◇17 い・た・ず・ら♪
開会式が終わると、私はこそこそ隠れるようにして控室に戻った。勇者と顔を合わせるとなにかと面倒だ。負けるつもりなんて微塵もないけど、勇者と口論にでもなったら人の多いこの会場ではかなりの騒ぎになってしまうだろう。出来る限り、勇者のいるギルドと当たるまでは避けたいところだ。
私の事情を知るリーナとレオルドは、勇者が宣誓をしたことで色々悟ってくれたのかレオルドに至っては自ら壁になって周囲から目を反らしてくれた。
控室に戻ってからも話題は勇者のことでいっぱいだった。あいつは外面は良いので直接関わり合いにならない彼らからの評判はそう悪いものではない。勇者と勝負できるなんて光栄だ、というのが大多数の意見のようだった。
「大丈夫か? マスター」
「あたま、いたいです?」
病気ではないが、後々のやっかい事を考えると頭痛が止らない。色んな意味でぐったりとしてしまった私を気遣って二人があれこれ世話を焼いてくれた。
「大丈夫よ、すぐ復活するから……。あいつのせいでせっかくのチャンスを潰したくないしね」
ライラさんが持たせてくれたリラックスできるお茶がさっそく役に立った。緊張をほぐす目的ではなく、ストレス緩和だ。あいつのせいで禿げたら、あいつの髪もちぎってやろう。
『――お待たせいたしました。ただいまより、ギルド大会・予選を行います。E、Dランクのギルドの皆様は、会場へ入場しますようお願いいたします』
天井から女性のアナウンスだけが流れてきた。音声のみを空間移動させる魔法が使われているようだ。人体を移動させるよりは簡単なので使用するのにそれほど難しい魔法じゃない。私でも発動可能だ。
E、Dランクの参加ギルドはかなりの数に上る為、Cランク以上のギルドに挑むにはこの予選を勝ち抜く必要がある。勇者のギルドはAランクだから、まだ鉢合わせの危険はないだろう。
「んじゃ、行きましょうか!」
頬をぺちぺち叩いて気合を入れながら、再び私達は闘技場へと足を踏み入れた。
会場はすでに熱気に包まれ、予選開始の合図を観客達が今か今かと待っている。
大会に参加しているギルドの半分以上がE、Dランクギルドなのでかなりの人数がいる。控室では和気あいあいしていた空気も、いざ始まれば緊張感が張りつめ無駄話をしている人はいない。
ギルド協会会長を務める初老の男性が壇上に立つと、全員が背筋をぴんと伸ばした。
「これより、ギルド大会予選を始める。一次予選から三次予選までを勝ち抜けたギルドが本戦へと駒を進められる。心してかかるように」
そう言い終えると、会長は壇上を降りた。
そして会場に響き渡るほどの大きな声量が会場を駆け抜けた。
『レディース&ジェントルメン! ただ今より、予選を開始するぞー! 司会進行役は、ギルド協会所属ギルド大会仕切って十年のベテラン平社員、ルード・ヴァリスが務めさせていただきまーす!』
『……解説役を務めます。ギルド協会所属ギルド大会役員長のアイリス・ラベンダーです』
やかましいテンション高めの男性と冷静さを滲ませる女性の声が広がる。これも音声を拡張させる魔法を使っているようだ。他にも広い会場を多くの観客が見られるように映像を映し出す術も使われている。かなり大規模な魔法だ。何人の魔法使いが仕事してるんだろうか。魔導士協会も協賛してるみたいだから、人には困らないんだろうけど。
『第一予選は、シンプルに障害物競争だ! しかし、これはただの障害物競争じゃないぞー』
『……妨害あり、罠ありのほぼほぼなんでもありな仕様です。お気を付け下さい』
『他ギルドを足止めしつつ、先にゴールしたギルドが勝ちあがりだ! ギルドのメンバー一人でもゴールできればカウントするからな! 先着30ギルドが二次予選へ行けるぞ。さあ、さあスタート位置についてー』
アナウンスに急かされるようにぞろぞろと参加者が移動を始めた。
「なんでもありの障害物競争ね……。さすがギルド大会、普通の運動会とは違うわね」
「でもマスター、なんか楽しそうだな?」
「ふふふふふ」
運動競技は嫌いじゃない。体を動かすのは好きな方だ。運動音痴でもないし、普通に競争してもそれほど周囲から遅れをとらない自信はあった。だが、この予選のミソはそうじゃない。
「妨害あり、罠ありか……ふふふ」
「……マスターが悪い顔してるぞ」
「たのしそーです」
聖女の力は主に支援や回復のいわば癒しポジションである。それはそれで力になれるからいいんだけど、私としてはそれだけだとつまらなくて、色々な特殊魔法にも手を出していた。
まあ、いわゆる悪戯系の習得するのにあまり意味のない魔法なわけだけど。
『位置についてー、よーい――ドン!』
パーンという破裂音と共にスタートの合図が鳴った。同時に一斉に全員が走り出す。障害物は魔法で直前まで隠蔽されていたようで、スタートと同時に解除されルートが露わになった。最初はどうやら網を潜るやつみたいだ。
「おっさん、ああいう狭いの苦手だな……」
「りーなは、とくいです!」
「私も得意よーー!!」
「はや!? マスター早!?」
自分の足に全力で強化魔法をかけた。土煙をあげながら誰よりも早く網まで到達できた。他ギルドの人達も足に強化魔法をかけているのが多数いたが、私の力までは及ばない。もともと足も遅くないしね。一点集中したかったのでレオルドとリーナは置いてきた。まずは一番に網まで辿り着く必要があったので。
だっと、素早く網を潜り抜けた。こういうのは小柄な方が有利だ。ギルドの人達はガタイの良い人が多いからね。
「ああくそ、あの子、速いな!」
「私達も負けてらんないよね。早く網を抜けちゃおうよ!」
後からも負けじと追いかけてきたギルドの人達が網の中に入った――が。
「え? あれ……なんか――」
「い、癒されてく……」
網の中に入った人達が次々と昏倒し、倒れていく。
『おおっと、これはどういうことだ!? 網の中に入った連中が軒並み倒れたぞ!?』
『……どうやら、気を失っているようですね。この魔法の気配……スリープでしょうか。癒し魔法も補助に入っていてスリープへの導入が巧みですね』
解説のアイリスには魔法解析の能力があるのか、遠距離でも私が張った罠を見破った。彼女の言う通り、私は網に癒しとスリープの魔法をかけている。これが一番に辿り着きたかった理由だ。網に張った罠を知り、立ち往生する人が続出する。
「マスター、これ俺達は大丈夫なのか!?」
「大丈夫よー!」
だいぶ二人から離れたが、声は届くので大きく張り上げて返事した。発動の対象は選べるので、仲間の二人にかかることはない。安心した二人は、網を潜り第一関門をクリアする。
「――ちょこざいな!」
レオルドとリーナが網をクリアした直後、背後から暴風が巻きあがり網がふわりと浮いた。そこを滑り込むようにして一気に通過してきた少年が。彼は網に触れることなく網を突破し、走り抜けていく。彼の後からも防御魔法などを駆使して関門を突破する人も出始めた。さすがにこれだけですべての足止めは出来るとは思ってない。低めのギルドランクだろうが、ギルドの人間だ。色々な手法をもって挑んでくる。
――楽しい!
素直に大会が楽しい。命のやり取りのない、競技戦は本当に心が躍る。私も色々魔法を試してみたいなー。あれとかそれとか、通常は使えないのがいっぱいあるのよね。
レオルドが足の遅いリーナを抱えて走り、私に追いついてきた。どじっ子属性のおっさんだから、いつか何もないところで転びそうで怖いが、リーナを抱えているうちは大丈夫と信じたい。
暫定一位を保持しながら、次に私達の前に立ち塞がったのは。
「うわー、なにあれ」
つるっつるの材質で出来た大きな床が橋のようにかけられており、その上にてろってろの液体がまかれていた。これ、絶対滑るやつだ。
『網潜りの次は、ローション地獄だー! 足をとられないよう気を付けて向こう側に渡れよー』
私はそっと靴を床につけてみた。
――つるっ!
ダメだ、足をつけただけで滑る。この上を普通に歩いて行くなんて無理だ。
「どうするマスター?」
「うーん、なにか足場的な……こう、乗り物があればいいんだけど」
滑り止めの板とか、そういうのが。だが、あいにくと近場にそんなものはない。
『のー、あたちが変形すればいけますの?』
「あ、そうか。のんちゃんならいけるかもね」
「のんちゃん、へんけーいです!」
『のー!』
ぺろんとのんが、平べったくなった。これなら三人乗っても大丈夫そうだ。
「これで行けるわね!」
「あ、ちょっと待てマスター!」
のんに乗っていざ行こうとしたら、レオルドが何かを見つけたのか声をあげた。
つられてレオルドが見ていた方向、ローション地獄台の先を見ると。
「ええ!?」
砲撃を発射するように炎の玉が滑ってくる。
『妨害用、触れるとあっつい火玉だ! ぶつかると台から落ちる可能性も高くなるぞ!』
火の玉にのんが震えた。
『あたったら、あっついですのー』
「ふむ……よし、ここはおっさんに任せろ」
「え? どうするの?」
「――こうする」
で、どうなったかというと。
「……これ、本当に大丈夫? おもにレオルドが」
「大丈夫だ。おっさん、こう見えてもシューティングは得意だから」
ひらべったくなった、のんを下敷きにしておっさんがうつ伏せで右こぶしを前に突き出した状態で、その上に私とリーナが乗っている。
下から、のん→レオルド→私とリーナである。それにしても私達二人を乗せるとは、おっさんの背中はとても広くてたくましい。
「んじゃ、行くぞ! 振り落とされないようにな!」
レオルドが足から火魔法を爆発させ、その力で前方にかなりの勢いで滑っていく。のんとローションの相乗効果でつるつると引っかかることなく、滑り進んで行った。
「前方、火の玉!」
「了解!」
レオルドの突き出された右拳から水鉄砲が発射され、玉を打ち落としていく。さながらレオルドが言ったようにシューティングみたいだ。
『おお!? これはすごい! スライムちゃんとガタイのいいおっさんをいい具合に使ってるねー! これ俺は考えつかなかったな!』
『人を乗り物にするのは、まあ……条件が揃えばできますけど。ちょ、画面が面白い――』
冷静沈着、クールな印象があったアイリスすら、この光景は面白いらしい。私も笑いたいよ。でも今は真剣にこのローション地獄を抜け出すことを考えなくては。
私とリーナが指示を出し、レオルドが的確に魔法を使って火の玉を処理していく。足から放たれるジェット噴射もバランスがとれており、レオルドの練度の高さが窺える。修行の成果がすでに出ているようだ。
おっさんの大活躍もあり、私達は無事にローション地獄をクリアすることができた。後方を見れば、やはり網をクリアできた人達もこの関門には手こずっている模様。
よーし。
「おねーさん、なにしてるです?」
「い・た・ず・ら♪」
一時期、誰よりも口煩かったベルナールを撒く為に使った魔法でもある。
「みんなでもっちもちになろうね!」
『ぎゃああああーーーー!!』
愉快な呪文を唱えると、多方面から悲鳴があがった。ローションはぬるぬるだけじゃなく、べたべたの効果も発揮した。もちもちになった部分に足をとられて抜け出せなくなり、なんとか抜け出せたとしても通常ローション効果で滑って転ぶ。まさに二重苦。
ベルナールもまさかの悪戯魔法に足をとられて、私はその瞬間は逃げ出せたものの、後々みっちりデートに連れて行かれたので、私はもう彼には一生悪戯しないと誓った。
だが、そんな魔法も今では絶大な効果を発揮している。
いやー、人生なにが起こるか分からないよね!
「ふふふふふ……」
「マスター……ほどほどにな」
やけに楽しそうな私の横顔に、レオルドは天を仰いだ。




