「洗剤のイメージ」
「それは洗剤のイメージなんだよ」
と彼は言った。
「それは、よくわからないな」
と僕は答えた。
「――何の話?」
横から志帆が訊き、彼はそれに、
「神さまの吐き出す液体のことだよ」
と答えて笑った。
「でも、唾液はけっこう汚いものだよ?」
僕がそう返すと、
「それは聖なるものは汚い、ということかい?」
と彼は急に問いかけてきた。
「いや、それは知らないけれど……」
そのやり取りを聞いていた志帆は、少し離れたところから彼に向かって言う。
「その洗剤は合成洗剤なの? うちの水にも溶けるかしら」
彼は考えるそぶりも見せないで言った。
「溶けるとも」
実に、すっきりとねと彼は付け加える。
「僕は手を浸したことがあるが、あれは気持ちがよいよ。尚さら手荒れしないのだもの」
僕は彼のことが羨ましくなり、帰りにコンビニに寄って、コピー機で神さまをネットプリントしようと心に決める。学校の白い百葉箱にも神さまはいるけれど、僕は僕の神さまが欲しかったのだ。
「神さまには名前がないけど、」
彼は微妙に変った僕の表情に気付いたらしく、彼なりの忠告をしてくれる様子だった。
「君の神さまには名前があるんだよ」
彼は愁うように寂しく笑う。
「僕の神さまにも名前があるけれど文字数を隠しているんだ。君の神さまもどこかを欠けさせないと、名前のない他の神さまに殺されてしまうかもしれない……」
僕は少し怖くなって志帆の方を見ようとした。
志帆は名前を隠そうとしていた。
彼は志帆に向けて言う。
「もう、遅い。僕たちは悲しいんだ。名前のあるということが」
液体が辺りに満ちているようだった。
陽光が妙なところで円く放射する。
景色がぶよぶよと、歪みながら揺れている。
「大気というのは液体だからね、こういうこともあるさ」
それは洗剤のイメージ――だった。
汚いだなんて科学的なこと、僕らは知らずに太古から求めたのだ。
志帆は、液体に溶けながら言う。
「名前を溶かした、水ではね……手荒れをしな、いのよ…………」
僕は彼と向き合って教室にいる。
「でも、洗い落とすものって、いったい何なのさ?」
それを聞いて彼は、面白そうにぅふふっと笑う。
「それで僕たちは、自分たちの足を洗うんだよ」




