■21 はじまりはどこにもない
「殿下、いえ……陛下。シアは幼いころより孤児で親の記憶はありません。そのような質問は酷なことでしょう」
あくまで冷静な態度で、おじいさまは返した。
返事をしなくてはいけない当人は、頭真っ白であまりにも現在ポンコツである。
おじいさまはたぶん……色々と察したはずだ。私よりもずっと。
「ああ、そうなのですね……。すみません姉上、興奮してしまって気遣いが足りていませんでした」
リヴェルト陛下はしょんぼりしてしまった。素直な性格なのだろう、私よりずいぶんと背が高いが子犬みたいで可愛い印象がある。
悪気はない。本当に伯父やその家族の安否を心配しているのだろう。
悪いのは、特殊過ぎる私の生い立ちである。
「姉上は守護精霊に会いに来たのでしたよね?」
「え、ええ……はい、そうです」
「そのようにかしこまった態度をしないでください、姉上! 私と貴女が従弟であることは確定しているのですから。家族と思っていただいていいのですよ」
にっこりと優しく微笑まれた。
家族、家族か。あれほどまでにうらやんだものが目の前に立っているのかもしれないのに、こんなにも苦しい。息苦しい。まるで晴れない霧の中を彷徨っているみたいだ。
モヤモヤとした違和感がずっと胸のあたりを回っている。
言い知れない不安が傍にある。
だっておかしいんだ。色々と。点と点は繋がっているようにみえて、どこか切れているようでもあって。自分が聖女であると告げられたとき以上に、
『違う』
と感じるのだ。本能だろうか、そうであると認めるのが嫌なだけなのだろうか。
違う、違う。それともたぶん違う。
本当の意味で、私は違うんじゃないだろうか。
「姉上、戸惑われているのですね。そうですよね、急に家族だといわれても難しいでしょう。ですが、ボクはいつでも貴女を待っていますから。気軽に城に入れるよう警備の者にも伝えておきます。さあ、まずは貴女の目的である守護精霊の元へご案内します」
守護精霊は霊廟から下に続く階段を降りた先の神殿に祀られ、そこでのみ邂逅が可能らしい。
メグミさんから引き継いだ能力を発揮するには己の起源を知ることが大事。そんなことからここまできた。自分のルーツを知るのは最初から怖かった。なにもから知らないし、最初の記憶は教皇様という最悪の思い出からだ。ろくなことにしかならないとわかっていたのに、導かれるようにここにいる。
運命の糸をつむぐ存在がいるのならば、私はそいつを今すぐぶん殴りたい。
どうして、知らないままでいさせてくれなかったのか。
知らない方が幸せなことなんて、世の中いくらでもあるっていうのに。
震える足を叱咤しながら進む。おじいさまも私の心情を察するのは容易だったのか、言葉は語らなくてもがっしりとした腕で支えてくれる。おじいさまがいなかったら正直、発狂して頭を打って気絶しようとしたかもしれない。
下から吹き抜ける空気がやけに冷たい。絶望にはまだ全然辿り着いていない、これからなのだとあざわらうかのように私の体を凍てつかせる。
手に入れては失い。
手に入れては失う。
そんな人生だった。振り返るにはまだ短い半生だけど、若い精神を打ちのめすには十分で。守ることに必死になのはそういうこと。
でも理不尽というやつは、そんな努力も簡単に無意味にしてくる。世界で一番憎らしい概念である。
時間をかけて最下層まで辿り着くと、その大きな空間は未知の技術で溢れていた。
なんで作られているのかやはりまったくわからない、無機質なのっぺりとした白い壁。大理石のようにも見えたが、ちゃんと見れば石であるのかすら怪しい。神殿づくりの社が並び、白亜のチェスゴマのような兵隊像がずらりと守護する回廊を進む。
キーン、カーン。
表現しようとすればそんな感じの音があちらこちらから響くが、それは正方形型の箱のようなものがお互いに軽くぶつかって遠ざかっている音だった。
「さあ、姉上……ここが我が帝国の守護精霊が座する神威の間です」
すこし冷たく重い空気が漂う。高位のものがそこに確かに存在するプレッシャーが全身にのしかかった。火の王と対面したときもそうだったが、強い力を持つ精霊は傍にいるだけで人間に害があるものだ。
リヴェルト陛下は精霊に呼びかけはじめた。
言霊は、精霊を呼び出すための呪文であり約束であり契約である。その間に私はなんとか呼吸を整えた。リヴェルト陛下のときは許されたが、さすがに精霊相手に無礼だと思われれば命が消し飛ぶ。
帝国の守護精霊は、とくにごねることもなく降臨した。
光の帯の中から女神のごとく姿を現した守護精霊は清廉な女性の姿をしていた。白いローブに身を包み、今まで目にしてきた誰よりも聖職者のような風体だ。口元には微笑みを浮かべているが、目はとても機械的で感情が見えない。
『帝国の古き盟約によりこの場に顕現しましょう。言霊を紡ぎし者、そなたが約束を守るのならば私も応えましょう。
我が名は≪アーカーシャ≫、あらゆる世界、空間、時間を記録する者』
事務的な口調だが、安定感のある女性の声音。彼女は自らの名を名乗ると、こちらの問いを待つように静かに佇んだ。
リヴェルト陛下は、私に目配せすると頷いた。
私がしゃべっていいらしい。でも、どうしよう。
守護精霊アーカーシャ、彼女はあらゆるものを記録する者だという。ということは、すべてのことを知っているといっても過言ではないのかもしれない。ノアが帝国の守護精霊に聞くのが一番早くて正確だと言っていたのはそういうことだったのだ。
「あの、アーカーシャ様はすべての質問に答えることができるのでしょうか?」
こういうことには制限があるものだと思ったので、一番最初に聞いてみた。
『世界の安定のため、未来を告げることは禁じられています。告げることができたとしてもこの時と時空の先を話すには人間では一生をかけても聞き終わらないほどのパターンが存在しているのです。時間の無駄でしょう。他にも契約上、いくつかの制限があります』
なるほど。まだこの時点で起きていないことに関してはあまりにも分岐が多すぎて語り尽くせないのか。まあ、それはいい。
「過去のことならすべてを話せる……と?」
『ええ、契約違反でなければですが。すべてとなるとやはり人間では時間が足りませんね』
「ああいえ、全部じゃなくていいです……」
遠回りもここまでだ……。覚悟を決めて聞かなくてはいけない。隣でリヴェルト陛下が少し首を傾げている、なぜもったいぶっているのかと。さっさと聞いて先に進めばいいのにと。私の質問の答えは、アーカーシャの返答によっては彼の知りたい伯父の話があるかもしれないからだろう。
契約に引っ掛かるのか、アーカーシャによる伯父の捜索はできないようだ。できれば一発で見つけられる。
「私の……ルーツを、教えてください。私が、どこで誰から生まれて……今こうしているのか」
アーカーシャはその質問に一度目を閉じた。
膨大な量の情報がその身にあるのだろう、私個人のものを引っ張り出すには時間がかかるようだ。そう思ったが彼女が目を閉じたのはほんの三秒くらいだった。
瞳を開けた彼女は、よどみなく告げた。
『ありません』
……え?
『ありません。なにも、あなたのルーツはどこにも存在しない。すべての世界、すべての時間、すべての空間にあなたが生まれた記録はありません』
「そんなバカな! アーカーシャ様、姉上はこうしてここに存在しているのですよ!? 皇帝の霊廟にも入ることができた。確かな王の血筋なのです」
ぽかーんな私に代わってリヴェルト陛下が声をあげると、アーカーシャは。
『何度、彼女を調べても生まれた記録がありません。はじめて貴女がこの世界に現れるのは十五年前、ラディス王国王都の郊外。記録は、突然そこからはじまります』
十五年前? 私は……おそらく四歳くらい。そしてそれは最初の記憶である教皇と別れたとき。じゃあ、その前は?
『貴女の細胞は、皇帝家の遺伝子で組み上がっている。血族の記録がその身には刻まれているようです。ですが、はじまりはどこにもない』
ソラさんと落ちたルーツが見れるという穴で私達はどこにも辿り着かなかった。だから私はどこかでこの結果を予想していた。
けれど、だとしても……私って本当に『なんなんだ?』。




