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掌編は荒野を目指す――ショートショート集  作者: gaia-73
暁蒼篇

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「せいのそうせい」

 ここで数十年暮らしているという(おきな)には、前歯が無かった。

 その老人は私へ、屈託のない笑みで言った。


「あんた、”正の走性”って知ってるかい?」

「せいのそうせい? ”走光性”、のことですか?」

「お? ……おぉ」

 老人は曖昧に頷いた。

「ユーグレナとかテトラヒメナなんかのなぁ、そういう微生物が持っとる、光の強い方へと向かっていく性質のことでな」


「……なるほど」


 私はコップの水を口に運んだ。

 たぶん苔の青臭さだろうか、鼻の奥にツンとした匂いが残った。


「正の走性、ですか」


「おぉよ。そいつはいつの時代にもあった。思えば人類がアフリカを出た、それがそもそもの始まりだったのかもしらん」


 臭いのしない海のほとりにある、粗末な小屋に、私達はいる。

 そろそろ星も見え始め、地球の50倍ほどもある巨大な月の姿が、よりはっきりと光を含みはじめていた。


「私と来ますか?」

「……ぉお。ここより進めるなら、な」


 私の舟なら、まだ数十光年は進めるだろう。

 技術の進歩が、人類(ヒューマン・カインド)の限界を塗り替える。



 遠くへ、もっと遠くへ! その合言葉は、まだ枯れない。

 我が銀河帝国に、国境はないのだから。




 ――正の走性。


 人類にとっての光は、いまだ自らの限界と、


 尽きることのない、渺渺(びょうびょう)たる浪漫(フロンティア)なのであろう。


 

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