〇6 俺達、なにができっかな
私達は三日の行程を経て、中継地点であり転送陣のある街『ルーブスト』に辿り着いた。
ラディス王国の三大都市の一つで、王都より東側にある中では一番大きな街となる。近くには観光名所である水の女神ルーブストが住むといわれる広大で美しい湖があるのだが、残念ながら我々に観光している余裕はない。ルーブストで一泊安宿をとり、早朝には転送陣でラミリス領アメルへスタへと跳んだ。
使用料を見たが無言でアギ君に渡し、アギ君も無言で請求書を転送した。アギ君が所持する魔道具の中に無機物を任意の場所に転送する力を持つものがある。貴族がよく使うふくろう便より早い(というより一瞬で相手の下へ届く)ので本当の緊急事態に使われるようなやつだ。アギ君はその魔道具の術式を解析し、製作者から許可を得て、自分の魔力を使うことで簡単に使用することが可能のようだ。
請求書はどこへ飛ばされたかというと、まずはエルフレドさんのところへ行き、そこから彼の手によって司教様のところへと届けられるはずだ。渋い顔をしている司教様の顔が容易に想像できるので、エルフレドさんの胃に穴が空かないか今から心配である。
アメルへスタの町は、ラミリス領を治める伯爵一家が住まう領主城がある、領内でも一番大きい栄えた町のはずだが……。
「お祭りがはじまるような飾り付けがされているのに、町の人達に活気がないわね?」
これでもか、というほどの派手な飾り付けがされているのに町の人達の顔色は暗い。お祭りなら露店も出て稼ぎ時だと活気づくのが普通だけれど。
一応、露店とか売り子の姿は見かけるんだけど一様にやる気が少ない。無理やり誰かにやらされてる感が半端ない印象だ。
「そりゃ、どう見ても悪い手使って手に入れたお祝い事じゃ素直に喜べないんじゃないの?」
アギ君がその辺に落ちていた紙を拾って眺めながら、口を尖らせた。私も紙を拾って中身を読んでみる。あちこちに散らばっていて、配る人もかなり豪快に撒いていったようだ。
『ラミリス伯爵家長男ダミアン様が婚約を発表。長年の思いを遂に成就! お相手はアレハンドル村の村長の娘サラ・レムリス。一人娘の玉の輿に村長も大号泣で、村をあげて歓迎ムード! 三十半ばで幸せを手にした幸運の花嫁は、数日中にも領主城内で華やかな結婚式があげられる予定』
…………。
そういえば、エティシャさんが言っていたな。領主私兵達に大事な一人娘のサラさんを連れ去られ、泣き叫びながら娘を返してくれと嘆願した村長の話を。
アレハンドル村の人達も、子供のころから可愛がっていたサラさんを心配してラミリス伯爵には反抗的な態度をとり続けているらしい。村人達が武器、といっても農工具のようなものしかないが、それらを手に取って領主城へ殴り込みに行こうとすらしたようだ。だが、それだけは村長が止めた。さすがに、ただの村人と領主私兵では戦力が段違いだ。騎士より数段劣るとはいえ、私兵は訓練を積んでいる。ただ徒に村人の犠牲者が増えるだけである。
けれどもただ黙っているわけもなく、村長は様々な伝手を頼って助けを求める手紙を送っているらしい。状況は芳しくはないようだが。
ラミリス伯爵は、騎士団の捜査網すらどんな手を使っているのか潜り抜けており、トカゲの尻尾切りも得意とする。自分達以外は全部物事をいいように動かす為の駒としか考えていないのだろう。密偵も潜り込ませているようだが、悪事の証拠は出てきていないのが現状だ。
ってか、一つ言わせてもらいたいんだけど。
サラさんは、もうとっくにレオルドと幸せな家庭を築いているし、可愛い娘さんだっているんですけど!? 書類上、サラさんはバツイチになっちゃってるけど、よりを戻して再婚する気満々なんですけど!!
そもそもラミリス伯爵家長男のダミアンが昔からサラさんに熱を上げていたのは周知の事実で、その追いかけまわし方は執念を感じて震える町民がほとんどだったらしい。犯罪的な行動も見られたので地方騎士も動いたくらいだった。しかし父親のラミリス伯爵が親バカを発揮して地方騎士を抑え込み、サラさんも身の危険を感じて、というかいてもたってもいられず村を飛び出し、王都で王立に在学中だったレオルドの下宿先へ飛び込んだのである。
そういう経緯を町の人達は知っているのだ。
そりゃ、こうなったら喜べませんよね。
……ん? でも待って。そう考えると、レオルドがサラさんを実家に帰したのは少し……いや、かなり軽率だったのではないだろうか。お金がなくなって、実家を頼らざるを得なかったのは分かるけど離縁してサラさんを戻してしまったら、こうなることも予想はできたような気がするんだけど……。
時間もかなり経っているし、ほとぼりが冷めたと思ったのだろうか? エティシャさんによると、一応外聞もあるのでレオルドとの離縁などは口にしていなかったらしい。そしてサラさん達が村に帰郷していることもラミリス伯爵家の耳に入らないようにもしていたようだ。
だがどこからか嗅ぎ付け、二人の離縁を知って強硬手段に出た。
ダミアンの執念がすげぇと言うしかない事態だったのかもしれない。
しかも質が悪いことに、ダミアンには妻も子供もいた! 跡継ぎちゃんといる! 馬鹿か、やっぱり馬鹿なのか!
貴族で第二夫人はあるところにはあるけど、かなり古い因習だ。王都貴族では、そんなものはとっくに廃止されているし、妻以外の女性にうつつを抜かしたら普通に浮気だ。早世してしまったり、跡継ぎが望めなくなった場合など特例以外で、他に妻をとることはない。
ラディス王家だって、今時側室がいないくらいだ。こっちは大陸でも珍しいだろうが、王様は愛妻家で恋愛結婚推進派なのである。子宝に恵まれなかったら王様という立場上、側室も考えるけれど基本的に愛情を注ぐのは正妃のみである。第六子であるリンス王子が生まれるまでは、側室に娘を入れたい貴族から圧を受けていたが三人王子が生まれた時点で、ほとんどが諦め、今では次の王様になるであろう第一王子のライオネル殿下への売り込みへと変わっている。
そういう経緯もあって、レオルドとしては情報さえ隠していれば大丈夫だろうと、二人を戻したのかもしれない。
本当に頭が痛くなりそう。
当のレオルドの情報を探ろうと、アメルへスタの馬車乗り場で受付をしていたおばさんに話を聞いたら、ラミリス伯爵の耳に入らないように、こっそりレオルドを通したらしい。レオルドが乗った馬車の終着点がアメルへスタなので、アレハンドル村へはここから乗り換えになるのだ。
おばさんの話によれば、レオルドはいくぶんか落ち着いているようだったが顔色は悪かったらしい。サラさんの結婚式が数日中に行われる予定だと知って、苦し気な顔をしたが領主城へは赴かず、アレハンドル村へ向かったようだ。
念の為、王国あちこちで発生している謎の現象について聞いてみたが、今のところアメルへスタではそういう症状を引き起こした人間はでていないらしい。けれど周辺の村などでは多く発生していることから町の人達も怯えているそうだ。
「ふぅん。周辺住民は被害にあってるのに、アメルへスタは無事なんだ」
「ますます、怪しいよな……」
「せなかが、ぞわぞわするです」
アギ君が呆れたように呟くと、ルークもため息を吐いた。あまり頭の良くないルークでも怪しむほど怪しさ満点。リーナも感じるものがあるようだ。
アメルへスタでここまで送り届けてくれた御者のおじさんと別れ、アメルへスタ発の別の便でアレハンドル村へと向かった。アメルへスタからアレハンドル村へは三時間も揺られていれば到着する。夕方前にはアレハンドル村へ到着できた私達は、すぐにレオルドの所在を確かめた。
そして急いでその場に向かうと。
「レオルド」
大きく声を上げたいのを我慢しながら、扉を開けた。なにせレオルドがいたのは、村の診療所だったからだ。病人がいる場所を騒がせるのは良くない。
「ま、マスター……それにルーク、リーナ……アギまで」
数日ぶりに見たレオルドの顔は憔悴しきって少しやつれていた。目の下のクマも酷くて、たぶん寝れていないのだろう。この状況で熟睡できたら逆に驚くけど。
レオルドは私達をまるで幻を見たかのような反応を示したが、私が近づくとそれが現実だと実感したのか涙ぐんだ。
「……すまない。本当に……すまない」
誰かが横になっているベッドの傍らで力なく両膝を付き項垂れて、情けなく謝罪を口にするしかないレオルドに胸が痛んだ。
お小言はあったけど、そんなこと言う場面ではなかった。でも下手に慰めたところで意味もなさそうで、私が対応に悩むと。
「おっさん、言いたいことはあるけど……それよりやるべきことが多そうだよな? 俺達、なにができっかな」
静かに私の後ろから言葉を発したのは、珍しくもルークだった。私が悩んだときにするっと行動できるのはレオルドかリーナだったんだけど。ルークはどちらかというと誰かの意思を手伝うように行動するタイプだ。自分で考えて行動できないんじゃなくて、自分よりもより良い考え方のできる人間を選択して、手を貸す方が有益なのではないかと考えているようだった。自ら主張することも少ないので、一歩後ろに控えているのがルークのいつもの立ち位置だ。
レオルドもそれに少し驚いた様子だったが、嬉しそうに目を細めた。
「ああ、後でいっぱい俺を叱ってくれや。でも今は、別の話をさせてくれ」
そう言うレオルドに私達は頷いた。
「サラのことは、もちろん心配だ。けど、取り返す手立てが今のとこ思いつかない。それに重なるようにこの村で奇病が流行った。どうやっても目覚めない、深い眠りに陥る奇病だ」
レオルドが視線を向けたのは、傍らにあるベッドに横たわった人物だった。その人は、なんの外傷もなく、ただただ静かに眠っているように見える男性。年齢はレオルドと同じくらいで、三十半ばほどだろうか。穏やかそうな面差しで、静かに寝息を立てている。
「ベックって言ってな。まあ、俺の幼馴染だ。雑貨屋を営んでて、もう一人の幼馴染のキャリーと結婚して子供も三人いてな……。ガキの頃から冒険好きではあったが、あっちこっち旅して珍しい品を手に入れては面白い話を聞かせてくれた。のんびり屋だけど、意外に行動派で……病気になった姿を見たことがなかったから、思ったよりショック受けてな……」
レオルドにしてみれば大事なサラさんの一大事と、幼馴染の一大事が重なって頭も気持ちもパンク状態なんだろう。だから頭もうまく働かず、茫然と座り込んで時間が過ぎてしまう。
「行動しなきゃと考えちゃいるんだけどな、いざ足を動かそうとすると震えちまって……情けない」
両膝を床につけっぱなしなのは、どうやらうまく立つことができなくなっているからのようだった。これは立ち直るには少し時間がかかるかも----。
「うちの旦那、起きたーー!?」
診療所内で発したら眉をしかめられそうな大きめな声量と明るい声で、扉をあけ放ったのは背の高い女性で、真っ赤な髪をお団子に結い上げた活発そうな人だった。
「キャリー!? あ、いや……まだ目覚めないが」
レオルドがおろおろしている中、キャリーと呼ばれた女性はツカツカと真っすぐにこちらへやってくると、ベックさんの顔を覗き込んだ。
「なんだ、まだ起きないの? そろそろ起きてくれないと店の経営が大赤字なんだけど。子供達を食べさせられなくなったら、どうしてくれんの」
ドンッと豪快に彼女は抱えていた籠を床に置いた。中身は着替えやタオルとかだ。
「あーレオ、そこどいて邪魔邪魔。そんなでかい図体床に転がしとかないでよ筋肉の無駄でしょ。頭もいいんだから、さっさとすごい作戦立ててサラを救出してきてよ」
しっしとキャリーさんは雑にレオルドを追い立てた。
「え、でもベックが……」
「ベックはあたしの旦那。レオはサラの旦那。ベックの看病をするのはあたしと子供達で十分よ!」
私達もレオルドと一緒にまとめてキャリーさんに診療所を追い出されてしまった。明朗闊達でサバサバした印象のご婦人だ。レオルドが少し呆然とした顔をしたが、深く深呼吸してこちらに振り返った。
「いやー、参った参った。さすがキャリーだ。そうだよな、俺がべったりベックにくっついててもまったく意味なんかない。あいつには頼りになる嫁も子供達もいるんだから」
キャリーさんに尻を叩かれてようやく立っても膝が笑わなくなったようだ。きっちりと立っている姿は、いつものレオルドのように見えた。
「ふふ、そうみたいね。それじゃあ、皆」
私は背筋をぴんと伸ばして、集ったメンバーに向かって言った。
「暁の獅子と助っ人による、共同作戦をはじめます!」




