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掌編は荒野を目指す――ショートショート集  作者: gaia-73
夢叢篇

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26/44

「俺たちの傷跡」

 俺が、むかし愛した負傷について思い出したのは別に何も特別なことは無くて、ただその小指が差し込まれたコンセントから青い光がパッと散った16年前の朝から、ニヤニヤしながら彼女がやって来たからだった。ていうか綺麗になり過ぎていて最初誰だか分かんなかったのだが、よくみると首筋に俺の付けた傷跡がちゃんとあったのでそれが紗江ちゃんだと分かった。

 紗江ちゃんはあのころの俺――というのはつまり幼いじゃりっ子だった俺にとって天使や女神みたいなものだったろう。愛しい笑顔、愛しいその匂い。そのころの俺たちはなるべく一緒に居ようとし、トイレにいっしょに入ろうとしては怒られ、同じ家に帰ろうとしては怒られていた。なんというか、腹違いの双子。生まれる家の違っただけの半身のような気がしていたから。ただイケなかったのは紗江ちゃんには痛覚がなかったことだった。俺も無いふりをした。ふたりは傷つけあうことで遊んでいた。いつも俺だけが痛かった。叫びそうになった。痛くて痛くて、でも身を固くすることも俺には紗江ちゃんとの信頼が崩れることみたいで絶対に普通の顔をして、呼吸を乱したりしないことを憶えていった。

 でも俺たち2人の関係は、小学校に上がる歳に終わった。紗江ちゃんが外傷を与え合うことに飽き、もっと危険な遊びをやり始めようとしたのがいけなかったのだ。今思えば俺も、随分と盲目的だった。彼女が喜べばなんだって賛成したのだから。


 そう、お察しの通り。紗江ちゃんは感電して病院に運ばれた。俺は紗江ちゃんの両親にもともと疎まれていたこともあり、面会はさせてもらえずその後すぐに引っ越していった紗江ちゃんにこれまで会うことは無かったのだった。

 去年10代にさよならした俺のことを訪ねてきた彼女は手にしたナイフを両手で差し出した。柄を俺の方へ向け、大切なプレゼントを渡すように。彼女はニヤニヤしていたが、それは多分いたずら心からではなくて、きっと緊張から顔が引きつっているのだろうと思った。

「そのナイフ……」

「うん?」

 俺に彼女はそのナイフを俺に受け取らせると、少しためらって、口を開いた。

「ずっと、お礼が言いたかったんです」

「なぜ? おれは君を殺しそうになったのに」

「いえ、あなたがそのナイフで私を傷つけて、自分もそのナイフで傷ついてくれた」

 俺は彼女の言葉を遮った。

「――騙してて、ゴメン。でも俺は、」

 紗江ちゃんは綺麗な顔でヒヒ(・・)ッと笑った。

「もぅ分かってますよ。私も大人ですよ?」

「……うん。それで?」

「このナイフ、あなたが用意してくれたものでした。お返しします」

「そう……」


 俺はどうしようか迷った挙句、そのナイフを自分の腕にそっと突き刺した。

 血は流れるが、痛みはない。


「え? ちょっと――」


 紗江ちゃんは慌てて止めようとした。

 それを無視して、俺はナイフの刃を持って彼女に差し出す。

 これもちょっとした遊びのつもりだった。

 彼女の顔は得体の知れないものを見るようだった。

 表情が凍っている。


「君の番だ」


「い、イヤ……」


「何だよ、せっかくの再会だろう。さぁ」


 俺は彼女の左手を取って彼女を強引に引き寄せた。

 身を固くした彼女は拒否するように身を引く。

 左手で綱引きでもしているようになった。


「や、やです。イヤ、やめてください……」


 彼女の態度にイラついた俺は思い切り彼女を引き寄せ、逃げられないように足を掬って地面に抑え込んだ。アパートの玄関で重なり合う俺たちだったが、その目的はひとつきりだ。

 彼女はひどく抵抗した。緊張した喉では悲鳴を発することもできず、

 俺はナイフが重要な血管などを傷つけないように慎重に刃を下ろす場所を見極めた。

 彼女は、紗江ちゃんは背中の筋肉を痙攣させて涙を浮かべていた。

「あ、あ、ああああああ」


 ナイフが彼女の白い肌を突き破ったとき聞えた言葉に俺は手を止めた。


「――痛い(・・)!」


 え? そんな。

 君は痛みを感じないはずじゃ?


「お、おい、こりゃどういう、どういうことなんだ?」


「あ、ああ、あなたも、あの事故以来、痛みを感じるようになったんじゃ、な、ないんですね」


「…………俺は、」



 俺はさっき傷つけた自分の腕を見詰めた。


 俺はあの感電以来、痛覚を失っていた。

 彼女の小指は右の穴に、俺の小指は左の穴に、それは将来を約束する儀式みたいにあのときは感じられたものだった。感電したふたり。俺はあのころの彼女と同じように痛覚を失い、彼女はあのころの俺と同じように痛覚を甦らせていた?


「紗江ちゃん……」


「あ、あはは、ごめん。ごめんね」


 ようやく理解した彼女も、涙を溜めた眼で笑った。


「……………………」


 傷はもう俺たちを繋がない。

 じゃあ、俺たちはどうすればいい? どうすればどちらかの痛みなしに繋がれる?


 彼女は小指を俺に差し出した。

 俺は、しばらくその小指を見詰めていたが、そっと、その小指に自分の小指を絡めた。


 俺たちは彼女を押し倒した格好のまま、ナイフを捨て、指切りした。


 痛みのないキスも、またよい物かもしれない。







即興小説 http://sokkyo-shosetsu.com/

お題:彼が愛した負傷 必須要素:奴の小指 制限時間:30分(+15分)

元ページ(未完)は削除済みです。

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