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*23 美しき英雄

「お帰りなさい、シア」


 教皇様にまるで久しぶりに実家に帰ってきた娘を出迎える母親みたいな対応をされた私は、思わず作った笑顔を引きつらせてしまった。

 もう二度と来たくないとさえ思う、ガリオン大聖堂。ついに辿り着いてしまった。戻ってきてしまった。一瞬、顔が見えた司教様は渋い顔をしていた。だが、こうなることは予想していたのか次に視線を戻したときには司教様の姿はなかった。

 女性聖騎士、名をカーネリアさんと言うらしい。

 カーネリアさんは、任務を終えるとさっさといなくなってしまった。三十前後だろうと思われるが、周囲の聖騎士の態度をみると、かなり地位は上の方なのかもしれない。仕事は他にも沢山あるのだろう。彼女と入れ替わるようにして現れたのが、笑顔の教皇様だった。

 そして『お帰りなさい』である。

 なにがお帰りなさいだ。今すぐ家出してぇわ。


「……教皇様、色々と……お話、聞きたいのですが」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。私も、王都へ戻って≪色々と≫知ったあなたと、お話がしたいわ」


 にっこり。

 胃がむかむかする。

 穏やかで優しい笑顔なのに、これほどうすら寒く、胡散臭いと思ったことは他にない。感情がこもっていないのか、それとも感情はこもっているけれど私には理解できない場所にある感情ゆえに私がそれを感じられないのか。


 ただただ、気味が悪いと思う。


「……うぅ」

「リゼ、大丈夫か?」


 教皇様と対峙する後ろで、リゼがふらつき、ルークが支えてやっていた。

 前にリゼ達を連れてこなかった理由が、魔力脈だ。カーネリアさんから事前に対策を施してもらっているおかげか、レオルドとリーナに今のところ悪影響はないが、リゼは乗り物に酔ったような症状があらわれていた。早いところ、まだ信用のある司教様に処置をしてもらいたい。


「あらあら、可哀想に。あの子の中に潜む悪魔が悪さをしているのね」


 可哀想に。

 哀れむ言葉は、胸を痛めているかのような声音だったが、少しだけ白々しさも感じる。


「でももう大丈夫よ、リーゼロッテさん。ここにいれば悪魔も光と変わり、女神が天へと連れ去るでしょう。心配することなんてない、永遠の安寧を得られるでしょう」


 教皇様の微笑みに、リゼはルークの袖をぎゅっと握った。

 永遠の安寧という言葉が、なんだか受け入れ難い。教皇様の口から発せられると、なんだか怖さすら感じる。教会にとって滅ぼさなければならない悪魔を宿した人間が、最後どうなるのか。


 私はずっと避けまくっていた教皇様を自ら誘って、会談の場を得た。

 もうなにがなんでも、一刻でも早くリゼを教皇様から引き離して、司教様のところへ連れて行って欲しかった。




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 はかったかのようにあの紅茶が出されたが、一切反応しなかった。そんな私に、教皇様は少しつまらなそうな顔をした。司教様が言っていた通り、なかなか中身はサディスティックな一面がありそうだ。

 吐きそう。


「健気ねぇ、本当に健気」


 ずずー。

 返事したら負けなやつ。

 哀れみも嘲りも、反応をみて楽しむタイプの人間には無視が一番いい。どんな感情も向けたら餌にされるだけなのだ。いかれていると思うが、そういう人種は一定数いるのもである。


「優しい子はね、他人のために尽くすことができるの。自己犠牲は美しい。後世まで語り継がれる英雄のように……当人は犠牲の果てに人々の記憶と記録の中に消えていくけれど」


 立派な銅像と英雄譚。

 長く語られ、記憶に留まり続ける名前。

 若くして死を迎えようとも、普通に生きるよりもその存在は残り続ける。


 ……私個人としての考えを言うならば、否定も肯定もしたくない。それが必要な瞬間は確かにあって、でもその後に残るものが果たして美しいものだけなのだろうか。


「世界には、その美しさが必要なのよ。いつの時代も、人々は英雄を求めるの。醜いものを打倒し、世に平和をもたらす存在を。英雄譚が綴られるのを待っている。世界は汚いものを決して許さない。歪み、はみ出したものを許さない。求めるわ、縋るように求めるの≪美しき英雄≫を」


 教皇様は、手元からコマを取り出した。チェスなどに使うような小さな人形のコマだ。


「昔々、あるところに邪悪な魔女がおりました。魔女は大地を枯らす恐ろしい呪いの力を持っていました。人々は女神に祈りました。どうか、あの邪悪な魔女を倒す英雄をお与えくださいと。女神は応えました。特別な力を持った英雄は、邪悪な魔女を倒し、世界は平和になりました。めでたし、めでたし」


 こんっ、と黒いコマが白いコマに倒された。


「昔々、あるところに瘴気を放つ恐ろしいドラゴンが現れました。村と人を踏み荒らし、山を燃やす恐ろしいドラゴン。人々は女神に祈りました。どうか、あの恐ろしいドラゴンを倒す英雄をお与えくださいと。女神は応えました。特別な力を持った英雄は、恐ろしいドラゴンを倒し、世界は平和になりました。めでたし、めでたし」


 こんっ、と黒いコマが白いコマに倒された。


「大聖堂には多くの英雄譚が保管されているの。記録が始まった古い古い時代から積み上がった英雄譚。どこかにあらわれる恐ろしく悪いもの、それを倒す特別な力を授かった英雄。どの時代、どの英雄譚でも悪しきものが英雄に勝つという話はない。記録としてもない。当然ね、人々の祈りで降臨した女神は、特別な力を英雄に与えるのだもの。負けない、絶対に負けない」


 それはまるで、最初から描かれていたシナリオのように、なぞるように完璧に。

 ゾッとする。

 創作ならば、それはありえるだろう。主人公が死んでしまっては物語は続かない。ストーリーとして綺麗にまとまらないことが多いだろう。けれど彼女が語るのは、そういうことではないだろう。

 史実、記録として残る英雄譚を語っている。

 英雄が敗北しない物語を。


「史実の中の英雄譚のその続き。邪悪な魔女を倒した英雄は、最期に魔女の呪いの言葉を受け、呪い殺されてしまいました。人々は英雄の死を嘆き悲しみ、英雄を称えるために像を建て、その雄姿を語り継ぎました。英雄はそれから数百年以上、名と功績を残し続けました」


 こんっ、と白いコマが倒された。


「そして恐ろしいドラゴンを倒した英雄は、ドラゴンと戦ったときにつけられた傷が悪化し、死にました。人々は嘆き悲しみ、英雄の雄姿を描き、吟遊詩人は語り部となりました。英雄の名と功績はそれから数百年以上、吟遊詩人と共に風のように語られ続けました」


 こんっ、と白いコマが倒された。


「英雄は悪には負けない。けれど、激しい戦いの中で負った傷などが原因で命を落とす。名誉の死を遂げる。人々はその美しさを称え、記憶し、記録に残す。英雄は語り継がれる……」


 彼女が手をかざすと、コマは消えてなくなった。


「よくできた物語。すべてが完璧にハッピーエンドで終わる物語よりも、悲劇的に終わる方が人の記憶には残りやすい。自分を守ってくれたもの、偉大なる人、その人の死を人々は嘆き悲しまずにいられるでしょうか? 人々の中に英雄がいる限り、世界は光を保ち続けるわ。……でも、それでも人は薄情なもの。いつかは忘れてしまう。そして……次の悪しきものが現れ、英雄を望む声が生まれて、英雄譚は続いていく」


 それはまるで、魔王と勇者と聖女のよう。

 魔王は復活する。一時的に倒すことはできても、大陸中から瘴気をかき集め、いつかは復活する存在とされている。そのたびに勇者と聖女は選ばれる。

 英雄と同じように。


「……ふふ、ごめんなさいね。あなたをみていると、この話を思い出してしまうの。今は私の独り言より、あなたの話ね。さあ、どうぞ。答えられることなら、今なら答えてあげられるわ」


 意味深な独り言を披露してくれた教皇様を苦々しく思いながら、私は口を開いた。


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