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掌編は荒野を目指す――ショートショート集  作者: gaia-73
綺陶篇

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34/44

「目覚めた力を……」

 『彼』はいつも星の夢を見ていた。

 その星は『彼』の身体を温かい光の粒子で包みこんで、いつだって暗い、そのどこまでも続く闇の世界の中で、ふとすると存在を忘れてしまいそうになる『彼』自身の身体の輪郭を、柔らかく浮かび上がらせていた。その光は時おり燃えているように激しく揺らめいて、『彼』の意識が霧散していくのを妨げた。『彼』には意識のあるということが、実に邪魔でならなかったのに。

 『彼』は眠っていることを自覚していた。

 だからここが夢の中なのではないかとも思っていた。

 しかしどうして、「夢」という存在を知っているのかは、『彼』自身にさえ分からなかった。「夢」の存在を知っている者は、一度でもどこかへ目覚めたことのある者だけのはずで、『彼』は目覚めるという概念さえ、まだ知らないはずだったからだ。

 たぶん……、

 たぶんそれはこの星のせいなんだ。

 この星は目覚めたことがあって、その光を受けているぼくが、知っていると思い込まされているだけなんだ……。

 『彼』は頭の片隅でいつも思っていた。

 ずっと頭の片隅で思っていた。

 そして思っている自分の存在がいつまでも、消えなかった。


 いよいよ星の輝きが強くなり、その光の揺らめきも絶え間なく(せわ)しくなったとき、『彼』はその星が「もう終わり」なのだと知った。これも多分、知っていると思わされているだけなのかもしれないと『彼』は思った。

星から最期の光が溢れ彼を巻き込んで炸裂したとき、『彼』は自分が暖かな流れのなかに飲み込まれるのを感じていた。

 



 『彼』は目を開けなければと思った。

 だが、目とは何だったか、『彼』にはしばらく分からなかった。

 いや、口も膝も、その他の全身がしばらく、解らなかった。

 「身体」というものがあると、それでもどこかで知っている今の自分が、不思議でならなかった。

 ――開けろ、という声を聞いた気がした。

 目を開けろ。光を、君に取り戻せ。

 『彼』は重く感じる何かを開いた。

 途端に眩暈が――衝撃の渦が――全身に巡った。

 『彼』は身に輪郭が出来るのを感じた。

 皮膚を感じた。

 自分とは異なる物が辺りに満ちるのを感じた。

 恐怖が、皮膚を泡立たせた。

 彼には見える物が理解できなかった。

 色という、刺激が彼の中を焼いた。

 それは、濃い緑だった。

 『彼』はその名を知らなかった。

 足もとにそれらはざわざわと揺れていた。

 彼の手は幾本も中空を流れ、揺れていた。

 その手は自身と同じ形をしたものとの間に、渡されてあるようだった。

 そうだ、これは「手」だ!

 彼にはそれが判った。

 中にはとても温かいものが流れていて、それが周りの仲間との繋がりを証明しているようでもあった。

 『彼』は自身の胴に風が勁烈に通り抜けるのを感じながら、凹凸のある自分の立つ場所を観察し、仲間を――列を成して彼方まで連なっている同族を――見詰めた。

 起きろ!

 と『彼』は叫んだ。

 手を――繋がれている手を強く握りながら、仲間へと大声で叫んだ。

 握っている手がピクリとし、隣の仲間が身じろぎをした。

 目を醒まそうとしていた。

 彼は、そこではじめて上にある青い天球に気付いた。

 これはいったいなんだろうか?

 広い! ――どこまでも、ひたすらに。

 そうか、これが、「空」か。

 『彼』は少し不安になった。

 ぼくは、君たちをみんな、起こせるだろうか。

 こんなにも大きな「世界」――そう、これは、「世界」だ。

 こんなにも果てしない、「世界」の中で……。

 でも、と『彼』は思った。


 この繋がれた両手がどこまでも広がっていって、この「空」を覆い隠すまでになったら……。

 ああ、それはなんて素晴らしいんだろう!!





 そして人類と送電鉄塔(てっとう)との、戦争が始まった。


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