〇5 どこでも寝れるタイプなのに
私達は今、サラさんの危機を知って飛び出して行ってしまった仲間、レオルドを追って王都より東にあるラミリス領、アレハンドル村を目指し馬車に揺られている。
馬車は特別便だから途中に停車場を設けず、真っすぐに中継地点であるルーブストへ向かっていた。ルーブストにある転送陣で一気にラミリス領の領主城がある街、アメルへスタへと跳べる。ラミリス伯爵一家には言いたいことは山ほどあるが、すぐに殴り込んでも意味がないのでアメルへスタへ着いたらすぐにアレハンドル村へ行く予定だ。
レオルドが領主城に乗り込んでいたら厄介だけど、おそらくそれはない。サラさんが囚われているけれど、冷静さを欠いていてもレオルドだ。時間もたっているし、少しは頭も冷えてきた頃だろう。確かな情報を得る為に実家のあるアレハンドル村へ行くはずだ。
と、予定を立てはやる気持ちは大きいが焦っても馬車の速度が上がるわけもなく。ルーブストに着くまで三日程度は窮屈な馬車の旅だ。停車場に止まらないので二泊三日野宿である。最短ルートで行くのだから強行軍になるのは致し方ない。とはいえ、リーナはまだそういう旅には慣れておらず体調を崩しやすいだろうと考えて、リーナの様子は十分に注意するようにしていた。
んだけど。
「……アギ君、万能過ぎない?」
「俺だってできないこといっぱいあるよ?」
手のひらサイズの魔法玉を取り出したかと思ったら、アギ君はそれを放り投げて魔力を込めた。すると瞬く間にそれは簡易テントに変身したのだ。簡易テントと言ったらかなり粗雑な雨をしのげる程度のものがほとんどなのだが、アギ君が作ってくれた簡易テントは外見はそうでもないが内装はしっかりとしていて、下手な宿屋の部屋よりよほど快適そうだった。
ちゃんとした木のベッドもあるし、ベッドのクッションも体の負担をやわらげるようなものだ。
「前に用事で遠方まで出かけた時に、野宿がキツかったから作ってみたんだ」
「アギが作ったのか……すごいな」
「俺が全部考えた、って言いたいとこだけど原案はあってさ。今だから思い出したけど、これの術式構想はレオおじさんが学生時代に考えたやつだったんだよな。フリーアイデアになってたからもらったけど」
全部最初からやってたら、まだ完成してなかったと思う。というアギ君の言葉に、レオルドはかなり王立でも優秀な生徒だったのだなと改めて思った。
「でもこのテント、作るのにまだコストが結構かかるから一般商品化されてなくて……自分用に持ってるだけだから一つしかないんだけど」
「なら、これはリーナとシアに使ってもらうか?」
「そのつもり」
「え? いいの?」
アギ君のテントなのに、ルークの意見に文句ひとつ言わずに頷くアギ君に聞き返してしまった。
「リーナは野宿に慣れてないからそこは揺るぎない。女の子だからとか小さいからとか理由もあるけど、この後に無理して倒れられても困るからね」
ちょっと強めの言い方だが、リーナの性格を考えると遠慮してしまいそうなのでアギ君はわざとそう言ったんだろう。リーナを見れば、なにか言いたそうだったがぎゅっと私のスカートを握って黙っていた。我慢するところではないと思ったんだろう。顔色はあまり良くないし。
「じゃあ、リーナとアギ君が使えばいいんじゃない?」
「いやいや、俺も男子だから姉ちゃん。ベッド一つしかないんだよ? 他意はないとはいえ、お互いに落ち着かないでしょ」
あ、それもそうか。
前に皆で聖獣の森の調査の為に、ポラ村へ行った時は雑魚寝だったから……。私もちょっと感覚が狂ってたかもしれない。二人の厚意に甘えることにして、テントは私とリーナが使うことになった。となると、ルークとアギ君、そして付き合ってくれている御者のおじさんはどうするのだろうか。
「おやっさん、大きめの布がいくらかあったよな?」
「ああ、雨よけとか防寒用のがあるぞ」
「獣避けの結界も作っとくから、そっちの準備は兄ちゃん達に任せるな」
男どもはテキパキと慣れた様子で寝床を作っていく。どうやらルークは布を使って手作り簡易テントを作るようだ。その辺のちょうどいい木の棒なども調達して、馬車に積んでいた木槌で骨組みを作っている。ゲンさんとの修業の旅で身に着けたのか、それとも今までの浮浪者時代の経験の賜物か。
まあ、彼は出会った時から手先が器用だったし得意な方なんだろう。料理は壊滅的だけど。
私とリーナは、夕食の準備を進めた。道具が少ないから凝ったものは作れないが、鍋があるのでスープと野菜とお肉のごった煮を作った。朝と昼は軽い携帯食しか食べられないので夜はお腹にたまるものを意識する。
全員の作業が終わって、鍋を囲んだ。
「うっまー、姉ちゃんとリーナって料理できるんだな。ギルド大会の時に高評価だったからちょっと気になってたんだよね」
「手慣れてるだけかな、私は。ギルドのご飯係でもあるし」
「りーなも、まだみじゅくです」
「じゅーぶんじゃない? 俺、料理にかける時間がもったいないからいっつもパンとかですませるし。うちのマスターいなかったら、今頃栄養失調で死んでたかも。食べるのも結構忘れるんだよなー」
アギ君は、寝食忘れるタイプの研究者気質らしい。エルフレドさん、苦労してそうだなぁ。
レオルドはどっちかというとしっかりしている方だ。魔術書を読んでてご飯に気が付かない時はたまにあるけど、生活リズムはそれほど狂わせない。夜更かしもあまりしない。レオルド曰く、昔はどうってことなかったが三十過ぎたらガタがきた。--らしい。体の限界を知って、気を付けるようになったとか。それとバルザンさんからも、筋肉に悪いと怒られたようだ。
女子でいうところの夜更かしはお肌に悪い、のと同じ意味かな?
男どもにおおむね高評価をいただいた夕食を食べ終え、リーナは疲れからかすぐにベッドに横になって眠ってしまった。私も少し横になったが、目がさえてしまった。大きな仕事が控えているせいか、それともレオルドのことも気がかりだからか……焦っちゃダメだと思っても、上手く制御できない。
少し夜風にでもあたろうとテントから出た。簡易テントの隣にはルークお手製の簡易テントがあり、隙間からアギ君と御者のおじさんが雑魚寝しているのが見えた。
……ルークは。
「見張りごくろーさま」
「なんだシア、まだ寝てなかったのか?」
「目がさえちゃってね」
男三人で交代で見張りをすることになっていた。私の結界もあるし、アギ君の獣避けの結界も二重であるから滅多なことは起きないだろうけど、念のためだ。
「どうせしばらく寝れなさそうだし、交代しようか?」
「……いや、いい。俺もあんま寝れなさそう」
「え? 珍しい。どこでも寝れるタイプなのに」
それこそギルドの廊下だろうが、道端だろうが、臭いのキツイゴミ捨て場だろうが寝られる神経をしているのに。
「あーははは……俺も結構、おっさんのこと心配みたいだ」
そっか、同じか。
レオルドが相談もなく、出て行ってしまったことに対してルークは少し怒っていたようだった。同時にレオルドらしくないとも感じたんだろう。だから心配にもなる。
「……なあ、シア。エティシャさんとシャーリーを王都に置いてきてよかったのか?」
ルークが少し暗い顔で言った。
エティシャさんとシャーリー、二人がいればアレハンドル村への案内も安心だ。急に現れた村にしてみればよそ者を受け入れてくれるかも分からない。打ち解けるには時間もかかるだろう。だけど私はあえて、二人を置いてきた。
この強行軍に付き合わせるのは無理だと思ったのもあるが、それ以上の理由がある。
「ルークが教えてくれたんじゃない。あの二人……監視されてるって」
私は、高い魔力探知能力を持っている。だからある程度、魔力を持っていたり、魔法を使用したりするとその場所を特定することが可能だ。だが、ただの気配だったりとかになると私では分からない。今回は私では気づくことができないような相手だった。そんな相手に一番最初に気づいたのがルークだった。
隠形に長けるのか、巧みに気配を消されていたようでベルナール様以下、他の騎士やギルドの人も気づくまで時間がかかった上に、もしかしたら見られている? という半信半疑なくらいだったのだ。
でも、ルークはハッキリと告げた。
『監視されてる。対象はたぶんエティシャさんだ。人数は……掴みづらいが、二人だと思う』
ベルナール様達は驚いていたけど、それで確信を得られたのか対策をとることにしたのだ。相談した結果、安全を考えてエティシャさん達は騎士団に預かってもらうことになった。彼らの目的は分からないが、私達が王都を離れると二人のうち一人がこっちについてきているようだった。
「少なくとも危険な一人はこっちにいるし、戦力を考えても騎士団にいた方がいいのよ。あいつらが動くスイッチがなんなのか分かんないけど……それは後でとっ捕まえて聞けばいいわけだし?」
「とっ捕まえる気満々だな」
「だって嫌じゃない、こっそりついてくる六人目のメンバーとか。痴漢とストーカーはもれなく全員、懺悔室で司教様のお説教受ければいいのよ」
「……一体何人が生きて帰れるんだろうか、その懺悔室」
ルークが遠い目をした。
「騎士団も精鋭揃いだし、王都で暴動でも起こらない限りは心配ないと思うわ。イヴァース副団長もベルナール様もいるしね」
「そうだな……」
なんだかやっぱり少し暗い。修業から帰ってきて、体つきも精神力も強く立派になったことは少し見ただけでも分かる。
乗馬もできるようになってたのには驚いた。これも外国での修業の成果だ。
乗馬が得意なライラさんも褒めていた。立派な馬と馬術を持つライラさんは、本当なら最初から自分が迎えに行ければ良かったのだが、居場所が分からない。そこで彼女は大陸を渡り歩く商会に協力を要請し、ルークに迎えをやった。アルヴェライト商会というらしいのだが、その代表がやり手らしく、情報網も広くて仕事ならば信用できる人間らしい。
しかし場所を特定し、接触したのはいいが色々と道中不運に見舞われギリギリになり、結局心配になったライラさんが途中まで迎えに行って、馬力のあるライラさんの愛馬をルークが借りて闘技場まで駆け付けた--というのがギルド大会決勝での馬で乱入事件の真相だった。
ハニートラップに引っ掛かり、ぎっくり腰になった情けないゲンさんは、アルヴェライト商会の人の助けで王都に戻ってきた。私は後で、ルークがお世話になったお礼に満面の笑顔で煎餅を届けに行った。ゲンさんは泣きながら食べた。付き合ってくれたジュリアス様が隣で「自業自得」と無表情でおっしゃっていましたよ。
そんなこんなあったけど、ゲンさんはちゃんとルークを鍛えるという目的を果たしてくれた。でも、本人的にはまだ色々と思うところがあるのかもしれない。勇者に勝ち、聖剣を折ったことも含めて。
勇者の処遇については、私はまだ聞いていない。積極的に聞きに行ってないこともあるけど、ベルナール様が意図的に避けている気がして、こちらから聞くのは憚られた。
民に対しては、勇者クレフトは非道な行いをし、聖剣を折られたことにより勇者の資格をはく奪され投獄されている。と発表されている。事実ではあるけど、それ以上のことは知らされていなかった。
民の動揺は大きいけど、新たに勇者を選出するための動きを見せている為、不安ながらも新たに期待を見出している最中である。
「……ねえ、ルーク。気になったんだけど、その剣……前に買ったやつじゃないよね?」
ルークの気持ちがあがりそうな話題を考えて、自分も気になっていたことを聞いてみた。正解だったのか、ルークの表情がちょっと明るくなる。
「ああ、これな。老師が修業完遂の証にってくれたんだ。『竜殺し』って言うらしい」
「竜殺し!? えっ、本当!? ドラゴンすら倒せるっていうあれ!?」
本来は、ドラゴンを倒した英雄が携える剣をそう呼ぶのだが今ではドラゴンすら倒せると謳われる立派な剣につけられることが多い。
そんなたいそうな剣をルークが!?
「俺もまだ分不相応なんじゃないかって言ったんだが……毒竜を倒したから資格はあるって」
「ど、毒竜倒したの!?」
毒竜は、竜の名を冠してはいるが生物学的にはドラゴンではない。巨大な爬虫類の姿で翼が生えているドラゴンに似た姿だが、ドラゴンなどより能力は劣る。劣るといっても、倒すには相当な力量がいるだろう。
「老師も、老師の師匠からそうやって継承されたそうだ。竜殺しって名前だけど、この剣にはドラゴンの加護があるんだってよ。持った時に手に馴染んだから、それが認められたっていう確かな証拠だって言われて……まあ、すごく嬉しかった」
「そ、それは良かったね……」
お金じゃ買えないような立派な剣だ。
そういえば、リーナがギルド大会の時に戻ってきたルークを見てドラゴンさんがいるって言っていたのはそういうこと?
剣の話で気持ちが上がったのか、嬉しそうに話してくれるルークにほっとしながら、のんびりしているとアギ君が起き出してきた。交代の時間になったようだ。
「ふあぁ……って、なんで姉ちゃんが起きてんのさ」
「寝れなくて」
「気がかりが多いのは分かるけど、横になって目ぇつぶるだけでも違うよ? ほら、さっさと寝る!」
追い払われるようにしてテントに誘導された私は、大人しくリーナの隣に潜り込んで横になり、目を閉じた。




