「目覚めた力を……」
『彼』はいつも星の夢を見ていた。
その星は『彼』の身体を温かい光の粒子で包みこんで、いつだって暗い、そのどこまでも続く闇の世界の中で、ふとすると存在を忘れてしまいそうになる『彼』自身の身体の輪郭を、柔らかく浮かび上がらせていた。その光は時おり燃えているように激しく揺らめいて、『彼』の意識が霧散していくのを妨げた。『彼』には意識のあるということが、実に邪魔でならなかったのに。
『彼』は眠っていることを自覚していた。
だからここが夢の中なのではないかとも思っていた。
しかしどうして、「夢」という存在を知っているのかは、『彼』自身にさえ分からなかった。「夢」の存在を知っている者は、一度でもどこかへ目覚めたことのある者だけのはずで、『彼』は目覚めるという概念さえ、まだ知らないはずだったからだ。
たぶん……、
たぶんそれはこの星のせいなんだ。
この星は目覚めたことがあって、その光を受けているぼくが、知っていると思い込まされているだけなんだ……。
『彼』は頭の片隅でいつも思っていた。
ずっと頭の片隅で思っていた。
そして思っている自分の存在がいつまでも、消えなかった。
いよいよ星の輝きが強くなり、その光の揺らめきも絶え間なく忙しくなったとき、『彼』はその星が「もう終わり」なのだと知った。これも多分、知っていると思わされているだけなのかもしれないと『彼』は思った。
星から最期の光が溢れ彼を巻き込んで炸裂したとき、『彼』は自分が暖かな流れのなかに飲み込まれるのを感じていた。
『彼』は目を開けなければと思った。
だが、目とは何だったか、『彼』にはしばらく分からなかった。
いや、口も膝も、その他の全身がしばらく、解らなかった。
「身体」というものがあると、それでもどこかで知っている今の自分が、不思議でならなかった。
――開けろ、という声を聞いた気がした。
目を開けろ。光を、君に取り戻せ。
『彼』は重く感じる何かを開いた。
途端に眩暈が――衝撃の渦が――全身に巡った。
『彼』は身に輪郭が出来るのを感じた。
皮膚を感じた。
自分とは異なる物が辺りに満ちるのを感じた。
恐怖が、皮膚を泡立たせた。
彼には見える物が理解できなかった。
色という、刺激が彼の中を焼いた。
それは、濃い緑だった。
『彼』はその名を知らなかった。
足もとにそれらはざわざわと揺れていた。
彼の手は幾本も中空を流れ、揺れていた。
その手は自身と同じ形をしたものとの間に、渡されてあるようだった。
そうだ、これは「手」だ!
彼にはそれが判った。
中にはとても温かいものが流れていて、それが周りの仲間との繋がりを証明しているようでもあった。
『彼』は自身の胴に風が勁烈に通り抜けるのを感じながら、凹凸のある自分の立つ場所を観察し、仲間を――列を成して彼方まで連なっている同族を――見詰めた。
起きろ!
と『彼』は叫んだ。
手を――繋がれている手を強く握りながら、仲間へと大声で叫んだ。
握っている手がピクリとし、隣の仲間が身じろぎをした。
目を醒まそうとしていた。
彼は、そこではじめて上にある青い天球に気付いた。
これはいったいなんだろうか?
広い! ――どこまでも、ひたすらに。
そうか、これが、「空」か。
『彼』は少し不安になった。
ぼくは、君たちをみんな、起こせるだろうか。
こんなにも大きな「世界」――そう、これは、「世界」だ。
こんなにも果てしない、「世界」の中で……。
でも、と『彼』は思った。
この繋がれた両手がどこまでも広がっていって、この「空」を覆い隠すまでになったら……。
ああ、それはなんて素晴らしいんだろう!!
そして人類と送電鉄塔との、戦争が始まった。




