「ムーンライトのエスキス」
「ねぇねぇあなた本気なの? 信じられない」
アスキスは言う。
「世界をジョッキで飲むだなんてどういう了見? 頭が悪いの?」
アスキスの素描は言う。
「ピラミッドの砕いたやつ食べる? いらないんだ」
エスキスの客体は言う。
「ノリ悪いなー。なんだか、腕にポッカリと穴が開いたみたいに空虚」
ジョッキの淵に残った泡に見える物は、実は群集した夥しい鋏角類剣尾目の卵。すべての足にハサミがある眷属のものだと、形象も写生も言った。
「知ってる? この種族の男性器って、圧すだけで瞬時に出ちゃうの」
もっとも繁栄した種族は昆虫と甲殻類なのに、とどちらかが言う。
だけどジョッキの表面は、希ガスや水素の結晶で輝いている。
よく冷えていておいしい。
「こんな夜には月が出てると綺麗なのに……凍てた月こそ最高だと思わない?」
それは確かに真理。でもパリと日本海が一万マイルほどしか離れていなかったころの話だ。
ふかふかに揚げた珪素をつまみながら、偶像が鏡像と織り成した薄い縞瑪瑙が言う。
「キスしてもいい?」
ダメです。




