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メイドのイザベラさん ~ご主人様、ソシャゲの周回もできますよ~  作者: KOKUYØ
第二章 コンパニオンのソフィア
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第十三話 テスト


 そして二日目のテストもなんなく終えた。


 その日の夜、ソフィアが満面の笑みで勉強部屋にやってきた。


 栗栖は追い込みにかかっている。「おい、邪魔するなら出てけよ」と、牽制する。


「ふっふっふー、でーす。お前、そんな生意気な口をわたしに聞いても良いと思っているでーす?」


「なんだよ、えらく強気だな」


 イザベラがメガネのフレームをつかみ、くいっとあげる。


「ソフィア、貴女も明日が試験でしょう。前日に英気を養うのも結構です。緊張で饒舌になるのも結構です。しかしご主人様の邪魔だけはしないでください」


「邪魔などしないでーす! むしろお前には借りがあるでーす! 今こそそれを返すでーす。しかもこれ利子つきでーす。この日本語、あってまーす?」


「さあ、貴女がなんのつもりかわからないので判断しかねます」


「見てもらえば早いでーす!」


 そういうやいなや、ソフィアは水戸黄門が印籠を出すかのように一枚の紙を取り出した。いったい何が印刷されているのだろうか、細かい文字が両面に書き込まれている。その文字の感じを、栗栖は最近どこかで見た気がする。


「あっ!」


 すぐに気がつく。


「ふっふっふ。どうやら分かったようでーすね」


「それテストの問題用紙か?」


「その通りでーす! そしてこれを、プレゼントフォーユー、お前にあげちゃうでーす!」


「ふむ、カンニングですか」イザベラが真面目な顔をして思案するように顎に指をあてる。「まあ、私も考えなかったわけではありませんが」


「おいおい、これってマラソン大会のドーピングと同じくらいシャレになれないだろ」


 そうは言いながらも栗栖の手は問題用紙に伸びようとしている。それがたとえ悪魔の契約のようなものでも、抗えはしない。


「さあ、手に取るのでーす」と、イザベラ。


「ダメに決まってるだろ!」と栗栖。


 しかし手は止まらない。


「体は正直でーす」


「ぐぬぬ。というかお前、こんなものどうやって手に入れたんだよ。まさか学校のパソコンをハッキングしたとかか?」


「そんな難しいことお姉さまならまだしもわたしにはできませーん。なのでもっと直接的にやりまーした」


「して、その方法とは? 後学のために私にも教えてください」


「さすがお姉さま! ここまで来ても前に進むことをやめない。素晴らしい知識欲でーす。これはですね、簡単でーす。飲み屋でこのテスト問題をつくった教師と意気投合したでーす」


 問題用紙は英語テストのものだった。ということは、担当教師は鬼瓦――訂正、それは生徒たちからのあだ名で、本名は鬼怒川タケシである。


「鬼瓦と? 意気投合?」


 そのあだ名のとおり、いつもしかめ面をしている教師だ。若い頃は柔道で国体の強化選手にまで選ばれたというだけあって、かなりのガタイの持ち主である。そのくせ英語教師なのだからおかしなものだ。


「そうでーす。それで飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをしたでーす。で、トイレに行っているうちにちょちょっと。持っていたノートパソコンのデータをまるまるコピーしてきました。そしたらビンゴ、中にはテスト問題も入ってましたでーす!」


「お手柄ですね。ということは、一昨日の二日酔いはそのために?」


「まあそんなところでーす。お姉さま、わたしがただの酔っ払いだと思ったら大間違いでーすよ!」


「貴女、たしか笑い上戸でしたよね。それは酒を飲めない人からしたら迷惑な酔っぱらいですよ。とはいえ今回の件は中々ですね」


「わたしはコンパニオンでーす! メイドとして自分の持ち味をいかしましたー」


 というかそれはハニートラップというのではないだろうか、と栗栖は思った。


 あんな真面目そうな顔をして、鬼瓦も所詮は男というわけか。しかしこんなちんちくりんのロリメイドと酒を呑んで意気投合って、聖職者としてそれはどうなのだ? むしろ注意するべきだと思うが。


 ……鬼瓦、意外とロリコン説。


 うん、これはやばいので心の中にとどめておこう。栗栖はそう決心した。


「それでお前、さっさとこれ受け取るでーす。そろそろ手が疲れてきましたー」


 栗栖はそれを受け取ろうとして、そしてやっぱりやめた。


 首を横にふる。


「いや、気持ちだけもらっておくよ」


「なぜでーす? お前、英語苦手でーす。これがあれば良いはずでーす」


「だってそうだろ? せっかくここまでイザベラが勉強を教えてくれたんだ。最後の最後でカンニングなんてしちゃあ、そりゃあ嘘ってもんだぜ」


「ご主人様……」


「お前、なかなか良い事いうねー。じゃあこれはお蔵入りでーす」


 ソフィアは問題用紙をビリビリに破り捨てる。ちょっともったいない気もしたが、これで良いのだ。


「ご主人様、私のことなど構わなくても良かったのですよ」


「いや、でもこれで良いんだ。最近さ、俺、ソシャゲに飽きちゃってるんだよね」


「――それが?」


「それってさ、きっと周回作業を全部イザベラに任せてるからだと思うんだ。いや、別にキミのことを責めてるわけじゃないぞ。むしろ感謝してる。けどさ、やってもらえばもらうほど、ソシャゲってものがどうでもよくなっていくんだよ。このテストだって同じさ」


「同じでーす?」


「ああ、一番大切なことは自分の力でやるべきだ。それはソシャゲもテストも同じだ。それにさ、カンニングしていい点数とっても、イザベラに胸を張れないだろ? 俺はキミに教えてもらって勉強して、10番以内をとる。そこで初めて俺とキミの約束が果たされるんだ」


「はい、ご主人様」


 イザベラは嬉しそうに笑っている。


 ソフィアはやれやれ、と天井を見上げた。


「わたしの行為は無駄だったわけでーす。けれどまあ、よしとしまーす。お前、そこまで言ったからには頑張るでーす」


「おう、任せろ」


「そこは大丈夫ですよ、ご主人様。私はそんなやわな教え方をしておりませんよ」


 ああ、と栗栖は頷く。


 ここまできたのだ、後はもうやるだけだ。栗栖はそう思った。


 ――――――


 そして最後のテスト。結果は分からない。


 悪くはなかったと思う。


 同じ日にソフィアもテストを受けてきたようだ。あちらも良かったのか悪かったのか、終わった後も不安で意味もなく落ち込んでいた。


「ご主人様もソフィアも、大丈夫ですよ」


 イザベラはそう慰めてくれたが、本当のところは分からないのだ。


 二人は深い暗闇の中に放り出されたようなものだった。そのさきに朝日が登るとしても、今は何も見えない。不安や絶望に囚われた人間は悲観的になるものだ。


 けれど栗栖はその恐怖に耐えた。だってもしも今自分が泣き言を言えばイザベラはどうなる? 彼女は今このときもS級メイドになるための試験を受けているだ。


 だから彼は空元気でもなんでも、こう言うしか無かった。


「オール・オッケー。大丈夫、絶対いい成績だよ」


 いったいその言葉に救われたのは誰か。少なくとも栗栖だけではなかった。


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