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◇23 ……ご愁傷様

 ――まあ、予想通りといえば……予想通りの展開になった。

 レオルドとメノウちゃんがやらかして、コハク君が文句言いつつフォローして、私とリーナで素早く調理を行い、ラクリスさんが器用に手伝ってくれる。


 ……うん、連携はとれてるよね。


「……ラクリスさん、楽しそうですね……」

「もちろん、こういうのは楽しんだもの勝ちだよ」


 始終、ラクリスさんがニコニコしているので、この人本当に楽しそうだなと恨みがましくなった。彼はマスターだがメンバーのフォローはほとんどしない。メノウちゃんの面倒はコハク君に丸投げだ。かといって、メノウちゃんとコハク君がラクリスさんを邪険に思っているとかそういうことはまったくなく。


「……マスターに嫌われても知らない」

「うえーん、それはヤダー」


 コハク君がラクリスさんを引き合いに出すと、メノウちゃんはあっさりと引き下がる。時折、ちらちらと二人は彼の方をうかがっているのでやっぱり手綱を握っているのはラクリスさんなんだろう。


 でも、なんかちょっと違和感を感じるんだよな。

 どこのギルドもうちのようなアットホーム感を目指すところばかりじゃないし、もっとシビアなところもあるんだろうとは思うけど……あの雰囲気はまるで。


「シアさん? どうかしましたか」

「あ、いえ……なんでもないです」


 いつの間にか背後にラクリスさんが立っていたので、思わず背筋がゾッとした。私は戦士系ではないから、人の気配を掴むのにたけているわけじゃない。熟練者なら気配を感知できなくてもおかしくはないけど。

 ……わざと消してるのかな。今はその必要、ないと思うんだけど。


「あ、もしかして驚いたかな? ごめんね、ちょっと癖なんだ。気配を消すの」

「そうなんですか?」

「そう……かくれんぼが、得意だからね」


 にっこり微笑まれた。物腰丁寧で、顔も整っているのにぜんぜん気持ちが安心しないのはなんでなのか。適当なことを言って、ラクリスさんと距離を置くと、それを見計らってかリーナが近づいてきた。


「あの……」

「リーナ? どうしたの、スープもうできた?」

「あ、いえ、まだとちゅうなんですが……きになったので」

「気になった?」

「はい」


 リーナはちらりと気づかれないようにラクリスの方を見てから、私に視線を戻した。どうやら彼には聞かれたくない話題のようだ。なのでそっとリーナの小声が聞こえる位置まで近寄った。


「あのきんめのおにーさん、おーら……ないです」

「え?」


 リーナの言うオーラは、人の内面を映し出す鏡のようなものだ。私やルークなどは黄金の綺麗なキラキラらしいが、あまりよくない人は黒いドロドロらしい。人間に気持ちがあれば、そのオーラは必ず見えるものなのだと思う。感情のない人間なんていないんだから。

 それが、『ない』とはどういうことか。


「わかりません、どうしてみえないのか。みえにくいひとは、いました。でも、ぜんぜんみえないひとはほとんどいなくて……」


 もごもごとリーナが口ごもる。なんだか、見えない人がどういう人なのか知っているかのような態度だ。


「ねえ、リーナ。もしかして、見えない人の特徴に心当たりがあるんじゃない?」

「……あの、これはあくまでさんこうていどのものです。きんめのおにーさんが、あてはまるとはかぎりません」

「わかってる。リーナの意見を聞かせてちょうだい」

「はい。えっと、じつはいぜん……みえないひとをみたことがあるのです。おぼえていますか? あの、まっしろなあかいめの、まぞくのおにーさん……」


 その単語で思い出された記憶が、自然と私の表情を曇らせる。

 あの出来事は、ギルドの中でも深い傷のように残っているものだ。その出来事を引き起こした張本人、ジャックと名乗ったあの魔人のことは姿を思い浮かべただけで胸がもやっとする。


「あのひとは、まったくみえなかったんです。だから、どういうひとなのか、リーナははんだんがむずかしくて」

「そう……」


 つまり、オーラが見えない人間にロクなのはいませんよってことなのだろうか。参考対象が悪すぎるせいで、ラクリスにいい感情が抱けない。だけど元々、勘はいい方だ。どうも最初から警戒心が抜けないのは、そういう私自身の第六感的な部分が働いているせいなのかもしれない。


「まあ、彼の本性がどんな人であれ今は協力関係だし、適度な距離を保っていれば大丈夫でしょう」

「……はい」


 こくりとリーナは頷いて、制限時間が迫る中、料理を再開した。

 振り返ると、ラクリスさんは笑顔でこちらを見ていた。リーナの話を聞いたからなのかもしれないけど、より一層、その笑顔が薄っぺらく見える。

 感情を殺す技術はあるけど、完全に感情を無くせるのは人形か、もともと心がないかのどちらかだ。もしくは別のなにかが働いているか。

 どちらにせよ、『ロク』なことではない。

 私はラクリスさんに微笑み返して、圧をかけた。あっちはたぶん、こっちが不審に思っていることに気が付いていると思う。それをあえて、楽しんでいるように思えるのだ。

 ……あの人、たぶんサディストの気があるんじゃなかろうか。


 他人の裏など探っている暇はないし、藪をつついて蛇を出す趣味もない。

 私は、とっととこの試合に勝つべく、料理に集中した。





『圧倒的! 圧倒的勝利! 衣装のセンスは絶望的でも料理の腕はぴか一な暁の獅子ギルドマスターシア! と、可愛い天使リーナちゃんの実力がいかんなく発揮される結果になったね!』

『まあ、予選の時点で二人の実力はわかってましたからね。後はペアのギルドがどこになるかが問題でした』

『そうですね! 若干戸惑った部分もあったようですが、いやーさすがです!』


 色々気がかりなこととか、邪魔が多かったが私とリーナが力を合わせればこんなものだ。


「楽しかったー! また遊ぼうね!」

「……遊びじゃないんだけど」


 結局、具材を爆発させるくらいしかしなかったメノウちゃんが、とってもやり切った顔だ。コハク君がそれを呆れた目で見ている。


「ねえ、二人とも……困ってることとかない?」

「え?」

「ん?」


 唐突に聞いてしまったので、二人に不思議な顔をされてしまった。ラクリスさんがすこぶる怪しいので、メンバーの二人が何かとばっちりをくらってないか心配になったのだ。二人からは特に変な感じはしないから、少なくとも彼と同類ではないはずなのだけど。

 二人は互いに顔を見合わせてから、こちらを見た。


「ふふ、おねーさん勘がいいんだ?」

「気に入られるわけだよね……ご愁傷様」


 なぜか二人に意味深な視線を向けられた。


「でも大丈夫」

「僕らは」


『そのような次元にはいないから』


 二人は無邪気な笑顔を見せると、くるりと踵を返してラクリスの元へ走って行ってしまった。


 ――え? 今のどういう意味?


 答えらしい答えを貰えず、ぽかんとしてしまう。


「おねーさん?」


 リーナに話しかけられて我に返った。


「あ、ごめん。なんでもないの」

「そうですか? つぎは、さいしゅうけっていバトルトーナメントだそうです。いよいよさいごのたたかいだと、ギルドたいかいっぽいと、じっきょうのおにーさんが、はしゃいでました」

「そう、優勝を決めるのはやっぱりバトルなのね。がんばんないとね」

「はい」


 私はもやつく頭を振りながら、気を取り直していったん控室に戻るために足を動かした。

 リーナは、そんな私を見つめてから……。


「…………」


 ちらりと背後を見て、それから小走りに私についてきたのだった。




 **************



 バキン!


 物が壊れる音に、またかとベルナールは眉を寄せた。


「すんません……」

「ランディ君、もしかして機械音痴?」

「そんなことはないはずですけど……。父さんの血が出ちゃったかな」


 ランディの父親であるイヴァース副団長は、機械類が苦手だ。よく壊すらしく、もっぱらそういうのはジュリアスが担当するようだ。

 ベルナールは用意してきた魔力探知装置のうち、壊れた五つの装置を眺めた。短時間に壊れ過ぎだ。これを作ったのは信用できる魔導士だし、彼の実力を考えれば不良品をこんなに渡すとも思えない。


「探知阻害の術が働いている可能性があるな」

「そうですねぇ。あーあ、やっぱり影の情報は当たってたってことかなぁ」


 影、それは騎士団の中では特殊な立場にいる者のことを指す。簡単に言えば情報屋みたいなものだが、騎士団との関係性はかなり複雑だ。完全な味方とも言い切れないし、敵とすれば面倒な連中だ。騎士団の中にも情報機関を司る部隊が常設されているが、彼らには探れない深層の部分を持ってくるのが影である。

 以前、『黒騎士』の情報をもたらしたのもまた、影であった。


「あの、隊長。気になってることがあるんですが」

「なんだ?」

「……今回の大会、なぜか勇者が参加してますよね。そして偶然にも聖女もそろい踏みです」

「……」

「あとは、魔導の天才もいて、普段は参加をしないAランクギルドが勇者に引っ張られて出てきている。――出来過ぎてるって、思っちゃって。気にしすぎですかね」

「……いや、俺もそう思う」


 よくよく考えれば、この会場にはラディス王国の『戦力』と呼べるものの多くが集まっているのだ。実力が未知数な者から、呼び声高い者まで。

 そして、勇者、聖女までいて。

 これは関係があるか分からないが、勇者候補であったベルナールとリンス王子までいる。


 ――出来過ぎている。とは、どうしても考えてしまうのだ。


「今のところ、変な動きはない。が、警戒は怠るな」

「了解です」

「はぁーい」


 ランディは神妙に、ミレディアは気の抜けた返事をしたが彼女はこれが通常運転だ。さぼっているわけじゃない、彼女の実力はそんなもんじゃないのだ。


「装置がぽんこつちゃんなら、いよいよもって私の出番ですよねぇ」

「ああ、頼りにしてる」

「成果を上げたら、ご褒美くれますぅ?」

「そうだな、考えとく」

「可愛い女の子のいるお店に連れて行ってくれるとか!」

「……ランディに任せた」

「えぇーー!? 無理、無理ですからーー!!」


 多少、和やかな空気を保ちながらも三人は、神経を研ぎ澄ませて歩き出した。

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