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◇18 辛辣!

 ライラ達は観客席でも競技場が見やすい東側の中央寄りの前席に陣取っていた。花見の席取りが上手い近所のご老人達に手伝ってもらった甲斐があったというものだ。


「ふおっほっほ。なぁに、シアちゃんとリーナちゃんの晴れ舞台が近くで見られるなら老骨に鞭なんぞ苦にもならんわい」

「それにしてもお爺さん、王都民はとても優しい方ばかりでしたねぇ」

「そうじゃな、婆さん。孫の晴れ舞台が見たい、あ・腰が☆で、大方席を譲ってくれたからなぁ」

「そうですねー、ほほほ」


 ……老人の権限をフルに活用したらしい。侮れない。

 若干、他の観客に対して胸が痛むがいい席がとれたことは確かだ。近所の人達と協力して作った応援幕も目立つ位置に掲げられたし、入場してくるシア達に歓声も送れた。

 宣誓に勇者が出てきたことには驚いたが、勇者も息抜きが必要ということなのだろう。


 ――シアちゃん達が、勇者様を倒しちゃうかも。


 そんなことになったら大変な騒ぎだろうけど、なぜだろうかライラにはそんな予感があった。シア達のギルドはまだまだ新しいギルドだからメンバーも少ないし、戦力も発展途上だ。でも、彼女達の実力は果てがないんじゃないかとも思う。

 戦いについては素人だから、ただの勘なのだけれども。


 予選開始まで少し時間があるということで、ライラはお手洗いの為に席を離れた。女子トイレは混むものなので早めに済ませておくのが吉だ。競技場は広くて迷いやすいので案内図を頼りに時折、案内係に道を聞きながらトイレに辿り着いた。予想通り混雑していたトイレを済ませて、観客席に戻ろうとしていた時のこと。


「嫌ですわ!!」


 突如、廊下の奥まったところから高い女性の声が響いた。拒絶の声だったので、もしかしたらご婦人が無礼な輩に絡まれているのかもしれないと、ライラは慌てて声がした方へ寄ると。


「ひ――じゃない、お嬢様、我儘を言わないで下さい。平民と同じ席などあぶのうございます」


 廊下の奥には見るからに身分の高そうな金髪の美しい娘と使用人と思しき女性がいた。


「わたくしは、一番良く見える席がいいのです。貴賓席では遠いではありませんか!」

「映像が見られますから……」

「臨場感がありませんわ!」


 どうやら言い争う台詞を聞くに、お嬢様が席について納得していないようだった。

 使用人の女性が困るのも分かる。身分の高いご令嬢が、一般庶民と混ざって観戦なんて何が起こるか分からない。これは使用人に頑張って説得してもらうしかないだろう。自分の出番ではなかったと、ライラがそっとその場を離れようとした時。


「この目でルーク様のご活躍を見に来たのに、あんまりですわーー!!」


 ――ルーク?


 今にも泣き出しそうなご令嬢の叫びに、ライラは足を止めた。

 ルーク、という名前はこの国では珍しくはない。あのルークと同一人物である確証はないが、気になった。


「でも、報告によりますとルーク様はまだ戻って来られていないと」

「午後には間に合うかもしれないではないの! わたくしはいつルーク様がいらっしゃってもいいよう、張り付いていなくてはいけませんのよ!」

「……そんな姫――じゃなかった、お嬢様――まるで彼の熱烈なファンのよう――」

「ファンですけれど何か!?」

「……余計なことを言いました」


 金髪の美女で左右の瞳の色が青と赤のオッドアイを持つご令嬢は、胸に赤い装丁の本を抱きしめた。


「直接お会いしたことはありませんが、調査報告と盗撮で見たお姿はまさしくわたくしの英雄なのです! お近づきになれずともよいのです、遠くから眺めまわせれば幸せなのです!」


 むしろ二次元愛はそれでいい。と力説するお嬢様に、ライラは思った。

 ――オタクなのかしら。

 小説などの物語上の人物を愛したり、陶酔したりする人の事を異世界の言葉でそう言うのだとか。


「遠くでよいのなら、貴賓席に」

「いやーー」


 ほとほと困った様子の使用人は気の毒だが、ライラは今度こそ退場しようと踵を返すと。


「あっ!?」

「おっと」


 振り向きざまに誰かにぶつかってしまった。


「ごめんなさい、気が付かなくて――」


 勢いよく振り返ってしまったのは自分なのでライラはぶつかった人間に謝ろうと相手を見た瞬間に固まった。


「いえ、僕も不注意でした。お姉さん、怪我はありませんか?」


 同じくらいの位置にある銀色の瞳とぶつかる。銀色なのに位置によって少し虹色に輝く部分もある美しい光彩の瞳で、髪は金髪だ。健康的な肌色に少々、生傷が残る頬は年相応の少年っぽさがあるが、その容姿は息をのむほど整っており、ここが大聖堂だったら天使が降りてきたんじゃないかと勘違いするほどだ。


「リンス! 遅いですわよっ。わたくしの護衛をしてくれるのでしょう!」

「姉上が、どんどん先行くからだよ……。ライ兄上を誤魔化してくるの大変だったんだから」


 金髪美女と金髪美少年はどうやら親しい間柄のようだ。容姿もどことなく似ているのでたぶん姉弟なのだろう。金髪美女は金髪美少年を見ると、不機嫌に目を眇めた。


「あなたその金髪似合いませんわね。黒髪のヅラはありませんでしたの?」

「姉上が急に言い出すから、これしか用意できなかったんだよ……」

「でん――じゃない、坊ちゃまの髪色は目立つ上に正体を教えているようなものですからね」


 ライラの存在はほぼ無視された状態になり、三人は各々話しはじめてしまった。なんだか色々気になるが、貴族のことに首を突っ込むのはよろしくない。ライラはその場をそっと後にした。


 それにしてもさすがに人気のギルド大会だけあって色んな人が観戦に来ている。著名人もちらほら見かけた。そのほとんどは貴賓席に案内されていたけど。

 ちょっと迷ったので案内掲示板を見ていると、体格のいい男性が二人忙しない様子で走って来た。


「おい、あの二人がここに来てるって本当か!?」

「ああ、間違いないらしい。どうも副団長の目も掻い潜ったみたいで、おかげで副団長がカンカンだ」

「うへぇ、エリー様は英雄に対しては盲目なところがあるからなぁ」

「リンス様もリンス様で冒険がお好きだから……」


 ドタバタと二人が行ってしまうと、ライラはその会話内容に首を傾げた。リンスってあの天使みたいな綺麗な顔をした貴族の子のことかな? 男達はガタイが良かったのでもしかしたら二人の護衛か何かなのかもしれない。

 貴族の警護は大変そうねー。

 そう思いながら観客席に戻ったライラを待っていたのは。


「……どなた?」


 これまた美しい貴公子様がいた。

 見た目は平凡で地味な夫の隣に腰掛けて、優雅に紅茶を飲んでいる。銀色の絹のようにすべらかな髪は腰ほどまで長く、翡翠の瞳は長い睫毛に守られており一見すると女性のように線が細いが男性だろう。


「奥方かな? お邪魔しているよ」

「え、ええ……」


 ちらりと貴公子を見てから、エドに耳打ちした。


「で、誰?」

「うーん、よく分からないんだけどシアちゃんの知り合いらしくて」


 シアの交友関係は謎だらけだ。この間も魔王みたいな親戚のおじさんを名乗る人にも会ったし、先入観だけでははかれない。見た目から貴族っぽいし、ここではなく貴賓席に行くべき人のように感じるが。


「気を使わなくても結構。こう見えても一通り武術は習得しているから。ここ、本当にいい席だよね」


 美形ににっこり微笑まれて、思わずくらっとした。

 ――落ち着け、私が愛するのはエド一人だ。


「ふふ、ベル君も仕事中だし――私がしっかりと応援しなくてはね」


 よく分からないが、ライラ達平民応援組はしばらくこの美しき貴公子様と一緒にシア達を応援することになるのだった。




 *******************


「俺、あの姉ちゃんどっかで見た事ある気がするんだよな」


 ギルド大会予選、網の罠を抜けてローション地獄ゾーンへ辿り着いた挑戦者は、阿鼻叫喚になった難所をどうしようもない視線で見ていた。

 ほとんどの人間が諦めている中、Eランクギルドに所属する一人の少年だけは別のことを考えていた。


「勇者、勇者……うーん――あ、そうだ! 勇者のお披露目の時に後ろで花吹雪撒いてた姉ちゃんだ」


 少年はすっきりしたのか、うんうんと頷いた。

 影は薄かったし、覚えている人はほとんどいないであろう少女の姿。あの時に確かに彼女は『聖女』と呼ばれていたはずなのだ。少年はヤンチャそうな見た目に反して、とても記憶力が良い。

 勇者と聖女がどうしてバラバラのギルドで魔王退治を放ってまでギルド大会に参加しているのかは分からないが。


「アギ、それよりも先に行ける方法なにかないかな?」


 一人でシアの分析をしていた少年、アギを隣の青年が小突いた。アギが所属するギルドのマスターだ。


「あー、ごめんごめん。気になったら解明するまで考えたくなるんだよな。あっちに渡る方法はないわけじゃない」


 アギは優秀な魔導士だ。十三歳という若さで魔導士としての高いランクを所持している。見た目はガキ大将なのに腕力勝負より頭脳戦に長けている。だからこのギルドでは年若いといっても作戦立案は彼が担当だ。


「あの姉ちゃん、人を害するような魔法は使ってない。だからもちもちしてる連中の背とか肩とかを借りれば跳んで行ける」

「……待て待て、そんなことできるのアギだけだと思うんだけど」

「そうだね。皆で行く方法もないわけじゃないけど、時間がかかりすぎる。だから、俺が先行するよ。ルール上、ギルドのメンバー一人でもゴールすればいいわけだし」


 青年はちょっと残念そうな顔をしたが、アギの作戦に乗ることにした。


「時間がかかるけど、ここを越える策は置いてくよ。じゃ、気を付けて!」


 アギはトンッと地に足を叩くと、ふわっと宙を跳んだ。アギが得意とするのは風魔法だ。最初の網にかけられた罠も風で切り抜けた。暴風を吹かせて暴れるのも好きだが、繊細な作業もわりかし嫌いではない。悪いけど、他ギルドの人達を踏み台にして難所を渡った。


『お、天才魔導士と呼び名の高いアギ君が、上手い具合に魔法を使って渡ったね!』

『彼は、その才ゆえに多方面からスカウトがあったはずですが、なぜEランクギルドを選んだのでしょうね?』


 色々な理由でそこそこ名が知れているアギだが、なぜランクの低いギルドにいるのかは誰も知らない。アギも特に理由は口にしていなかった。


 ――あの姉ちゃんは、もういないか。

 聖女率いる暁の獅子は先に行っているようだ。


暴風(テンペスト)で追いつけるかな」


 アギはもう一度、トンとつま先をつけるとあっという間に暴風を生み出した。爆発的な風の威力で宙に舞いあがり、先行するシア達を空から捉える。


「マスター、リーナ! 伏せろ!」


 筋肉質のガタイのいいおっさんが、二人を庇って伏せるとアギの暴風が逆巻き、地面を抉った。


「――うわあ、シールドがなかったらやばかったかも」


 シアが威力の高さに呟いた。

 アギとしてはシアが精度の高いシールドを展開するだろうと思っての攻撃だ。最初から目の端で見ていたが、彼女はとても高度な聖魔法を扱う。高名な神官なのだろうかとはじめは思ったが、記憶を掘り返して分かった。彼女は聖女で間違いない。


 ――俄然、やる気でるよな。


 ふわりとシア達の前に着地したアギは、楽しそうに笑った。


「姉ちゃん、怖いから先に潰していい?」

「まったく、お姉さん躾には厳しいわよ?」


 パンパンっと砂埃を払いながら立ち上がったシアの表情は、歴戦の戦士のように堂々としている。

 ――聖女のイメージとぜんぜん違うけど、規格外って面白い要素しかない。

 面白い物は好き。

 今にも一戦交えそうな二人の間に、レオルドがすっと進み出た。


「坊主、魔導士だな?」

「そうだけど、おじさんは?」


 この人のことも少し気になったから観察していたが、どうも戦士なのか怪しい。体格からしても斧でも使いそうなタイプに見えるが、つるつるゾーンで見せたのは、小規模だが魔法だった。

 ――どう見ても魔導士には見えないんだけど。

 アギがレオルドの正体に首を傾げていると、レオルドは自信満々に名乗った。


「おじさんは、筋肉魔導士だ!!」


 シーン。

 アギは、自分の耳がいいことを知っている。聞き間違えたことは今までで一度もない。しかし、今回はうっかり聞き間違えたのかと思った。否、聞き間違えじゃないとしても意味が分からなかった。


「おじさん頭大丈夫か、病院行け」

「辛辣!」


 親切のつもりだったが、おじさんを泣かせてしまった。


「おじさんが、立派な筋肉魔導士であることを証明するぞ!」


 認められない事に諦めがつかないのか、レオルドは構えをとった。

 どう見ても、今から筋肉アタックしますという格好だ。物理攻撃で来るなら対処法はいくらでもある。風で防御もできるし、アギには隙がないはずだった。


 だが、この後、アギは度肝を抜かされることになる。

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