■30 こんなにも協力者が多いとは(sideイヴァース)
シア達が帝国旅行を計画する少し前、イヴァースは一人、極秘裏に確保した隠れ家で慣れない機械を操作していた。
「……まったく、こんなキテレツな黒い箱を寄こして……えーっと、これでいいのか?」
何度か操作を間違えて最初からやり直しながら、ようやく目的のものを起動させることができた。携帯できる薄型の軽いノートパソコン。それはイヴァースが帝国入りしてすぐにとある人物から託されたものだった。起動したのは遠距離通信アプリ、カメラとマイクを使用することで画面越しに姿を映して会話することが可能になるものだ。
言われたときは、遠くにいる人物と顔を合わせて会話することなどまるで想像できなかった。言葉だけのやりとりができる通信機は騎士団でも採用されているが、ごくごく一部にのみ支給されているものだ。それにあまり離れすぎるとうまく通話できない。それが国をまたぐほどの遠距離になると、王国の技術では不可能だ。
半信半疑、得体の知れない物体と技術ということで元々頭が固いイヴァースは、なにかに化かされているかのような気分だった。
だが。
「あら、イヴァースあいかわらず怖い仏頂面ね」
画面に映し出されたのは、記憶と寸分たがわぬ美しい女性。黒に近い深い緑色の長い髪、雪のように白い肌、緋色の瞳。大陸最高峰の魔女と名高い――。
「……お久しぶりです、クウェイス卿」
ラミィ・ラフラ・クウェイス、王国と魔王領の狭間にあるクウェイス領を治める辺境伯であり、強大な魔力を持つ魔女である。彼女がいなければとっくに王国は魔王に侵略されていてもおかしくない、と言われる。それほどの力と手腕、カリスマ性を持つ女性だ。
そしてイヴァースの妻であるセラの恩人であり、師でもある。
彼自身も、かなり世話になった。
「ええ、久しぶりね。セラやランディ君は元気?」
「変わらずですよ、おかげさまで」
「そう」
優しく微笑む彼女は、まるで慈愛の女神のようだ。中身はかなり強烈な部分もあるのだが、愛情深い方でもある。
「それにしても帝国の技術はあいかわらず驚くほど高いわね。魔法でできないこともないけど、こんな黒い箱で遠く離れた場所同士をつなげるなんて」
それには同意である。
想像以上に長い時を生きているであろう彼女ですら、この黒い箱は不思議なものであるようだ。
「今、あなたにこうして連絡しているのにはもちろん理由があります」
「ええ、わかっているわ。シアちゃん達が動き出した、そして女神側も」
彼女は、真の意味でほとんどの事情を知っていたはずだ。その目で見てきた彼女にとって、教会に都合よく書き変えられた歴史はどう映っていたのだろう。
「見守る時間は過ぎたわ。取り残された古き時代の燃えカスが、どこまで新世界に抗えるのか……わからないけれど」
「あなたは……」
「旧世界も失われた時代も見守ってきた。いつだって、どの時にだって私はそこで生きてきた人々を慈しんだ。どの世界、どの時代も生きるものは美しく愛らしい。私は魔女、人と共に歩んできた者」
イヴァースは彼女がどのような存在なのか、知っているわけではなかった。只者ではない、理解しているのはそれだけである。
「だからこそ、私は最後まで人と共にありたいの。さあ、はじめましょうイヴァース。あの子達がどんな選択をしてもその道を進めるように」
「……はい!」
画面には次々とつながった面々が映し出されていく。
「あのーちゃんと、映ってます?」
「すみません、操作方法が複雑怪奇で遅れました」
そのほとんどが未知の箱に苦戦していたが、約束の時間……の一時間過ぎた程度で全員が揃う。
「では簡単に点呼と共に名乗りを。一番、イヴァース・テイラー」
「二番、ラミィ・ラフラ・クウェイス」
「三番、アイーダ・レイン」
「四番、ジュリアス・マクベル」
「五番、オルフェウス・クォーツ」
「六番、マリー、リリー、エリーとリンス」
「七番、ジオ・ランドール」
「八番、ヴェルス・エンハンス」
「飛んで最後十番、ヒース・ディーボルト。九番、フェルディナンド殿下は欠席の連絡がはいっている」
それなりの面々が連なると、なんとも圧巻の光景だ。
不思議なつながりもあるが、それらはすべてシア達の功績の賜物である。
ラディス王家からは長兄以外のメンツが揃い、騎士団からは副団長を含め三名。情報ギルドである天馬のマスター、ジオ。魔女であり辺境伯でもあるラミィ、そして彼女に仕える半魔のアイーダ。現在はラミリス領の再建に尽力しているレオルドの旧友(本人いわく友人じゃない)ヴェルス。そして彼らを技術面でサポートし繋げるのに尽力した騎士団の技術屋でもあるヒース。
「兄上、どこ行ってるの?」
三つ子の姉達と共に映るリンス王子は、少々狭そうにしながら首を傾げた。
「殿下は外国を転々としますからな、情報源としては心強いですがなかなか落ち着いて通話はできませんでしょう」
ヒースが説明するには、移動速度が速い上に連絡しづらいから現状どこでなにをしているかは細かく知れないらしい。
「殿下のことは心配ないでしょう。今我々が考えなくてはならないのは各所の連携と、ギルド暁の獅子への支援です」
議題があっちこっちにいきそうだったので、ヒースが軌道修正した。あまり前に出るタイプではないが、ツールに詳しくないメンバーばかりのため仕方がなく、ヒースは頑張っていた。正直ここに馴染み深いオルフェウスがいなかったら泣いている。
「そういえばヒース君、教会にとっつかまってたんじゃなかったの? よく連絡とれたわね?」
質問をなげかけたのはジュリアスだ。
「そう簡単には捕まりませんよ。裏技は使いましたが、うまく逃走しました。現在、無事に帝国入りしましたんでご安心を」
「裏技……?」
裏技についてはヒースが黙秘したので、スルーになった。
「帝国は広大、どうしても人手はいるでしょう。おそらくフェルディナンド殿下は上手く帝国入りできそうな気がします」
「俺も一応伝手があるから、うまくいったら俺も帝国に入る」
「ヴェルス殿が? しかし、ラミリス領はどうするのだ?」
帝国に伝手があるというヴェルスに驚きつつもイヴァースが懸念を問う。
「ダミアン様が頑張ってくれています。少々くらいは奥様が尻を叩くでしょう。坊ちゃまは嬉しいことに非常に優秀な方ですから簡単に倒れる体制ではないです」
「そうか、それは良かった」
しっかりと経過の報告を聞く前に帝国に入ってしまったイヴァースはその点が心配だったが、ジュリアスもそのあとしっかりとフォローしてくれた。
「わたくし達は立場上、動くことはできませんが……」
ちらりとマリーとリリー、そしてリンスがエリーを見た。
「わたくしのっ! わたくしのヲタ友が微力ながら力になれるかと!!」
勢い込んだエリー姫の手には、しっかりと漫画雑誌が握られていた。
「お、おたとも……?」
エリー以外には通らないような未知な単語だったが、エリー姫は鼻息が荒い。
「漫画発祥の地であり聖地である帝国には漫画を通して友人が多いので!!」
どうやらエリー姫のヲタ友とやら達は帝国全土に広く存在するらしい。イヴァース達は「お、おぅ」くらいしか返答できなかったが、なんかすごそうという語彙力を失った感想しか持てなかった。
秘密の作戦会議は、シアの知らぬところで広がり、彼女達の助けとなるべく動き始める。
「そうそう、イヴァース。アギ君達の協力も得られそうだよ」
ギルドの人脈が太いジオが、頼もしい声音で言った。
「彼女達の日々の努力と付き合いの賜物だね。話を振っておいてなんだけど、こんなにも協力者が多いとは思わなかったよ」
シアが勇者の下を離れ、ギルド暁の獅子を立ち上げてから二年近く。彼女達がしてきたことは、こんなにも多くの人に影響を与え、輪を作り上げてきた。
「あの子はそもそも、自分の存在自体を疑うような子だったから……かしら」
シアが努力を怠ったことはない。
それは自分自身がなにものかを知れない恐怖からだったのかもしれない。彼女はいつだって「いつこの力はなくなってもいいように」と対策を考えていた。人間関係も作ってきた。それが自分を生かすための手段の一つでしかないとは思うが、そこにはしっかりと彼女の情があり、関わり合いがあった。
だからこそ、この人数が集まる。
「私達はギルドのメンバーではないけれど」
ひとつの仲間というものであることを、教えてあげましょう。
ラミィの言葉に頷くメンバーがほとんどの中、「え、吾輩そこまで仲良くないですけど」という正直なことを言ったヒースはオルフェウスに容赦なくミュートされた。




