むまで静かにしていた。
しばらく好きに演奏していた彼は、ようやく満足したのか演奏を止めた。村の人達は、笑顔で拍手を送った。最初に村に入ってきた時は、ラミリス伯爵の私兵の件や不可思議な眠りの病のせいで暗い雰囲気だったのだが、今は少しだけ明るさを取り戻している。
演奏の腕だけはいいんだよなー。腕だけは。あと、顔もいい。
彼は営業用の笑顔を浮かべた。いつもは自由奔放な旅をする為の路銀用に足もとに箱を置くのだが、今回はしていないようだ。
村人の懐事情とか、色々と大変な時だからか遠慮したんだろうか? 彼が遠慮? マジか。
「やあ、そこの失礼なことを考えていそうな顔のお嬢さん。どこかで見たことがあると思ったら、我が親友の妹のまな板ちゃんじゃないか」
「残念ですね、人違いです。私は一人っ子です--誰がまな板だ!!」
「ああ、その反応懐かしい。大丈夫、僕は人の顔と名前を覚えるのが苦手だけれど、君の一切成長しない胸部だけは忘れないから」
「やっぱり嫌いだーー!!」
デリカシーの欠片もないあだ名で私を呼ぶ彼は、笑顔でリュートを鳴らした。
「まな板ちゃん、王都の籠の鳥である我が親友は健勝だろうか?」
「元気なんじゃないですかね! 病気したとか、ベルナール様からも聞いてませんし!」
「相変わらず死の女神に嫌われているなぁ、我が親友殿は」
彼の親友とは、ベルナール様の兄であるクレメンテ子爵のことである。幼馴染なんだとか。どう友人付き合いをしているのか謎だが、彼はクレメンテ子爵のことだけは『親友』と呼び慕っている。名前は忘れてるみたいだけど。
「あ、あのー……マスター、どちらさん?」
戸惑った様子でレオルドが聞いていた。しまった、頭に血が上って紹介を忘れていた。
「ごめんごめん、この人、一応知り合いでね。私の名前とかぜんぜん覚えないけど。自由人で、あっちこっちほっつき歩いてる……えー、なにしてる人?」
「それは俺達が聞いてる」
ルークが困った顔をした。
私も困る。素性は知ってるけど、なにしてる人かは知らん。
「あっちこっちってことは、学者とか? ほら、遺跡とか地理とかそっち系の」
アギ君がそう聞いてくれるが、たぶんそうじゃないだろうな。
「違うねー、風雷の坊や」
やっぱり違うようだ。それにしても。
「風雷の坊や……」
「姉ちゃん、恨みがましい目でこっち見ないで」
だって、なんで私は『まな板ちゃん』でアギ君は『風雷の坊や』なんだ。差があり過ぎるだろ。
「風の向くまま、気の向くまま。僕は僕の感性が導くように歩いているだけだからね、これといって目的はないんだよ」
「え、もしかしてニー」
「アギ君、それ以上いけない」
一応定番の止め方をしておいた。
「うん、ニートだよ」
「自分で言った! 認めた! ニートだと! っていうか、ソラさんニートって単語知ってるんですか!?」
「知ってるよ。それ、父さんの故郷の言葉だからね。散々と言われたし」
あっけらかんと答えるソラさん。彼、ソラ・ナツメさんの父親はずいぶん昔にこの大陸に召喚された異世界人だ。名前は確か、アオバ・ナツメさんだったはず。母親がこっちの大陸の人で、ソラさんはいわゆる異世界人ハーフである。
召喚された異世界人は、勇者や聖女に選ばれるような特殊な能力を備えた人が多く、アオバさんもそれに漏れない。不老不死の力があり、見た目ではわからないほど長い年月を生きている。ソラさんにもその特徴は継承されており、不死ではないが不老だ。何歳なのかは本人も忘れているので、正確なところはわからないが、百年前に起こった帝国とのアウドゥラ戦役を体験していることから、百歳以上と思われる。
『あー……懐かしい匂いがすると思ったらアオバの血筋かよ……』
カピバラ様?
姿はない、声だけ聞こえる。
『そいつは知らんけど、アオバは知ってんぞ。メグミと一緒に召喚されたヤツだ』
え!? そうだったの!?
『兄妹だとよ。家名が違うのは、親が離婚して引き取り手が違ったとか……なーんか複雑だったっぽいな。兄妹仲もよろしくなくてな……誘われてたが勇者パーティーにも参加せず、メグミの葬儀にも来なかった』
そ、そうだったんだ……。
私は、アオバさんとはクレメンテ子爵を通して一回だけ会ったことがある。無口で、暗い影の落ちる人ではあった。世捨て人というんだろうか、そういう雰囲気で人とあまり関わり合いになりたくないような空気を纏っていた。
クレメンテ子爵は、アオバさんを『賢者』と呼んでいた。知識人としても、聖魔法の使い手としても秀でており、彼以上の人間はいないだろうとさえ言われている。
皆には当たり障りのない紹介をしていると、彼は話の流れなどくまずにしゃべり始めた。
「この地は、はるか昔から呪われているけれど、人は人の力でもってそれを平定できるというのにね」
「呪われてる?」
「争いの絶えない土地なんだ。父さんの時代からすでにそうだった。一説には古代の魔人が封じられているのだとか、噂も伝承も絶えない」
「ああ……」
それには心当たりがあるのか、レオルドが頷いた。
「確かに遺跡も多いんだよな。俺が古代ロマン好きなのは、それも影響してるし。村の近くにもあるぞ」
「えー、なにそれ楽しそう!」
アギ君が食らいついた。
「ああ! 脱線! 脱線っ。ソラさん、久しぶりのところ、すみませんけど私達急いでて!」
「北北東かな」
「……はい?」
ソラさんはリュートを奏でた。
私の話はいつも通り聞いてなさそうだ。
「呼ばれている。いざゆかん、北北東」
リュートを奏でながら器用に歩き去っていく。
ソラさんの背中は、颯爽と音色と共に消えていった。
「……なんだったんだ、あの人」
ルークがぽかんとしている。
「がっきのおにーさん、おーら……がくふみたいでした」
初めて見る形のオーラだったのか、リーナが興味深そうにしていた。
一気に緊張感が揺らいでしまったが、ダメだ流されては。気を引き締め直そう。
「ごめん、はやくレオルドの家に行こうか」
「……あ、ちょっと待ったシア」
「なに?」
ルークがなにかに気が付いて、私を止めた。
じっと、ソラさんが去って行った方角を見詰めると。
「北北東ってこっちなのか?」
「えーっと……」
方位磁石で確かめてみた。確かに間違いなくソラさんは北北東へ向かったようだ。
「あっち……監視のいる方向だけど」
「……え、いや、さすがに関係ないんじゃない?」
王都からついてきているエティシャさん達を監視していた謎の人達の一人だ。そろそろ捕まえようかと思っていたんだけど……。
ソラさんは無関係だろうし、監視の人間も近づいたからといってソラさんを攻撃したりはしないだろう。考えすぎだと、頭を振って、村の外れにあるレオルドの実家へと足を踏み入れた。




