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■26 デートしようか

 私は帰りの道中、たどたどしくも今わかっていることのすべてをみんなに話した。優しいみんなのことだから、どうしてもっと早く頼ってくれなかったのかと悲しい顔をさせてしまうかと思ったが……。


「……そっか」


 それぞれが、それぞれ私の言葉と情報を頭と心におさめて噛み砕いている様子だった。複雑な気持ちなのかもしれない、今はなにを言うべきかどういう感情を表すべきか……みんな迷っている感じでもあった。

 私もまた、とても悩んではいるけれど、どうすれば正解かなんてわからない。

 自分の正体すら曖昧で、これからのギルドとしての方針も宙ぶらりんになったようなものだ。下手をすればずっと本拠地である王国に戻れない可能性もある。聖教会はそれだけ巨大な組織で、多くの国の中枢に食い込んでいるのだから。


 おじいさまの屋敷に戻ったときにはすでに陽は沈み、夜も深くなる頃合いだった。子供達は眠い目をこすりながらもレオルドの言葉を聞いていた。


「一旦、それぞれで考えてみるか。明日の夕方にでもギルド会議で話し合う。それでいいか? マスター」

「ええ、もちろんよ」


 今夜はゆっくり眠る。

 久しぶりにみんなのおかげで心が休まった一日だった。みんなにぶん投げるのは私の性格上難しいことだったけど、一度吐き出してしまえばちゃんとすっきりするものだ。静かに受け止めてくれた彼らの反応に一番助けられたともいえるけれど。

 現実は、なにも解決しちゃいない。

 それでも私は、ごちゃごちゃの頭の中をいったん忘れて、久しぶりに早い入眠で朝までぐっすりと眠ることができた。





-----------------------------------------



 ――人間に、なってはいけない。


 それは嘆きのような声だった。

 一瞬、あのときの教皇の声かと思って震えたが、どうも違う。


 嗚呼、ここは夢の中だ。

 しかも身に覚えのない光景……おそらく、たまに垣間見てしまう誰かの記憶か、作られた夢か。私のこの力は、女神による聖女になったから与えられたものかと思っていたが、教皇から離れた今、聖女の力は使えない。だからこれはそもそもの私の力だということだ。

 世界線を渡る力、とでもいうのだろうか。その影響で、たまに意図せずのぞきこんでしまう。


「……あにうえ」


 か細い声。今にも消え入りそうな、悲しい助けを求める声だった。

 幼い手が、誰かを求めて伸ばされ彷徨うが……誰にもその手は届かなかった。


 真っ赤な血の海の中で、幼い少年はその手を力なく落とし、沈む。その赤い血は少年の体から流れ、少し離れたところに大人の女性も横たわっていた。

 いつの間にか、ナイフを握った別の少年が冷たく女性を見下ろしていた。ナイフは赤く染まり、彼が女性を傷つけたことは明らかだった。

 少年はこちらにそっと近寄って、女性へ向けた冷たい視線とは打って変わって優しい顔をしてくれた。


「なにも悪くない。お前は、なにも悪くないよ」


 少年は私の頬を……いや、私の夢とリンクする誰かの頬を撫でる。とても暖かい。

 ここまでの光景で私はすでに彼らが誰なのか、わかった。


 血だまりに沈んだのは、リク。

 女性を傷つけたのは、クレメンテ子爵。

 そして、その光景をなにもせずに見ていた私は……ベルナール様だ。



 なにも悪くないのだと繰り返す子爵に、ベルナール様はなにも答えない。ゆっくりと視線が動く。自分にのばされた小さな手を見つめた。

 罪悪感を感じた。

 はじめて、≪弟を認識≫してしまった。震えるような感情が私の中にも流れ込んでくる。


『目覚めたくない』

『人形のままでいたい』


 この感情の声は、ベルナール様だろうか。

 彼はずっとあのまま目覚めていない。外傷もほとんどないのに、なぜか……。それは彼自身が目覚めることを拒否しているからなのか。

 でも、どうして?




-------------------------------------------



 なにもわからないまま目が覚めた。

 せっかくぐっすりたっぷり寝たはずだが、寝ている間にかなり泣いてしまったのか目の端が涙が渇いてパリパリになり、少し疲労も感じる。

 明るくなりはじめた空を眺めて、私は軽く身支度を整えてからベルナール様の部屋を窺った。彼は静かに、綺麗にただ眠っている。


「……目覚めたくないのは」


 ベルナール様も、誰にも言えない重いものがあるのだろうか。

 彼には私のように全部丸投げしちゃえ! と、どんなに悩んでも最終的にそんなことができる相手が……いないのかもしれない。





 夕方にギルド会議があること以外に、今日は特に予定もない。みんなそれぞれ考えをまとめるために散っているし、私は庭で土いじりをすることにした。なんも考えず、花の球根を植えるのもたまにはいいだろう。


「しけた面してんね」

「ぎゃああああ!!」


 にゅっと黒蛇が顔を出したので、心の準備ができておらずつぶれた悲鳴が出てしまった。


「お、脅かさないでコハク君っ」

「脅かしたつもりはないけど。何回か声もかけてたし」

「そうだった……?」


 テキトウにぼうっと土いじりしていただけだったのに、コハク君の声に気がつかなかったのか。


「ギルドのメンバーと遊びに行って気持ちは軽くなったみたいだけど、本当の意味であんたって面倒な思考回路してるし、はたから見ればけっこうボロボロだよ」


 そうか……ボロボロか私。


「……そろそろジャックも帰ってくる頃合いだし、そんな感じだといいオモチャにされる未来が容易に想像できるから、しゃんとしなよ。しゃんと」


 言うだけ言ってするるっとコハク君はいなくなってしまった。

 えーっと、たぶんコハク君なりに元気づけようとしてくれたんだと思う。ってか、ジャックずっと姿を見てなかったけどそろそろ戻るのか、それは気合をいれないといかんな。

 あれと顔を合わせたら合わせたで、意地と根性で気合が入るかもしれないが。結果的に心身は重症を負いそうだ。


 私はパンパンと頬を両手で軽く打った。


「よぉーっし、会議に向けて気合を入れ直さないと――」

「なにシア、落ち込んでいるの?」

「ほぎゃああああ!!」


 二連続悲鳴は喉の負担が重い。にゅっと蛇のように突如現れたのは、コハク君がそろそろ戻ってくると言っていた本人、ジャックだった。


「な、な、なんで!?」

「様子を見に来るのがそんなに不思議?」


 ジャックはきょとんとしている。表情的にはそうだが、前々から思っていたが感情が目に現れないのでやはり不気味な印象が大きい。

 そろそろ戻るってコハク君、ちょっと情報が遅いよっ! 今きやがったぞこいつ。


「……」


 じぃーっと、相変わらず死んだような暗い赤の瞳で見つめられる。


「な、なによ」


 負けてはいけない。コハク君の言う通り、オモチャにされてはかなわない。


「うーん……、よし」


 なにがよし?

 勝手に自己完結している様子のジャックに首を傾げていると、肩を掴まれた。


「デートしようか」


 …………は?


 ずるずると強制的に連行されるのに必死に抵抗しながら頭は大混乱。

 意味不明で唐突なデート発言は、ベルナール様だけにしていただきたく――。


「オモシロ くて タノシ い 話が聞けそうだよね」


 きょ、狂気しか感じないなぁ!!

 あまりにも力が強すぎて振りほどけない腕で、ずるずると連れて行かれる私。恐怖に震える中、なぜか私ははじめてのデートを思い出していた。

 あれはベルナール様の記憶を一部ふっとばすほど彼が激怒した、お嬢様方の猫パンチをくらったあとのデートと言う名の説教コース。



 私の中で、確実にデートという単語はイコール地獄で固まってしまった。


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