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◇26 ぼっこぼこですのー!

 見事な腹筋を持つアマゾネス・セルビアは言葉通り一切の手加減なく斧を振り上げた。

 咄嗟の反応は、のんの方が一歩早くて瞬時に形態を変え、ぐるぐるとリーナの腹に巻き付くと勢いよく後方に跳んだ。そのおかげでリーナの体は後退することができ、セルビアの渾身の一撃を交わすことが出来た。

 轟音と共にリングが削れ、穴が空いている。

 思わず背筋が冷えた。

 真剣勝負とはいえ、あれをまともにくらったら無事じゃ済まないだろう。


 セルビアは回避したリーナにニッコリと微笑みかけた。


「やるじゃないか、天使ちゃんにスライムちゃん」

「ふ、ふぉふっ--のんちゃっ、あり、ありがとうですっ」


 あまりの衝撃からか、リーナがカタカタと震えながらものんをぎゅっと抱きしめた。


『りーなちゃんは、のんがまもるのですよー!』


 ぷるんぷるん!

 のんがぷるぷる武者震いしている。

 一気に会場のボルテージは上がり、アギの試合が不完全燃焼だったこともあってか客席からは熱い声援が飛んでいる。

 その声援の八割くらいがリーナなのは、キャラクターによるものだろう。


「あーあー、なんだよあたしがアウェーなの!」


 とか言いながら、セルビアは楽しそうだ。


「こんどは、こっちのばん!」

『ですの!』


 リーナは腰に下げたうさぎのポシェットから赤い石を取り出した。キラキラと輝いていて、中は透き通っている。


「あれ、なんの石?」

「んー? あ、魔力が宿ってるな。魔石じゃないか?」


 確かにちょっと距離があるので感知しづらいが、魔力の気配がする。魔石は空のクリスタルに魔力を注ぎ込むことで作る人工的な魔石と、大地のエネルギーによって魔力を凝縮して生成される天然物の魔石に分かれる。人工魔石は安定感があって扱いやすく、天然魔石は扱いづらいが大きな魔力を宿すものが多い。

 私が首から下げている、ベルナールからもらったペンダントは彼の魔力を宿した人工魔石で出来ている。簡単な術式を刻み込めるので、簡易魔法を使うことも可能だ。


「魔石の作り方なんて、教えてないけど……ラミィ様が指導したのかな?」

「だろうな。何度か、クリスタルで練習してるのを見たことがある」


 大陸最高峰の魔女は、魔石作りも最高峰である。

 ラミィ様の作る人工魔石は、下手をすると天然ものをしのぐんだとか。


「のんちゃーん!!」


 リーナはぽーいっと赤い魔石を宙に放り投げた。

 あれ? 魔石で魔法を使うんじゃないのかな?

 てっきり、簡易魔法とのんのスタンプ攻撃で仕掛けるのかと思っていた。魔石の簡易魔法は使用者本人に魔法を使う才がなくても使用可能な代物だ。だから戦士でも魔石を購入できる資金があれば使うことができる。


『あんぐっ! --もぐもぐもぐ』

「食べた!?」


 リーナが放った赤い魔石は、のんがキャッチして美味しくいただいてしまった。

 今はご飯の時間じゃないし、魔石は食べ物じゃありません。スライムはなんでも物質を溶かせるといっても魔石が体内でどう変質するか分からない。ぺっしなさいぺっ!


 会場がどよめく中、魔石をあっというまに体内で分解したのんは、そのままセルビアの前に躍り出た。


「おっ!? 来るか!」


 ぶおんっと風をきる音を奏で、セルビアの斧が構えられる。


「のんちゃん、第一属性形態『ファイアズマ』!」

『ふぁいあー!!』


 号令と共に、のんの体の色が変化した。通常の透明感のある水色から真っ赤な炎を宿す赤いボディに変身したのである! しかものんの口からは火が噴き出ている。あれは、魔導士が使う魔法、ファイアと同系の気配がした。


「ほぉう、なるほどねぇ。さすがラミィ様……」


 リーナの魔力は突然変異で現れたもので、まだまだ力が弱い。それを最大限、それ以上に引き出そうとすれば、どうしても無理が出る。その無理を無理やり可能にしたのがこのやり方だ。リーナが人工魔石に魔力を込め、それをのんが取り込んで増強と圧縮を行い、溶け込んだ魔力を自身の体で解き放つ。

 バランスが難しいが、なんども試して黄金比を手に入れたんだろう。リーナの修行の成果がこれというわけだ。


「ひゅう! 面白いじゃないか!」


 セルビアが、斧でのんのファイアを物理的に叩き斬る。普通は物理的に魔法を斬ることは不可能だが、彼女の斧は特殊な力があるのか、魔法を消滅させてしまえるようだ。


「せいっ!!」


 おまけだと言わんばかりに、セルビアの斧は衝撃波を伴ってリーナとのんを襲う。


「のんちゃん! 特殊形態『ガンドール』!」

『あいさ!』


 今度は銀の魔石を食べ、のんの形態は赤い炎から鋼のボディに変わった。

 その鋼のボディは見た目通り、かなりの防御力があるようで衝撃波をはじき、霧散させる。


「続けて、特殊第二形態『ハッピートリガー』!」

『いえぇい!』


 ぱっくんちょ。

 ……あの、今、魔石というより弾丸みたいなものを食べましたけど。

 すると、のんの形態は可愛い銃となり、リーナの小さな手に収まった。


『ふぁいあーー!!』


 リーナが引き金を引いたのは一回だ。だが、その一発の銃弾はいくつもの弾に分裂し、銃弾の雨を降らせる。


「うおぉっと!?」


 のんの七変化にも慌てずにセルビアは対処し、斧を振って銃弾を交わした。


『むむっ、やるですのー!』

「ですね。でも、リーナたちは、まけません!」


 一進一退の、まさに手に汗握る展開が今ここに。


『うおぉぉぉーー! 俺は今、興奮しているーー! 誰が予想できたか、天使ちゃんとアマゾネスが白熱の展開を見せているぞ!』

『ちょ、落ち着いて。お茶がこぼれるわよ……』


 会場もリーナを戦士と認めたのか、同情を含む声援は消え、現在は半々で両者を応援する声が響いている。


「上がってきた上がってきたぁ!! これこれ、これよ! レアモン以外でここまで熱くなったの久しぶりだ。よぉーし、こっちもマジのスゴ技披露しちゃおうか!」


 楽しそうに笑っていたセルビアの顔が一気に、殺気立った笑顔に変わる。戦いを存分に楽しむ、好戦的な戦士の顔、といえば聞こえはいいが彼女の表情には狂気も含まれている。

 根っからの戦闘狂なんだろう。


「あたしの持つ技に、名前なんかない。ただ、相手を仕留める為だけに振るわれる技だ! おおおらあぁぁっ!!」


 セルビアが繰り出したのは、斧を大きく振りかぶって地面に叩きつけるものだった。技もなにもない。力いっぱい叩きつけられた地面は衝撃で抉れ、導かれるように地面から尖った柱がせり上がってリーナ達を襲う。


「のんちゃん、ガンドールっ」

『だめですの! たえられないですの!』


 のんは、リーナの判断よりも自分の耐久力を悟りリーナを飲み込んだ。

 のんの標準ぷにぷにボディで衝撃を受ける。どうやらのんは、ガンドールで負けて共倒れするよりも、標準ボディでリーナを守って一人散る方を選んだらしい。


『……ぷしゅぅ……』

「のんちゃんっ!」


 見事、セルビアのでたらめな技からリーナを守ったのんは、ボロボロの姿でリングに転がった。


『おお、勝負あったか?』

「そんな……」


 あれだけ頑張ったのに、ダメなのか。

 勝負の世界は厳しいとはいえ、リーナが自身の初戦を勝ちで飾れなかったのは痛い。一番最初の戦いというのは後々尾を引くものなのだ。


『ま、まだですの……あたちはやれますの』

「のんちゃんっ」

『りーなちゃん! あれをだすの!』

「え!? で、でもあれは……」

『かつですの! そしてしょーめーするですの!』

「! う、うんっ!」


 リーナが意を決してウサギポシェットから出したのは、光輝く白い魔石だった。温かな光、聖魔法の力が込められている。


「超スペシャル特殊形態『シア』!!」


 …………はい? 呼びましたか?


『あんぐーー! もぐもぐ!』


 白い魔石をのんが飲み込むと、のんのボロボロの体に光が宿りすぅっと傷が消えていく。聖魔法の力を感じるからヒールの効果が表れているのだと思うけど。

 気になるのは、形態の名前が私であることなのだが。


「しょうじゅん、セルビアさん! はなて、せいじょさまのひかりのはどうーー!」

『ひみつのじゅもん≪ぼっこぼこ!≫ですのー!!』


 ドカン! と、衝撃が襲い大きな弾丸となって光を纏ったのんがセルビアに突進する。彼女は咄嗟に防御姿勢をとるが。


「--ぐっ!」


 光の一撃がセルビアを襲い、防御しきれずリングから吹き飛ばされた。そのままの勢いで、


「ふんぐぐぐっ」


 ギリギリの淵で一度踏みとどまったが……。


「うわあぁっ」


 態勢を保てず、あえなくリングアウトとなった。


「おねーさんは!」

『さいきょーなのです!』


 どーーん!!

 なぜか二人の背後から七色の煙が上がりました。


 よくわかりませんが、勝ってよかったです。

 あとで、戻ってきたリーナ達には色々とお話をしなくてはいけませんね。ええ。

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