〇22 アイデンティティが死にました
大変なことになりました。
「どういうことなのー……」
今までの訓練や修行をすべて水の泡にされたような事態になった。
「回復魔法は?」
「でません」
「強化魔法は?」
「でません」
治癒術士としてのアイデンティティが死にました。
「スリープとか隠蔽系は?」
「でなーい」
支援補助としてのアイデンティティも死にました。
「マスターは攻撃系魔法は元々使えないんだったけか?」
「使えませーん」
「あれは? 聖獣の森でのジャック戦で使ったやつ」
「傀儡は今試すのは難しいかなぁ」
頑張って転移の魔法は試してみた。それは--
「ん? あれぇ、転移は使えるっぽい」
「なんでだ?」
魔導士のレオルドやアギ君ですら首を傾げる。
魔力はなくなっていないのは、なんとなくわかる。ただ、魔法が発動しないだけなのだ。それも聖魔法系統がのきなみ使えなくなっている。
「は! これは!? 私としての無二のアイデンティティっ」
いたずら系魔法は、絶好調で使えました。
「「「なんで!?」」」
「よかったー、私の個性は失われない」
「ホッとしてるが、お前戦力外になったからな?」
最近、ルークの突っ込みがしっかり入ってくる……。
「そうだ、カピバラ様は大丈夫かな? カピバラ様、おいでー、おいでー」
…………。
「ダメそうだな」
「本当に戦力外になってしまったーー!! 私今日から、治癒術士から芸人になるしかない」
「芸人でも食べていけそうだから、マスターはすごいよな……」
「おっさん、そこはしみじみと言うところじゃねぇ」
ボケと突っ込みが入り乱れる村長宅。騒いで気を紛らわせないとやってられない私と、私の相手をしなきゃいけないルークとレオルドはさておき、アギ君とリーナはしっかりとしていた。
「おねーさんのオーラ、ちょっとゆらゆらしてるです」
「どっか魔力回路の不調かな……。魔力が一時的に消える魔力枯渇症とも違いそうだし。リーナ、姉ちゃんのどこが変か詳しく見れるか?」
「みゅぅ……ゆらゆらしてるくらいしか、わからないです……」
しゅんと落ち込むリーナに、アギ君はちょっと考えるそぶりをしてから。
「んー、これがもしかしたら使えるかな」
懐からゴーグルがでてきた。どうみてもアギ君の懐からでてくるには大きすぎるゴーグルだが、彼は空間魔法が扱えるのでそのあたりは自由だろう。サフィリス伯爵別荘の歪んだ空間もなんとかできないか相談はしたが、それはアギ君でも難しいという話だった。
「試作段階でデザインダサくてゴツイけど、これには装着者の魔力を高めて視覚能力を高める力があるんだ。魔力が低い人間が、隠された結界とかそういうのを見破るのを想定して作ってるけど、リーナの目ならまた別のものが見えるかもな?」
「やってみるです。--みゅぅ……おもいですぅ」
と、着々と私の不調について調べてくれている。可愛い……じゃない、頼もしい。
「はあ……問題は山積みだのぅ」
疲れ切った老人のようにしわがれた顔になってしまった村長が、キャリーさんが淹れたお茶を飲んでため息を吐いた。村に到着した時点で、疲労の色が濃かった村長だがさらに深刻になっている。不眠にもなっているようで、メイドで潜入する前に疲労回復効果のあるポーションやハーブティーは作って置いていったけど、やはり気休めにしかならなかった様子だ。
そりゃ、娘は軟禁状態、村には圧力をかけられ迂闊なこともできず、伯爵の目を盗んで知り合いに助けを求めて走り回ったりと懸命に頑張っていたのだ。しかし終いには村を囲まれ緊張状態は最高潮である。しかも村を囲んでいるのは赤ん坊のころから知っている村の子供だった一人なのだから心労も半端なかろう。ちなみにヴェルスさんのご両親は仕事の関係で村を出ているそうだ。
このままだと、村長のわずかに残った髪がすべて抜け落ちてしまいそうで可哀そうなのでなんとかしたい、早々に。
「リーナ、なにか見える?」
現状、なんとか情報がでそうなのはリーナの目である。なにかわかればいいんだけどと思いながら聞くと、リーナはアギ君にゴーグルを支えてもらいながら私を見て、ちょんと首を傾げた。
「えっと……なんにもみえなくなったです?」
「え?」
どういうことだろう。アギ君の説明によれば『よく見えるようになるゴーグル』のはずだけど。
「試作品とはいえ、そこそこの機能は使えるはずだけど……。こんなときに限って不具合とか」
一度リーナからゴーグルを外してアギ君が自分で試運転すると。
「リーナ、普通に機能してるぞ」
「そ、そんな……りーな、ごーぐるへたです?」
「もっかいやってみろよ。ピントは一緒にあわせてあげるから」
再びアギ君に手伝ってもらいながらリーナはゴーグルを装着した。
けど。
「なんにもみえないですよう……」
「おかしいな。リーナ、一緒にのぞこう。ちょっとずらして」
がっくりするリーナの隣に屈んで同じゴーグルをのぞいたアギ君だったが、少しの沈黙のあとに若干怒ったような空気が流れた。彼に味方する風の魔力がアギ君の周囲に急激に集まっていく。
「あ、アギく--」
「なんであんたが邪魔してんだ!!」
「うわっ!?」
何事かと声をかけようとした瞬間、アギ君の風が爆発した。シールドが今は発動しないが、しっかりとアギ君は自分の魔法をコントロールしていたので、村長の家の中が少し荒れた程度ですんでいる。
「あ、あれ……ちゃんとみえるです」
「そりゃそうだよ。リーナがゴーグルのぞくときだけわざと邪魔してたやつがいたからな」
「え? アギ君それどういうこと?」
「リーナには見られたくない、もしくはリーナにだけ認識できるなにかを隠したかったんじゃないの」
ふんっとアギ君は鼻を鳴らした。
「なんかが邪魔してきてたの? じゃあ、そいつが私の聖魔法を封じてるのかしら」
「そこんとこはわかんない。だって、悪いやつじゃないと思ってたし」
「うーんと、私まだちゃんとわかってないんだけど、その邪魔者って誰のこと?」
アギ君はこっちを見ずにしかめっ面で私の後ろあたりを指さした。
「たぶんそこにいると思う。本気出したくないからやらないけど……姉ちゃんの守護霊」
なんだとーー!
まさかの私のそこそこイケメンでベルナール様にちょっと似てるかもしれない守護霊さんが!?
「なんで邪魔してたんだろう」
「知らない。俺の開発品にケチつけられたからうっかり怒ったけど、よく考えたらなんかわけありなのかも」
私の聖魔法が使えないのは、その守護霊さんのしわざなのか? なんで?
「……あぶないからです」
ぽつりと、声が漏れて私達は声の主を見た。リーナは、ゴーグルをのぞいたまま突っ立っている。
「リーナ?」
「このちにねむるものをおこした、おろかものたち。きみたちが、そうぞうするいじょうに、それはきけんで、おそろしいもの。せいじょが、ふみこんではならないばしょ。なによりもそれは、めがみを--」
リーナのようでいて、リーナではないなにものかの言葉がたどたどしい口調のままで紡がれる。一体、誰の……。誰もが口を挟めない中、言葉の途中でリーナの体が傾いだ。
「リーナ!」
慌てて一番反射神経の高いルークが受け止めた。心配になってリーナをのぞきこんだが、すやすやと寝息をたてているだけで、なんともなさそうだ。
「この地に眠るものってなんだ? レオおじさんと姉ちゃんが持ってきた資料で色々書いてはあったけど、いまいちよくわかんない部分が多いよな」
確かに。いわくつきであることは確かだ。けど伝承とかあやふやなところが多い。
「村長さん、落ち着いたら話を聞きたいと思っていたんです。……なにか、この地に眠るものについてご存じのことはありませんか?」
リーナの様子に面食らっていた村長は、息を呑んで静かに深く息を吐いた。
「いや、わしも詳しいところはわからんのだ。この地を呪った怪物がいるとか、それは悪魔なのだとか。そういうことくらいだ」
村長ですらベルナール様達が調べ上げたこと以上のことは知らないようだ。あまりにも古い話のせいか、それとも誰かが意図的に操作したのかは分からないが。
「あーもう、とんだ役立たずになってしまった。これからどうすれば……」
頭を抱える私達に追い打ちをかけるように、村長宅の窓を叩いたふくろう便はとんでもない内容を送ってきていた。
『ダミアンとサラさんの結婚式の日取りが正式に決定した』




