□5 呪いが消えるには早すぎる
今後の動きに関して、ヨコハマにておばあさまと出会えたことで明確ではなかった帝国めぐりがもう少し形にできるのではないかと再度、皆と話し合いをすることになった。
ホテルの朝食をいただいて、お茶を飲みながらテーブルを囲む。ギルド全体の方針を決めるので子供達も席に座っていた。
「帝国で情報を集めて旅をするっていう形だったけど、リーナの父親の件も出てきたし、おばあさまが気になっていたとあるモノ、も今後の活動に影響しそうだと思ってる」
ギルドマスターとして、まず私が議題を投げる。
「そういえばペルソナさんは、ただ悪党退治をしにいったわけじゃなかったんだな?」
私の話にレオルドは確認するように聞いてきた。レオルドを含め私達には悪党退治の手伝いという形をとっていたおばあさまだったけど、彼女はあの屋敷でとあるモノを探していたのだ。その中でアレンさんの情報も得たのだけれど。
「でも結局探していたモノはなかったんですよね?」
「うむ、残念だったと言っていいのかわからんが……サイアクのブツはあそこにはなかった。無関係だと思いたいがのう」
だがその曇りがかった表情を見るに、白ではないと確信に近いものを感じているようだった。
「その、えっと……サイアクのブツ、ってなんなの?」
おずおずと珍しく質問してきたリゼに、おばあさまはなるべく優しい声のトーンで返す。
「欠片じゃよ、アルベナの心臓のな」
おばあさまからこの話し合いの直前それなりに情報を得ていた私以外のメンバーが驚愕の表情を浮かべた。
「それってラディス王国の七家に与えられたっていう……」
「そうじゃ。そしてそれは今は呪いとなって血族に脈々と受け継がれ苦しめておる」
リゼがぎゅっと己の心臓を抱えるように胸の前へ手を寄せた。
「その一つがどうして?」
「とある方法で解呪され、血族から分離したスーラント王家の心臓が魔王になったようにもう一つ、血族が消滅し、心臓のありかもわからなくなった家があるじゃろ」
「……アンガルス家」
そういえばこの家の血族に受け継がれていた心臓はどこへ行ったのか。
「わしはそれを探しておるんじゃ。主らも嫌でも理解しておろう、アルベナの呪いの恐ろしさ、執着性を。血族が絶えたとて、さすがに呪いが消えるには早すぎる時期じゃ」
今でもリゼが苦しんでいる呪いがアンガルス家消滅と共に消えるとは私も思えない。リゼの父親、ベルフォマ伯爵は呪いの受け皿として苦しむことになるとわかっていて、跡継ぎを作った。どこの家もそう、己と同じ苦しみを代々継がせることになんの疑問も感じなかったのか? 当代でどうして終わらせようとしなかったのか。
……依り代にならなくちゃいけなかったのだ。呪いが解き放たれたときの恐ろしさをどこかで知ったから。
「あのでも≪心臓≫って比喩ですよね? モノとして残るものなんですか?」
呪いは血に混ざっている。現在呪いを受け継いでいるリゼにはそれがはっきりとわかる。ゆえに心臓は伝承のたとえで心臓そのものが継がれているわけではない。
「それはそうなのだが、スーラントの呪いが魔王になったようにアンガルス家の呪いもなにかしかの物体になっている可能性が高い。むしろ魔王のように生き物として再構成された可能性もある」
それはさすがに予想外だ。
「シア、お前は読んだであろう? あの屋敷に残されていた資料……被検体がなんたらと。やつが関わっていたなんらかの組織、それがかなり闇深い生物実験をしていたであろう痕跡が多い。じゃからわしはクサイと思ったわけじゃ。力と呪いと命、アルベナはそういうものに強く作用する特性がある。だからこそ、ラメラスはそれを利用し、繁栄と消滅を仕組んだ。世界の延命のためにな」
強すぎる生命体であり、先住民であるアルベナを完全に葬り去るためのシナリオ。なんて残酷だろう。多くの平穏のためにリゼはずっともがき苦しんでいる。
「被検体S……か。前後の内容を見ると、その被検体Sはリーナの母親のシーナさん……ってことになるよな?」
名前は記載されていなかった。もしくはそもそもなかったのかもしれない。被検体Sは任務でアレンさんに近づいて……だがそれは失敗し、二人は夫婦になってリーナが生まれた。
『生まれも不幸、生い立ちも不幸――なんでこんなに不幸なんだろう。周りの人間はあんなに幸せそうに笑っているのに、私はちっとも幸せじゃない』
『黙れ疫病神! お前のせいで私はもっと不幸になった! 二人分の生活費を稼ぐために散々悪事も働いて、密売だって……なのになんでお前は不幸な面をしないっ、なんで私を見て笑うの!?』
あの時の彼女のヒステリックな甲高い叫びが今でも鮮明に思い出せる。初見からまともな人ではないと思った。もうあの時には彼女は限界をとうにこえていたのだろう。自分がなにをやっていて、なにを言っているのかもわからないほど錯乱していたのかもしれない。だからこそ、この言葉は建前もなにもない彼女の心からの叫びだっただろう。
醜い。とても醜い、でも確かに人間だれしもが抱きかねない感情。
私は耳を塞ぎたくなるくらい衝撃を受けて、怒りが沸き上がった。
母親なんだから、子供の面倒をみるのは当たり前ではないか? どうして、そんな酷いことを言うの? あなたは間違っている。酷い親。
そんなことをぐるぐるとふつふつと頭の中を駆け巡っていたと思う。
でも、ねぇ本当にそうかな?
誰も頼れず、追跡者から追われる恐怖の日々。腕の中には、言葉の通じぬ小さな子供。泣きわめき、ぐずり、なにをしてもキンキンとした声で騒いで眠くても寝させてもらえない。そんな時間を延々と繰り返して、まともな精神でいられるだろうか?
彼女がリーナにしたことは決して許されることではなかった。それは今でも変わらずそう思う。でも、私は彼女に酷い親だとなじる権利があるだろうか。私は感情が顔に出やすい。リーナが母親に対して優しい言葉を口にするたびに、私はぜんぜんわからない。っていう顔をしてしまうのだ。それを見て、リーナは少しだけ寂しそうに微笑む。否定も拒絶もしない。だけど、やっぱり理解されないのはちょっとだけ悲しい。そんな顔。
君は洗脳されていたんだ。保護されてよかった。引き離して正解だ。周囲の大人達は口々にそう言った。私はどれが正解だったのかなんて今もわからないが、リーナが司教様預かりになったと知った瞬間はほっとしたのだ。だから他の人達と気持ちは近かっただろう。納得しなかったのはリーナだけだ。頑固だといえはそれで終わるけれど、あの子は母親を失ってからここまで一年半、様々な人と出会い、話し、経験してきた。それでもあの子の母親への気持ちは一切変わらない。
正直、密売事件でリーナが母親から離れなければあの子は死んでいた可能性が高い。ううん、ちょっと違うか。だって母親はあの日、リーナを宿の部屋に置いていった。帰って来なかった。迎えに行かなかった。それはきっとまだ少しだけリーナを生かそうという思いがあったからだろう。幼子が一人、親に置いていかれたら保護措置がとられる。王都ならなおさら、騎士団も聖教会もある。浮浪児になってしまう不幸な子供もいるが、少なくともリーナの待遇はよかったはずだ。あの子の鞄の中に、メディカという家名が入った名刺があった。家柄が貴族となれば保護率もあがる。そしてメディカ家の現状も調べられ、戻すのは不当となったはずだ。あそこの家は、何者かによって家人すべてが殺害されているのだから。
「今更ではあるが、リーナの存在をどこぞで知ったその組織が、今回事を引き起こした。リーナの血筋の因果はまだ終わっておらんのだろう。そしてリーナにある不思議な力、シャーリーもそうじゃがそちらにはアルベナの心臓による影響が能力に出ているのでは……と思えて仕方ない」
「……なるほど、確かにシャーリーは呪いの影響が強い地で生まれている。それにサラの血筋も特殊ですからな」
レオルドは納得がいったようすで頷いた。
「メディカ家自体にアルベナは関わっておらんはず。となれば、母方の方になにかがあるはず。わしの提案としては組織と心臓のありかについて追うのがアレン・メディカに近づく導となるのではなかろうか。それにアルベナの心臓が関わっておればラメラスに対抗する手段の一つにもなるかもしれん」
「え? 心臓が対抗手段にですか?」
呪いをふりまくだけのやっかいな遺物でしかないと思っていたが。
「継ぐ者が絶え、物体となって顕現したのならば、魔王が吸収できるやもしれん。試す価値はあろう」
そんなことができるかもしれないのか。おばあさまは女神をぶん殴りに行くと言っていたが、その手段もそれなりに考えていたらしい。
他に意見もなく、全員が納得した様子だったので私達はリーナを攫おうとした組織について調べる算段をたてた。
始終、暗い表情で黙って話し合いに参加していたルークが気になったが、問いかけてもなんでもないと言うばかりで、ヴェルスさんにもさえぎられたので私はとりあえず目の前の問題に立ち向かうべく準備をはじめた。




