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◇22 こっちにはすんごい隠し玉があるんだから

「さあ、これ食べて午後の本戦も頑張ってね!」


 応援団代表のライラさんが、エドさんと共にお弁当を渡してくれた。ハムとレタス、卵など色んな具材が入った彩り鮮やか、かつ栄養バランスが考えられたサンドイッチだった。


「ありがとうございます、ライラさん。応援だけでもありがたいのに、ここまでしてもらっちゃって……」

「気にしなーい。シアちゃん達が活躍してくれればこっちも嬉しいんだから!」


 ニコニコと、屈託のない笑顔に思わずつられて笑顔になったが、私には気になる事があった。


「で、なぜライラさん達と一緒にクレメンテ子爵が?」


 笑顔のライラさんとエドさんの後ろで、当たり前のように微笑みを浮かべる美しき貴公子、ベルナールの兄ことスィード・ラン・クレメンテ子爵がいた。


「あー、それは私も知りたいんだけどねぇ……」


 ライラさんがちょっと困ったような顔をしてから、そっと耳打ちした。


「やっぱり、貴族様なのね?」

「そうですね。普通の貴族よりは親しみのある方ですけど、子爵様なので」

「私に対しては、あまり気負う必要はないけれどね。変に緊張させてしまうのもなんだから、そろそろ貴賓席に移ろうと思って。その前に、シアに会いに行くというから便乗したわけ」


 と、言いながらクレメンテ子爵は私に銀の小さな玉を手渡した。微かに魔力を感じるが、魔道具の一種だろうか?


「これは?」

「お守りだよ。君達が無事に優勝しますようにって、大聖堂に七日通って祈りを込めておまけに司教様の祝詞ももらったものだから。効能は保証付き!」

「そ、それは……」


 めちゃくちゃ渋い顔をしている司教様の顔がはっきりと目に浮かぶ。子爵って本当に昔からまったく物怖じしないんだよな。見た目は中性的で触れたら折れそうな線の細さなのに、実際内面は野生的で直感で動いている人だ。そして幼虫の姿焼きとかカエルの串焼きとか普通に(しょく)す。ベルナールは涙目だったけど。

 私? 私は食べたよ。お腹空いてたから。


「シア、少し気を付けておいて。……嫌な空気だ」

「……ええ、ご忠告ありがとうございます」


 最後のセリフは私にだけ聞こえるように耳元で囁いた。肌寒いような異様な空気は、少し前から感じている。勇者のせいかとも思ったが、それにしては異質な気がした。


「ねえ、シアちゃん。ルーク君はまだなのよね?」

「ええ……もう、間に合わないかもしれないですね」

「……そう。--いいえ、諦めちゃダメよ! 彼は約束を守る男だわきっと。ね、エド!」

「え? あ、うんそうだね。大丈夫だよ」


 バンッとライラさんに背中を強く叩かれて苦笑いしつつも、エドさんが言った。


「それじゃ、私達は戻るわね!」

「はい、サンドイッチありがとうございました!」


 参加メンバー以外は、指定された食堂で食べられないので、ライラさん達とは廊下で別れて私達はしばし、美味しいサンドイッチに舌鼓を打ちながら、ルークはまだか。ルークはどうしたと言葉を交わしあった。



 *******



 ライラとエドは、廊下を早歩きで進んでいた。ライラの手には小型の魔道通信機が握られている。遠くにいる人間と会話ができる優れもので、お値段が張るので一般には普及していないが、商人であるライラは大枚を叩いて購入していた。仕入れとか、色々と便利なのだ。


「あ、もしもしアルヴェライト商会の方でしょうか? --はい、ライラ・ベリックです。あの、お話していた件、間に合いますでしょうか?」


 ライラが通信している間、エドはそわそわしながら結果を待った。数分、話してライラが電話を切ると。


「ど、どうだった? やれそうかな?」


 ふぅっとライラが息を吐いたので、エドはダメだったのかなと一瞬思ったが。


「交渉成立よ! さっすが私、やればできるー」


 もったいぶった分、全力の笑顔でキメた嫁にエドはほっと安堵の息を吐いた。


「そうか、これで……」

「確実な保証はないからシアちゃん達には言わないけど、確率は十分に上げたわ--」


 観客席への扉を開けると、青い空が目に飛び込み、まばゆい光が差した。

 主役が揃わない舞台ほど、物足りないものはないものだ。ライラは一仕事成し遂げた明るい顔で空を見上げた。



 ***********


『はーい、お待たせしました! いよいよ、強豪のA~Cランクギルドも参加する本戦開始です! えー、予選から障害競走、クイズ大会と、え? なにこれ運動会? みたいな出し物だけど第一次本戦競技は--『ギルド混合、料理対決!』です』

『……本当、ギルド大会って毎回、色物ばかりですよね』

『そこがいいんじゃないですかー。ギルドは仕事上、他ギルドと連携をとることも多いのでそういう力がどこまであるか、試すにはうってつけじゃないかな! では、各ギルドマスターは前に出てクジを引いてくださーい。本戦に勝ち上がったギルドは三十組なので二つ一組の十五組を作ってもらいます』


 料理。料理か、ふっ、得意分野だ。ツル禿三人衆のおっさんどもにも認められたこの力を発揮する時。リーナも強力な戦力だし、正直負ける気はしない。

 あ、レオルドは味見係ね。

 クジを引くために前に出ると、うっかり勇者と目が合ってしまった。三十人だけだとどうしても姿が見えてしまうのはしょうがないことだ。すぐに視線を外そうと思ったが、思いのほか彼が積極的にこっちに来てしまった。


「よう、シア。元気そうじゃないか」

「……ええ、おかげさまで」


 あなたがいないのでとても羽を伸ばして自由に生きてますよ。ストレスフリーですよ。声かけんな、禿げる。


「あの後どうなったのかほんの少し気になってはいたが、ギルドを作ったようだな。メンバーは……ふっ、小さなガキに変な魔法を使うおっさんだけか? バラエティー部門でも目指しているのか。お笑いなら分野違いだ、出直せ」

「おあいにくさま、あの二人の実力を測れないんじゃ、程度が知れるわね。それとこっちにはすんごい隠し玉があるんだから」


 ルーク、私今、見栄張りました。すごい人になって帰ってきてくださいお願いします。


「ふーん? そりゃ、楽しみだな」


 あからさまに馬鹿にしたような笑顔で、手をひらひらを振りながら背を向けて戻っていった。なんなんだ、こっちに嫌がらせしたかっただけか性格が悪い!

 クジを持つ営委員会の人の前に立ち、ガサガサとクジをかき回した。


 勇者のギルドと当たりませんように、絶対にあたりませんように。対戦相手になったら、クリームパイをやつの顔面に当てられますように!


「……なんか、マスターの背後から黒いオーラが立ち上っているように見えるんだが?」

「レオおじさん、まちがいではないです。おねーさんからくろいおーらが! でも、どろどろとはちがいます。じゅんすいな、くろいおーらです。いってんのくもりもありません」

「純粋な黒いオーラって、なんか新しいな……」


 後ろから色々と聞こえた気がしたが、気にしない。


「えい!」


 何度かかき回した後に、ようやく一枚の紙を取り出した。それを担当の人に見せると、掲示板に番号のかかれたところにうちのギルドの名前が書きこまれた。どうやら私が引いたのは十五番だったようだ。


「はい、十五番です」


 番号を確かめて、メンバーのところへ帰る途中に同じ番号を聞いて思わず振り返った。


「十五番? ということは、あの予選で面白いことをしていた子達と同じかな?」


 紫紺の柔らかな猫っ毛の背の高い青年が、面白そうな笑顔でこちらを振り返った。物腰穏やかそうで、見るからに品のある出で立ちだ。もしかしたら身分のある人なのかもしれない。黄金の瞳が穏やかな弧を描き、こちらを見つめる。


「よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 とりあえず、短く挨拶だけして私はさっと二人のもとに戻った。彼の姿を控室では見なかったので、おそらくCランク以上のギルドの人だろう。いきなり上位ギルドの人達と組むことになるのは、やっぱりちょっと緊張する。


『さー! 協力ギルドも決まったことだし、さっそく勝負といこう! 料理はなにを作ってもOK。審査員に美味いと言わせ、高得点をとった上位六ギルドが最終決戦に挑めるぞ! 制限時間は一時間、いざまずは自己紹介してからスタートな!』


 熱の入ったアナウンスの後、十五番に割り振られた簡易オープン台所でさきほど挨拶を交わした青年と会った。彼の他には二人の少年と少女がいる。二人とも顔がそっくりなので双子かもしれない。


「それでは改めまして、Bランクギルド『闇夜の渡り(からす)』のギルドマスター、ラクリスです。こちらは、メンバーの……」

「メノウです!」

「……コハクです」


 元気よく挨拶したのは女の子の方で、物静かな方が男の子の方だ。メノウは白銀の髪に黄金の瞳の愛らしい顔で、性格も顔に現れててお転婆そうだ。コハクの方は漆黒の髪に黄金の瞳の線の細い美少年で、本が好きそうな知的な見た目。

 ……三人とも目が黄金だけど血筋が一緒なのかな?

 ラクリスが、二十代後半くらいで、メノウとコハクは十代半ばくらいだ。たぶん私より年下だと思う。


「Eランクギルド『暁の獅子』のギルドマスター、シアです。こちらは……」

「リーナです」

「レオルドだ」


 二人とも上位ギルドの人だからか借りてきた猫みたいに大人しく挨拶した。二人ともちょっと緊張しているようだ。まあ、私もそうなので何も言えない。


「ふふ、三人とも予選はすごい活躍だったから覚えているよ」

「メノウと一緒に頑張ろうね!」

「……早く、終わらせて帰りたい」


  三種三様の返答が返ってきて、このギルドも人数は少ないけどキャラが濃いのかなと思った。メノウとコハクはまだ子供だけど上位ギルドのメンバーだ、きっと実力者なんだろう。


「メノウは、食べるの好き!」

「……食べ専だろ、お願いだから絶対に料理に手を出すなよ」


 などというセリフが漏れ聞こえたので若干不安がありつつも。


「じゃあ、さっそく共闘料理--はじめましょうか」

「ええ!」


 大会が始まって、私とリーナにとっては二度目の料理勝負が幕を開けた。



 --がしゃーーん!!


「にゃああ!?」

「--だから、手を出すなって言った!」

「料理には出してないもーん!」

「食器にも出すな!」

「マスター、このボールそっち運べばいいかー?」


 --がっしゃーーん!!


「レオルド、動くなーー!!」

「レオおじさん、うごいたらだめです!」

「ふふ……楽しくなりそうですねー」

「ラクリスさん、笑ってないで片付け手伝ってください!」


 ……私達、無事に勝てる……のか?

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