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*19 手の込んだドッキリ

 横に動く扉に驚きながらも先へ進むオルフェウス様の後を追って部屋の中に入った。相変わらず材質のわからない固い床で、靴音が高く鳴る。


「……あれ?」


 目に映るものすべてが見たことのない不思議なものばかりだったが、不意に鼻孔をくすぐった香りには覚えがあった。


 コーヒー?

 慣れ親しんだ香りだ。でも教皇様や司教様の話を聞いてずっと引っ掛かってもいる。

 帝国人の多くが好むというコーヒーの匂いを……。


「顔を合わせるのは久しぶりだな、ヒース」


 部屋の主は背もたれのある黒い椅子に座っていた。一般家庭でよく見るタイプの木製のものではなく、革製で弾力のありそうな椅子で、これもまた材質がよくわからないものを一部使用しているようだった。

 オルフェウス様が声をかけたが、ヒース・ディーボルトは振り返らなかった。こちらに応えることなく、なにやら一心不乱にカタカタと音を立てている。


 なんの音?


「……ヒース。聞こえてないのか?」


 何度か声をかけても反応がないので、オルフェウス様がヒース様に近づく。私もそっと後ろに続いた。ヒース様と思われる人物の前には薄い箱型のモニターがある。ずいぶん小型だが、ギルド大会で使われていたものと同系統だろう。その前には長方形の板があり、見慣れない文字のようなものが印字されたボタンがいくつも並んでいて、彼は手元を見ることなくボタンを叩いていく。それに連動するように、モニターに映し出された読めない文字が綴られていっていた。


「ヒース!」


 オルフェウス様は彼のすぐそばで大きめの声を出したが、彼はちらりともこちらを見ない。よく気づかないものだ。それとも気づいていて無視しているのだろうか?


 シャカシャカシャカ。


 どこからか音楽が聞こえた。遠くから聞こえているのか、はっきりとは届かない。だが部屋は四方壁に囲まれていて、扉も今は閉まっている。どこから聞こえているというのか。


「これか」


 なにかに気がついてオルフェウス様が手をかけたのは、ヒース様の耳を覆っていたものだった。耳あてのようなものを引っ張ると……。


 シャカシャカシャカ!


 音楽が大きく響いていた。どうやら音楽はこの耳あてのようなものの中から響いていたようだ。


「うわっ!?」


 ようやく自分以外の人間が部屋にいることに気がついたのか、彼は少し驚いたような顔をしたが見知った顔が睨んでいると知ると、溜息を吐いた。


「……しんどいヤツが来た」

「誰がしんどい奴だ。お前の方がよほどしんどい奴だろうが! それと大音量を耳元で聞くなと何度も言っているだろう。耳を悪くするぞ!」

「チッ、オカンめ」


 ヒース様は渋々といった様子で耳あてのようなものをはずすと両肩にかけるようにして、こちらへと体を向けた。耳あてのようなもについていた小さなボタンを押すと音楽は聞こえなくなった。

 色白で細く、座っているから少しわかりにくいが背は高めでたぶん猫背。髪は少しぼさっとしたざんばらな肩ほどの長さで、半分黒、半分白という奇抜な髪の色をしていた。こんな髪色はありえないので、なんらかの方法で染めているのだろう。三白眼の瞳はなにを考えているかわからず、表情だけでは彼の内面は察することが難しいだろうと思った。

 はっきり言ってしまえば、第一印象は『不気味な男』である。


「俺達のことに気がつかなかったようだが、なにをしていたんだ?」


 ちらりとオルフェウス様がモニターに映し出されている読めない文字だけの画面を見た。


「見りゃわかるだろう、新規開発中のプログラムだ。これがうまくいけば今まで難攻不落とされていた帝国中枢のデータバンクに侵入できる。スパコンと戦争なんて胸が躍るが、今は無茶して死ぬときではない、トロイとデコイでも置いておけばこっちで穴あけりゃいいだけの話だ」


 帝国中枢のでーたばんく? ってなに。

 すぱこんと戦争? すぱこんなんて国あったっけ?

 とろいとでこい…………うん、オルフェウス様の言う通り、彼の言うことは八割以上理解できそうにない。

 まず、ぷろぐらむてなんぞ。


「……まあ、いい」


 聞いておいてなんだが、オルフェウス様も理解は早々に諦めた。


「話は通っているだろう? 聖女シア・リフィーノを連れてきた」


 紹介がはじまったので、慌てて佇まいを直し、頭を下げた。


「シア・リフィーノです。このたびは無理を通していただいてありがとうございました」

「…………」


 返される言葉はない。

 気分でも害してしまっただろうかと、そっと顔をあげるとヒース様はぶすっとした表情で、私から少し目をそらしていた。

 あれ? やっぱり私、なんかやった?


「はぁ……気に病む必要はないぞ。ヒースは昔から初対面には人見知りするんだ」


 なるほど、リゼの簡易版か。あの子もしっかりと目を見て話すのは苦手だ。そういう相手の目は捉えちゃいけない。少し外してあげるのが、相手に圧をかけなくていい。

 逆に相手に圧をかける目的、交渉などはしっかりと目を見て話すのがよろしい。

 なので私はあえてヒース様の口元を見ながらの対話を試みた。


「ヒース様に調べて欲しいことがあるのです。それと少しお聞きしたいことも」

「ん、まあ……吾輩で答えられるものなら、まあ……」


 ふんふん。内向型ではあるが、言いたいことは言えるタイプかな。無遠慮にテリトリーを踏み荒らさなければけり出されはしないだろう。他人に恐怖を抱いているパターンでもない。他人との会話に慣れていないから、どう接すればいいか考えているだけだ。

 かといって自分の印象をあげようとしての意味ではなく、こちらが見られているパターンだ。相手がどういう人間が把握し、こちらにどう転がすのが自分にとって有利となるか……計算高い方の人見知りのような気がする。

 だってリゼと違ってこちらを盗み見ようとする視線がわかりやすくチクチクするのだ。


 ヒース様の人となりはひとまず置いておいて、私は持ってきたあのいわくつきと言われた家系図が綴られた魔道具の入った箱を取り出した。

 取り出した時点で、ヒース様が眉を寄せた。


「ルーン魔法の気配がするな」

「え、えーっと、こちらなんですけど」


 少し怖かったが箱を開けた。そこには前に見た通りの巻物のような魔道具が収められている。黒いドロドロが出たりはしていない。なんの変化もないまま。逆にそれが不気味でもある。

 ヒース様は、警戒することもなくそれを手に取った。


「……やはり、ルーン魔法だな。異世界ルーンで発展した魔法技術だ。しかし、これは」


 気になることがあるのか、魔道具をくるくる回しながら観察している。

 異世界ルーン、か。この大陸には多くの異世界人が召喚される。なぜ、異世界人がここへ呼び出されるのか、今でもわかっておらず帰り方もわからない。ゆえに、召喚された異世界人は元の世界に帰れずここで生涯を終えることになる。ラディス王国は特に異世界人が降り立つことの多い国で、王都や各地に異世界人が集まって暮らす集落などがある。年月が経てば純血の異世界人はいなくなり、多くが異世界系一世、二世と続いていくことになるが。

 王都にも、特に多い異世界日本から召喚される日本街が存在する。文化や言語も影響を強く受け、漫画などの文化も日本発祥だという。

 異世界ルーンは、召喚される人数が少ないため、あまり知られてはいないが、かなり高い水準の文明があり、難解な魔法を使えるとされる。


「ルーン魔法を中心に、ヴェリスタの技術とエルの特殊素材ダークマターも使われているようだな。巻物の形態は日本のものに近いが……文字に使われているのは墨汁か?」

「そうなるとその魔道具には、多くの異世界の技術が使われているのですか?」

「この大陸のもので作ることはできないだろうな。解析魔法も完璧には使えん。異世界の知識がなければ、そうとは気づけないからな」

「先にそれを調べてくれた方は、それをいわくつきだと言っていましたけど」

「人間、未知なる不可解な現象を呪いなどと言ったりするだろ。同じことだ」


 知識がなければ人はそれを恐れる。現象の理由を知っていればなんてこともないようなことも、昔の人は恐れ、悪魔だ呪いだと震え、生贄を捧げたりもしてきた。

 それと同じことだと彼は答えた。

 魔道具の外観を調べたあと、ヒース様は中身を確かめはじめた。その内容に苦い顔をする。


「この魔道具、あらゆる異世界の技術を詰め込んでいるというのに、使い方はただただ下品だな。なんというかイタズラ目的のような……」

「い、イタズラ?」


 私のアイデンティティがここで出てくるとか。


「イタズラ、というかおもちゃというか。脅かして楽しんでいたんじゃないか?」


 あん?

 じゃあ、黒いものが溢れだしてきて驚いてホラーだと思ってテンパった私は、ドッキリ成功ってことか!? 仕掛けたやつ誰だぁ!?


「ま、中身を見ると伝えたいことがあったが、ただ伝えるだけではつまらなかったのでついでに脅かしといた。そのためにわざわざ異世界の技術の粋を結集させた魔道具を作って仕掛けた。とかな」

「手の込んだドッキリですねぇ……」


 私をあそこに導いたのは、『彼女』だ。おそらくだが、彼女はこの魔道具を私に渡したかったはずなのだ。じゃあ、ドッキリの仕掛け人は彼女だったのか?

 だけどそれだと疑問が残る。ドッキリを仕掛ける意味はないし、すでに意識的存在でしかないはずの彼女が、魔道具を作ることはできないと思われる。彼女はそこにそれがあるのを知っていて、それを利用したにすぎないのではないだろうか?

 だとしたら、魔道具を仕掛けた者は、私に仕掛けようとしたわけではなかったのかもしれない。

 誰かが仕掛けたものに、私がたまたま当たっただけ……。その方が納得がいく。


「……しかし、魔道具はいわくでもなんでもないが、クレメンテ家の家系図自体はいわくしかないな。ふん、どこの家も似たようなものか」


 魔道具をさっさと解明してしまったヒース様は、面白くなさそうにぽいっと魔道具を私に投げた。慌てて受け取る。


「クレメンテも不運だとは思うが、そもそもクレメンテの始祖が未知なる力に欲を出したのがはじまりだ。ディーボルトもよそを笑えた立場ではないが、血筋自体は自業自得なのだ」

「自業自得……それはもしかして、女神から受け取った七つの悪魔の心臓のことですか?」


 つい口から出てしまった言葉に、ヒース様は目を見開いたのだった。



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