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■5 生と死の匂い(sideグウェン)

 私は耳を疑った。

 ガードナーが失踪したことにも驚いたが、なにより解せなかったのが彼の捜索を皇帝陛下自らが下したことだ。

 確かに、我々は世界の秘密に誰よりも近づいている。情報漏洩の恐れはある。だが、その機密情報はその秘密を知らぬ人間に話そうとすれば声がでなくなる呪いがあらかじめかけられているのだ。ある程度把握している中央議会から出るのならばまだ話はわかるが……。


「皇帝陛下の命ということは、すなわち……」


 皇帝家の始祖である『賢者』が関わってくるはずだ。

 異世界より訪れる異世界の民でありながら、異界の民を女神から守るために帝国を建国した。賢者殿は遥か昔から変わらぬ姿で生きている。

 ガードナーは、賢者殿が動くほどの件に関わっているのだろうか?

 失踪したということは、ガードナーは皇帝家、ひいては賢者殿に不都合な何かを隠すために姿をくらましたと考えるのが自然だった。

 しかしそこまで考えて、私は首を振った。

 ガードナーはなによりも命を大事に考えていた。常々死を恐れ、あたりまえの幸せを願い……そして先日、それを手に入れたばかりだ。愛する人を危険にさらしてまで、彼がそんな件に関わるだろうか? 不意にかかわってしまったとしても、彼の性格を考えれば不思議なことこの上なかった。


 ガードナーは、己の考えを曲げてまで失踪しなくてはならなかった大きな理由があると思いつつも、一騎士である私に勅命を退ける力はない。モヤモヤとした心境のまま、ガードナー夫妻を捜索することになり、最優先任務としてしばらく私は彼らの足跡を追ったのだ。

 だが不思議なことに、彼らの足取りは皇都を出た後からぱたりとなくなった。

 ガードナーは優秀な部下だったが、ここまで綺麗に足跡がないとなると、消えたとしか考えられなかった。彼自身は魔法のような異能を持っていなかったはずだし、アイテムを使えばそれはそれで足跡が残る。奥方はどうだったろう……普通の家の出身で、特別な能力があったとは聞いていない。

 奥方の実家も娘が消えた理由にまったく心当たりがなかった。新婚で幸せな娘の姿をつい先日まで見ていた家族らは二人を心配して泣いていた。その姿に偽りはないだろう。


 本当に、彼らはどこへ消えてしまったのか。

 懸命な捜索も虚しく、私は八年もの間彼らを見つけることがかなわなかった。そして彼らが失踪したその日から私は永遠に彼らと会うことはできなくなったのである。


 あれから八年の月日が流れた年。

 私はすっかりガードナー夫妻の事を諦めていた。皇帝陛下からの命は下ったままだが、その命の優先順位は年々下がり続け、今では任務の最中などに彼の情報が手に入れば報告するようにというところまで落ちている。


 正直、見つからなくて心配する気持ちが半分、見つからなくてほっとしている気持ちが半分だ。なにか理由があって逃げているであろう彼らを私が見つけることで、夫妻が不幸になる姿を見るのは気が重い。


「将軍、任務お疲れ様です。あ、どうぞこちらへ」

「かまわん。馬車は他の者へ回せ」

「ですが……」


 言い淀む部下に、私はその辺で腰が抜けて座り込んでいる哀れな新人の騎士を担いで見せた。


「大丈夫だ。私とこいつら、馬車が必要なのはどちらだ?」

「……そうですね」


 『生きている』数名を馬車にねじ込み、『死んだ』数名へ黙とうをささげた後、私は国境から皇都へと戻って行った。何年たっても、やることは変わらない。あれからガードナーのように気骨のある部下はまだ現れない。

 虚ろな瞳のままで、すり切れた心のままで、日々疲弊して、死へ向かってしまう。そんな部下達を私は責めない。私ですら、もうずっと虚ろのままだ。私を殺せる者が現れた時、私はあまり抵抗しないだろう。


 何度も同胞を見送った。

 家族にも理由を話せず、一人孤独に国境線へ駆り出され、国からは栄誉職のように扱われている。

 私は再び重い体を引きずって、一人で暮らすには広すぎる屋敷に戻った。私は天涯孤独だ。一時期、リフィーノ姓を引き継いだ頃、親と慕う老婆と彼女が息を引き取るまで共に過ごした。それからはまた一人っきりだ。うんと若い頃は、恋をしたこともあったが私がリフィーノである以上、彼女と結ばれることはなかった。

 誰かにリフィーノを引き継がせる気もない。

 最後まで私は一人きりだ。


 明かりの一つもついていない寂しい屋敷。ハウスキーパーを雇ってはと言われたがたとえアンドロイドであっても他人を家に上げたくない。そもそも私は機械があまり好きではないのだ。最低限の物はあるが、ほとんどが調理や掃除用の家電製品である。便利ではあるがアンドロイド技術が向上してからは無用の長物となった掃除グッズで休日は屋敷中を掃除して回るのが私の日常だった。

 静まり返った庭に足を踏み入れて、ふと背筋が震える感覚を覚えた。

 思わず腰に佩いたままだった剣の柄に手をあてる。


 ……誰か、いる?


 泥棒、なども考えられたがセキュリティが人のプライバシーをおかしがちなこの皇都で盗みを働くバカはいない。それに盗みを働く意味もない。万人がほどほど安定した生活を送れるこの国で泥棒になるのはリスクがあまりにも高すぎるからだ。

 怨恨か、そもそも私になにか用事があるのか。それにしたって明かりもつけず忍ぶようにすて身を潜めているのに疑問が残る。隠れるということは己が卑しい存在であると示しているも同然だ。


「……そこにいるのはわかっている。私に何か用か?」


 敵意や害意があるかわからないが、ひとまずは冷静に確認する。

 物陰で、小さな影が一つ動いた。思ったより小さい影だった、自分の半分ほどしかない。子供か? 予想外の影に私は一瞬油断してしまった。

 ひゅっと風を切る音が響き、ほのかに届く月明かりで閃が煌めく。その軌道はとても美しく、見惚れそうになるが、咄嗟に剣を抜いて防御した。鋼のぶつかり合う音が響く。

 小さな影は、迷うことなく私の喉を裂こうと狙っていた。冷や汗が流れる。死を恐れたことはあまりない。虚ろな人生だ。だが、何度も立った国境の戦場よりも今がとても生と死の匂いを感じられた。

 ドクドクと心臓がうるさくなる。

 ああ、私は生きているのだと感じた。


「……へぇ、父さんが言っていた通り。めちゃくちゃ強いじゃんおっさん」


 やはり子供の声だった。声変わりもまだ終わってなさそうだが、おそらく少年だろう。

 風に流れた雲間から月明かりが届く。私にナイフを向けたままの少年は……美しかった。黒い髪に琥珀の瞳、片目は眼帯をしていたが顔立ちが損なわれることはなく、目にするものをすべて吸い込むかのような異質な魅力を宿していた。


「君、は……?」


 あまりのできごとに少年の整い過ぎた容姿も相まって呆然としてしまう。少年はそんな私を見て少し笑うと素早い動きで重い凶刃を振るった。不意打ちであったのもあるが、あまりにも高い力量に息もできない。あっという間に地面に転がされ喉元にナイフの先が突き立てられた。


「騒ぐな。しゃべるな。報告するな。……俺達をかくまえ、リフィーノ将軍」


 この子は一体誰なのか。

 子供らしくない必死の形相と脅すのに慣れない低い声音。あまりにも異様な気配を放つ眼帯の奥の瞳……。そして私は、茂みの奥のもう一人の存在に気がついたのだった。


グウェン視点の過去話が長めになりそうです。もう少し一話に詰めようとしたのですが、しばらく体調不良が続いているため(夏バテの診断でした)、短めに切ることにしました。ご了承ください。

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