◇24 俺が、勝つ!
「……ルーク、来ないな」
レオルドがしきりに出入り口に繋がる通路を見やる。私とリーナも、もしかしたらとギリギリまで待ってみたが、やはり待ち人は姿を現さなかった。
「仕方ない、ここはルークに自慢してやれるくらいの活躍を三人でやりましょう!」
『おーう!』
円陣を組んで、気合を入れてから私達は休憩後、再び会場へと足を踏み入れた。お昼を過ぎ、予選と第一本戦も終了し、いよいよ最終決戦だ。内容は、色々あって聞き逃していたがリーナがしっかりと覚えていてくれたので助かった。どうやらトーナメント形式のバトルを行うようだ。
一試合の三戦中、二戦勝てば次に進める。最終決戦に挑むギルドは六組。
『暁の獅子』ギルドランクE。
『蒼天の刃』ギルドランクE。
『深淵の蝶』ギルドランクD。
『紅の賛歌』ギルドランクC。
『闇夜の渡り烏』ギルドランクB。
『古竜の大爪』ギルドランクA。
この中から、優勝ギルドが決まるんだ。抽選の結果、A組が蒼天の刃、深淵の蝶、古竜の大爪。B組が暁の獅子、紅の賛歌、闇夜の渡り烏となった。
つまり、勇者の所属するAランクギルド古竜の大爪とは決勝まで当たらない。ちょっとほっとした。だけど、同じ組にはシードとして闇夜の渡り烏、あの妙に不気味なギルドマスターラクリスと戦うことになる。
……色々と引っ掛かりはあるけど、やれることをやるだけだ。
「レオおじさーん! 組が違っちまったから決勝まで戦えないけど、勝ち残るから待ってろよー!」
「おー! アギも頑張れよー!」
A組となった蒼天の刃に所属する暴風魔導士、アギが仲良くなったレオルドに宣戦布告していた。よくよく考えれば、A組にはAランクギルドである古竜の大爪、そして勇者がいる。中身は最低だが実力は確かだ。アギは天才的な魔導の才があるが、アギだけが万一勝てたとしてもギルドとして勝ち抜くのはかなり困難だろう。それを考えてか、蒼天の刃のギルドマスター、エルフレドは難しい顔をしていた。気軽に決勝で会おう! とは言えないんだろう。だけど、熱くなっているアギに水を差すこともしない。いいギルドマスターだ。
『ギルド大会もいよいよ佳境! 会場すべてが待っていた決勝トーナメント開始だ! 武闘派じゃないギルドも沢山あるし、そういうギルドで質の高いところもある。それは否定できない! だけど、やっぱりギルドの醍醐味の一つとしては、バトルが強いこと! これも否定できない!』
『やはり、バトルは花がありますからね。ですが、特殊ギルドの大会があってもいいかもしれません』
『その辺は、検討中だよ! それでは、第一回戦『蒼天の刃』VS『深淵の蝶』。一試合目に出る選手を決めてくれ!』
五分間の出場者選考の時間が与えられ、同時に中央の石造りのリングに上ったのは。
「あれ、意外。ギルドマスターが先鋒なのね?」
ギルドマスターはこういう時、トリを務めるのが通常だけど。
一試合目の選手として現れたのは、蒼天の刃はギルドマスターのエルフレドだった。
「まあ、先にエルフレドとアギを出して先制二勝取るってのも作戦としてはありだろう。蒼天の刃は戦闘員メンバーが五人いるみたいだから、ローテーションは出来るんだろうが確実の勝ちを取りに行くのも一つの策だ。相手の戦力次第じゃ、アギは温存するかもしれないな」
と、冷静に分析するレオルド。
ふむ、なるほど先手必勝か。メンバーが乏しい私達も三戦すべてやるのは体力が追い付かないかもしれない。ただでさえ強敵はシード枠なんだから。一応、休憩時間は挟むみたいだけどね。
蒼天の刃とは、あまり関係はないけどレオルドがアギと仲良しなので応援はどうしても蒼天の刃になってしまう。
「レオルド、アギ側を応援しても別にいいわよ?」
「え? いいのか?」
「別に今、私達と対峙してるわけじゃないもの。そんな心の狭いこと言わない」
レオルドがそわそわしていたので、思いっきり応援したいんだろうなと感じて声をかけた。最終的には戦うかもしれない相手だから、私に遠慮したんだろう。私の許しを得られたレオルドは、声援を蒼天の刃に送った。
*****************
「あとは頼む」
「ギルドマスターが最初からそのセリフ言うのやめてよ」
死にに行くような顔で言われたので、アギは呆れた顔で溜息をついた。
蒼天の刃のギルドマスター、エルフレドは強い。槍使いという若干地味なクラスではあるけれど実力は折り紙付きだ。彼は以前、Aランクギルドに所属していたけれど、ギルドの方針と自身の理念が食い違い、脱退。その後、新しく作ったのがこの蒼天の刃だった。
――実力はあるのに、自分に自信がないのは欠点だよな。
謙虚なのはいいことだけど、下がりすぎるのはよくない。だからこそ、彼はめちゃくちゃ強いのに、ここぞというときに失敗する人だ。もったいない人生を行っている。
そんな彼が放っておけなかった、というのがアギが蒼天の刃に入った理由の一つでもある。もっと大きい理由は別にあるが、ほんとにこの人、ほっとけない。アギは結構、世話焼きな面もあった。
「いーい、マスター。気負わないで、次に控えてるのは天才魔導士と腹黒策士だから。負ける要素一切ないから」
「おい、コラ。だぁれが腹黒だと?」
「あーうるさいうるさい、今出てくるな。ということで『負けてもいいから、緊張しすぎないでよ』」
エルフレドに一番しちゃいけないのは、プレッシャーをかけることだ。本番に弱い人は、この圧に極端に弱いもの。逃げ道を作ってあげるのが一番いい。
エルフレドは、アギに言葉をかけられ少し表情を緩めた。
「ああ、ありがとうなアギ。でも」
槍を携え、こちらに背を向けたエルフレドからは胃が弱そうな表情は掻き消えていた。
「負けていい、とは微塵も思ってない」
その言葉にアギはにやりと笑った。
そうだ、だからこそアギはエルフレドについてきた。ただの気の弱い男なら、実力があろうともアギはついていこうなんて思わなかった。
彼の内の正義感は、本当に興味深い。一時だけでも、内面の性格を切り替えるのだから。
反対側の相手ギルド『深淵の蝶』からは、美しい剣士が現れた。銀蝶のメフィラといえば、剣士ではかなり有名な女性だ。貴族の血筋らしいが、令嬢の身分を捨て剣士としてギルドに所属し、各地で活躍している。神秘的な白銀の長い髪はまるで精霊のようだと評判で、精霊が蝶に姿を変え、現世に現れたと噂があるくらいだ。
「きゃー、メフィラ様がんばってー!」
「あんな地味男、華麗に倒してくださーい!」
観客席からは、黄色い声が響く。
メフィラは美しい女性だが、凛とした紳士的振る舞いをする人で、男装の麗人というわけでもないのに、男性よりも女性に人気がある。
圧倒的に女性陣に敵視される状態となったエルフレドが少し心配になって、アウェー感を無くすため、声を飛ばそうとすると。
「蒼天――、エルフレドーー、気合入れてけよーー!」
一層、どこからか野太い声が聞こえた。
あ、これレオおじさんだ。いいのかな、他のギルドの応援して……。まあ、あのギルドマスターの聖女様、狭量には見えなかったし許可を出したのかもしれない。
明らかにエルフレドの表情が和らいだので、レオおじさんに心底感謝した。
『それじゃ、A組第一試合、エルフレドVSメフィラ! はじめっ』
カーン!
というゴングと共に、試合は開始された。
エルフレドは槍、メフィラは剣。リーチはエルフレドの方がある為、彼はメフィラに懐に入られないよう慎重に間合いを取っている。メフィラもまた、彼の懐に入る為の策を練っているのか、二人はしばらく睨みあった。
最初に動いたのはメフィラ。激しい剣戟の音が響き渡り、二人の目まぐるしい攻防が繰り広げられた。動きが早くて、私では目でなかなか追いきれない。隣でリーナが若干、目を回しているくらいだ。それほどまでの戦いを繰り広げても双方一歩も譲ることなく膠着状態。
刃は火花を散らし、技の力で石造りのリングまで抉っていく。
「なかなかやりますわね!」
「あはは、もちろん。これくらいはしないとマスターなんて恥ずかしくて名乗れないさ!」
一瞬でも気を抜けない場面ではるが、お互いにどこか楽しそうだ。実力が拮抗しているからか、双方強者といえるほどの腕の持ち主だからか。その辺のところは戦士じゃないからよくわからないけど、こちらまでワクワクさせられてしまう。
「あなたと小手先でつつきあっても決着はつかなさそうですね。これはあまり使いたくはないのですが、わたくしは負けるわけにはいきません……覚悟してくださる?」
ごうっと、メフィラの周囲に風が巻き起こった。これは、風魔法ではない。彼女は魔導士ではないのだ、魔術は扱えない。けれど魔術を使わなくても魔法に似た力を発揮することは可能だ。
「精霊術か!」
エルフレドは出来るだけ後退し、防御の構えをとった。
精霊術、それは精霊に認められ愛される者だけが使える技である。カピバラ様も精霊の一種、聖獣だ。カピバラ様の場合は、女神との約束事によって聖女に力を与えるものだけど、普通精霊から力を借りるにはかなりの素質が必要だ。
「天空の乙女セレニティア、我が剣に宿りて敵を撃て」
メフィラの切っ先がエルフレドに向けられ、姿を現した女性型の精霊の力によってすさまじい衝撃波が放たれた。的となったエルフレドの周囲を巻き込み、爆発が起きて白い煙がもうもうと立ち込めた。
「精霊術、噂には聞いてたけどすごい威力だな。これは、一つの研究資料として記録しておかないと」
「アギ、お前はマスターの心配くらいしたらどうだ?」
後ろから呆れた声をかけられたが、アギは必要ないだろと首を振った。
「『勝つ気のある』エルフレドを落とすのは、すごく難しい。俺にだってできるか分からないのに」
アギの視線の先には、エルフレドがいた場所がある。衝撃で抉れたリングと土煙が上がっているが、その中には確かに人影がしっかりと立っていた。
「……は、はは……予想以上ですわね……」
「――どうも」
突風が吹き、土煙が振り払われるとエルフレドの姿が顕わになった。
「あなたも精霊術が使えるなんて、聞いてませんわ」
「いいや、これは精霊術じゃない。俺はあなたほど才能があるわけじゃないからな。これは--加護だ」
エルフレドの前には騎士の姿をした精霊が佇んでいる。盾を構え、すべてのものから守護する力を発している。
「加護……? 加護ですって……」
メフィラは絶句した。それもそうだろう、加護というのは精霊術とはまた違う経緯で精霊に力を借りる技である。精霊術が精霊に認められ愛される才によって使うものなら、加護は極めて酷な試練を乗り越えなければ得られない力である。それは時に死ぬより辛いと言われていた。それゆえに、精霊の加護を得られる人間は、精霊術を使える人間よりはるかに少ない。少ないが、才能がなくても精霊の力を借りられる、唯一の方法でもあった。
「――くっ! それでもわたくしが!」
力を借りている精霊の『力の差』を彼女は気づいていたはずだ。それでも、勝利を得ようと焦ったのだろう、最初の精細さを欠いていた。
「俺が、勝つ!」
まっすぐに挑んできた彼女を迎え撃ったエルフレドは、槍に精霊の力を込めた。
「聖騎士ラインハルト、正義の力をここに!」
精霊の力がぶつかり合い、激しい力の奔流が風となって会場に吹き荒れる。あまりの威力に目が開けられなくなり、一度瞳を閉じてから再び目を開けると。
――まあ、そうだよね。
立っていたのはエルフレド。メフィラは場外に飛ばされ、倒れていた。
『勝者、エルフレド! 第一試合、一回戦は蒼天の刃が決めたー!』
熱のこもったアナウンスが響き渡った。アギは少しほっとして、エルフレドを迎えようと立ち上がったが。
「あれ、戻ってこないな」
エルフレドは控え席に戻ってこない。何をしているんだろうかと思ったら。
「大丈夫だ、担架は俺が持つ。あ、ヴェルツ! ヴェルツこっち来てくれ、担架の反対側持って!」
……メフィラの救護をしていた。
蒼天の刃のメンバーで力のあるヴェルツが呼ばれ、彼はやれやれと走って行った。深淵の蝶のメンバーのほとんどが女性だから手伝うのはいいけど、それって大会役員の仕事じゃないのかな?
アギは、溜息をつきながらもいつもの胃の弱そうな表情になってしまったギルドマスターを眺めつつ、思わず噴き出した。
――あー、やれやれ。俺も頑張んなきゃね。




