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◇20 不吉だな

 パリン。

 そのガラスが割れたような高い音にベルナールは振り返った。


「あー、すんません」


 どうやら部下のランディが持参していた魔道具を壊してしまったらしい。それはとある<特定の魔力>を測定するもので今回の任務に関わりあるものなのだが。


「いや、大丈夫だ。予備も貰っているしな」

「もー、備品を壊すなんていっけないんだぁ。ランディ君のパパに言いつけちゃうぞー」

「ええ!? 父さんに言うのは勘弁してくださいよ!」


 めっちゃ怖いんすよ! と震えあがるランディにベルナールは苦笑する。ランディの父親はこの国では有名すぎる人で、英雄で、王宮近衛騎士の副団長イヴァース殿だ。いつも眉間に皺を寄せている近寄りがたい人ではあるが根は素直で優しい方だ。だが、自他共に厳しい方でもあるから息子にはかなり厳しく躾けているところもあるのだろう。おかげでランディは真っ直ぐな真人間に育ったわけだが。


「しかし――不吉だな」


 ベルナールは、床に散らばった壊れて砕けた魔道具の破片を眺めた。ジュリアスや他有能な魔導装具士達が作り上げた魔道具だ。そう簡単に壊れるものではない。ランディも乱暴に扱うような性格ではないので壊れるのが不思議なのだが。

 今回はやはり、なにかいわくつきの――。


『次のお題はどうやらファッションセンスのようだ! 暁の獅子ギルドマスター、シアは一体どんな衣装をみせてくれるのか楽しみだね!』


 びくり。

 先ほどから放送で客席にいなくても実況が聞こえていたので、シア達が活躍しているのは分かっていたが、ベルナールはそれほど驚いてはいなかったのであまり気にしていなかった。彼女達の実力を考えれば想定の範囲内だからだ。

 だがこれはマズイ。


「へえー、シアちゃん次はファッションセンス審査なんだぁ。変な障害物競争だと思ってたけど面白くなりそうだよねぇ、たいちょ――隊長?」


 ベルナールはその場で蹲って頭を抱えていた。


「隊長!? どうしたんすか、腹でも痛くなりました!? 母さんお手製の調合薬いります!?」

「……胃が痛い」

「胃!? 胃薬っすか!?」


 母親に持たされているのか、色んな薬を常備しているランディが胃薬を差し出そうとしてきたがベルナールはやんわりと手で静止した。これは精神的なものからくる一時的な胃痛だ。すぐ直る。たぶん。


「シアに……ファッション……センス? ふ、ふふふふ……あ、頭も痛くなってきた」

「隊長、しっかりーー!!」


 思い起こせば二年ほど前、シアの護衛を任されて彼女の身辺警護から軽い世話役のようなことまでやっていた。シアは表向き礼儀正しい子だったし、周囲から危害を加えられない限りは自ら騒ぎを起こすような性格でもない。

 彼女に何か問題があったとすれば、それは――芸術的センスが微塵もなかったことだろうか。

 絵が下手なのはまあ、ご愛嬌なのだが一番の被害を被ったのは衣服のセンスだった。なんというか、ものすごい独特な感性の持ち主で、選ぶ服がすべて常識をひっくり返してミキサーにかけ、どろどろにしたものを百年腐らせ、納豆を混ぜ込んだものを笑顔で<召し上がれ>されたような気分にさせるものであった。

 つまりとんでもない異臭(間違えた)、異彩を放つセンスなのである。

 彼女に服を選ばせるのは早々に諦め、ベルナールは乗り気な姫達と共に毎日のシアの服を提供していたのである。

 シアが勇者と共に旅立つ時も、服はプレゼントしたし、定期的に贈っていたから勇者一行にその壊滅的センスがばれることはなかったと思う。ギルドを作ってからは少し心配していたが、どうやらルークのセンスは悪くなく、レオルドの方はリーナの衣装を作ることもあるそうでセンスに心配はいらないようだ。

 だから、シアの普段着はあの二人なら安心だろうと思っていた。

 それは当たっていて、街で時折見かける時はきちんとした仕事着だったり、彼女に似合う普段着だったりを着ていた。これで安心だ、そう思っていた。だがしかし、こういう個人技の場合は別だ。誰も止める人がいないし、困ったことに彼女自身に壊滅的センスの自覚がまるでない。

 どこから出るの、という感じで自信満々なのである。


 実況マイクの奥で、困惑の空気が揺れた。


 ――ほら、みろ。



 *********************



 パリン。

 そのガラスが割れたような高い音にレヴィオスは振り返った。


「あ、すまん」


 客として来訪していた王宮近衛騎士の副団長イヴァースが割れた茶器を困ったように見下ろしていた。どうやら取っ手部分が折れたようだ。

 近くに控えていた神官が慌ててイヴァースの衣装を拭き、壊れた茶器を片づけた。

 それほど古いものでもないのに、なぜ壊れたのだろうか。


「……不吉だな」


 女神に仕える聖職者としてではない、海賊としての方の勘が働いた。今、どこかでなにか不吉なことが起こっているに違いない。自分に関係がないのなら別にかまいはしないが。


「しかし、イヴァース。お前、こんなところで呑気に俺と茶を飲んでていいのか」

「それが今の俺の仕事だ。仕事を放りだして、裏の連中とつるんだり、昼から呑んだくれたり――もしくは<娘>の様子を見に行ったりされると困るんでな」

「あっそ、ご苦労なことだ」

「貴殿が、もっときちんと聖職者業をこなしているのなら俺もこんなことはしないがな」


 ギロリと鋭い眼光で睨まれたが、レヴィオスは涼しい顔だ。お互い初めて会ったのは二十年以上前のことで、あの頃はイヴァースはまだ地方騎士の端くれ、そしてレヴィオスは海賊になる前の――探偵だった時代の話まで遡る。といってもレヴィオスは探偵業ながらもすでに素行が悪かったので品行方正なイヴァースとは何度も衝突していたのだが。


 王宮騎士であるイヴァースの主な仕事は王族関連が多いが、聖教会との密なつながりを保つのも仕事の一つであり、唯一この司教に対抗できる人材である為に他の王宮騎士を遣わすこともできずいつも自ら出向いている始末である。

 二十年以上前に出会い、色々関わり合いになって、レヴィオスが海賊になるきっかけとなった事件にも巻き込まれ、そして彼が海賊を止めて司教となったあの時も立ち会った。

 腐れ縁とはこのことか。


「そんな渋い顔をするな。お前には借りが色々あるからな。こうして大人しく仕事してるだろうが」

「そうだな……。はあ、何度も思うが本当に司教なんだな……」

「うるせぇ、好きでこうなったわけじゃねぇ」


 書類を書いていたレヴィオスの羽ペンが握力で折れた。

 改めて彼が司教になったのだと、そういう話題を出すとレヴィオスは怒る。彼にとってこれは理不尽なことであり、望んでもいないことだ。

 そう、誰もが望んでいない配属だ。

 海賊が、聖職者に……それも立場のある者になるのは異例中の異例。女神の神託、聖教会総本山、ラメラスの教皇が動かなければ成し得なかったことだろう。

 レヴィオスは口も素行も悪いが、いやに時々的を射たようなことを言う事もある。まったく聖職者に向いていない――ということもないのかもしれない……塵一つくらいの小さい可能性で。イヴァースは絶対に口に出して言うことはないが。


「――女神に嵌められた……か。にわかには信じがたいが」

「ふん、別に信じなくてもいいがな。お前も特に熱心な信者でもねぇーだろ」


 新しい羽ペンを取り出して、文句を言いながらも書類を書きはじめるレヴィオスをイヴァースは盗み見た。自分は昔と比べ、結構老けて年齢相応の容姿になったがレヴィオスは同い年に関わらず年齢を感じさせない若い見た目のままだ。下手をすると三十前後にも見える。実年齢四十二歳が、三十前後くらいに見えるとは本当に羨ましい限りだが、どうやってるんだろうか。

 レヴィオスと長年親交のあるイヴァースの妻、セラも『若作りの秘訣を聞いて来てください』などと言っているくらいだ。


「……黒曜の君、か」

「あ? なんか言ったか」

「むかーし、俺とお前がはじめて会った頃に街の人間がお前の事を『黒曜の君』とか言ってたなと」


 黒曜石のように輝く黒を持つ、美少年。

 なんて、街で噂になっていた。あの時は確か十八だったか。イヴァースもレヴィオスと会った時は綺麗な野郎だなと思った。今では美少年はなりを潜めて強面の部分が占めているが、容姿が整っているのに違いはない。


「お前は昔から黒鷹だったな。怖い顔だ」

「今のお前に言われたくないんだが」


 二人揃ったら、どんな相手でもチビると評判だ。


「セラは元気か?」

「ああ、まあ相変わらず街には出ずに庭にしか降りないがな」

「そうか――そうだな、アルベナは目立つからなぁ」


 体内の魔力の暴走により白髪と緋色の瞳に変化する<アルベナ>と呼ばれる人間が大陸には存在する。常に魔力の中毒症状に悩まされる為、人里から隔離されひっそりと死んでいくだけの人間だ。だが、セラはアルベナとなっても様々な方法により生きながらえており、今では子供にも恵まれて普通に生活が出来ている。だがその容姿は目立つのでほとんど外に出ることはなかった。


「で、だ。お前がここに来たのはその件でもあるんだろ?」


 ビクリとイヴァースの肩が揺れた。

 相も変わらずこういうことの察しはいい男だ。


「報告によると、聖獣の森に現れた魔族は<アルベナ>のような容姿をしていたらしい。セラが気になっていてな」

「セラが? 同じアルベナかもしれないからか?」

「それもあるんだろうが……」


 少し言いよどんでから、イヴァースはハッキリと告げた。


「もしかしたら、昔――共に過ごした少年かもしれない……と」




 ***********


「全力で0点」

「めり込むように0点」

「情状酌量の余地がないくらいの0点」


 おっかしいな、なにがいけなかったのか禿げおやじ達には私のセンスが通じなかった。なぜか会場の空気も凍っている。


『着替えて!! 全力で速攻着替えてきて!!』


 実況のお兄さんにもそう言われてしまい、私は渾身のコーディネートを脱ぐことになってしまった。どうやら私のセンスは百年ほど早かったらしい。

 で、リーナの方は。


「可愛い! 全力で100点!」

「天に舞い上がるように100点!」

「無罪! 100点!」


 会場すべてを魅了する愛らしい天使に満場一致の百点満点。リーナのコーディネートも私がしようとしたのだがリーナから「おねえさんは、いそがしいから!」と断られてしまったのだ。残念。

 私は料理で稼いだ点がすべてなくなってしまったので、三次審査へ。リーナは一抜けである。


「三次審査は自由! なんでもいい、我々にすさまじい女子力を見せつけてくれればそれで合格である!」


 自由……なにしてもいいというのも難しいものである。女子力の定義も難しいのにな。

 掃除は好きだけどここではできないし、見せつけるのにいいものは……なにか……。


 あ。


「会長さん、前に来てくれます?」

「ん? まあ、いいが」


 立つとレオルドといい勝負ができそうなほどの立派な体格をした会長が私の前に進み出てくれた。私はありったけの腕力アップを両腕にかけた。


「魔法か? 強化魔法なぞかけてなにを――」

「せい!!」


 私が繰り出したのは。


『うおおお!? すさまじい勢いで会長の自慢のつるり頭が地面に叩きつけられたー!』

『見事なジャーマンスープレックスですね……』


 格闘技の一つで、見よう見真似ですが。

 一応、会長の頭にはシールドを展開しているので怪我はないはずだ。


「いかがでしょう?」

「い、いかがといわれても……」

「我々は、技をかけて勝てとは言っていないが……」


 禿げツル三人衆脇二人が混乱気味だが、技をかけられた会長は頭を地面から抜くと満足そうに笑い声をあげた。


「ははは! 愉快ではないか! そして見事な強化魔法による技よ! なるほど、これが女子力(物理)なのだな!」

「女子力……」

「物理……?」


 女子が力技すればだいたいこれで済まされる、最恐の一手だ。一番得意な料理は終わってしまったのだし、後できることといえばこれくらいだったのだ。

 会長は二人を差し置いて、私と固く握手を交わした。


「素晴らしい女子力をありがとう! 我々もまた一つ学びを得られた。さあ、次へ行ってよし!」

「ありがとうございます!」


 ファッションセンスは残念ながら認められなかったが、なんとかなったので結果オーライである。


「さ、リーナ行くわよ!」

「はいです!」


 最終コーナーで障害物は終わりだったようで、私とリーナは無事にワンツーフィニッシュを決めた。第一予選クリアである!


 ……で、レオルドはどこにいったの?

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