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掌編は荒野を目指す――ショートショート集  作者: gaia-73
綺陶篇

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「洗剤のイメージ」

 

 

「それは洗剤のイメージなんだよ」


 と彼は言った。


「それは、よくわからないな」


 と僕は答えた。


「――何の話?」


 横から志帆が訊き、彼はそれに、


「神さまの吐き出す液体のことだよ」


 と答えて笑った。


「でも、唾液はけっこう汚いものだよ?」


 僕がそう返すと、


「それは聖なるものは汚い、ということかい?」


 と彼は急に問いかけてきた。


「いや、それは知らないけれど……」


 そのやり取りを聞いていた志帆は、少し離れたところから彼に向かって言う。


「その洗剤は合成洗剤なの? うちの水にも溶けるかしら」


 彼は考えるそぶりも見せないで言った。


「溶けるとも」


 実に、すっきりとねと彼は付け加える。


「僕は手を浸したことがあるが、あれは気持ちがよいよ。尚さら手荒れしないのだもの」


 僕は彼のことが羨ましくなり、帰りにコンビニに寄って、コピー機で神さまをネットプリントしようと心に決める。学校の白い百葉箱にも神さまはいるけれど、僕は僕の神さまが欲しかったのだ。


「神さまには名前がないけど、」


 彼は微妙に変った僕の表情に気付いたらしく、彼なりの忠告をしてくれる様子だった。


「君の神さまには名前があるんだよ」


 彼は愁うように寂しく笑う。


「僕の神さまにも名前があるけれど文字数を隠しているんだ。君の神さまもどこかを欠けさせないと、名前のない他の神さまに殺されてしまうかもしれない……」


 僕は少し怖くなって志帆の方を見ようとした。


 志帆は名前を隠そうとしていた。

 彼は志帆に向けて言う。


「もう、遅い。僕たちは悲しいんだ。名前のあるということが」


 液体が辺りに満ちているようだった。

 陽光が妙なところで円く放射する。

 景色がぶよぶよと、歪みながら揺れている。

 

「大気というのは液体だからね、こういうこともあるさ」


 それは洗剤のイメージ――だった。

 汚いだなんて科学的なこと、僕らは知らずに太古から求めたのだ。

 志帆は、液体に溶けながら言う。


「名前を溶かした、水ではね……手荒れをしな、いのよ…………」


 僕は彼と向き合って教室にいる。


「でも、洗い落とすものって、いったい何なのさ?」


 それを聞いて彼は、面白そうにぅふふっと笑う。


「それで僕たちは、自分たちの足を洗うんだよ」

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