第十話 助けに来るイザベラ
「お前たち、こんなところで暇してないでさっさと家にかえるでーす」
ソフィアが突然、コンビニの前でたむろしていた不良にからんだ。
なんだてめえら、と不良たちが立ち上がる。威圧するようにこちらを見てくる。
「うるせえんだよ、俺たちがなにしてようが勝手だろう」
「景観が損なわれまーす。お前たちにパリの条例を一から全部朗読してやりたいほどでーす。もっとも、パリではタバコを吹かすのは普通ですが、しかしお前たちはまだガキでーす。なので即刻かえってママのおっぱりでも吸ってるでーす」
「お前の方がガキじゃねえか!」
男たちがこちらによってくる。それと同時にソフィアは栗栖の後ろに隠れた。
「ほら、お前。がんばるでーす」
「な、なにを?」
「わたし女でーす。揉め事は専門外でーす。そもそもコンパニオンでーす」
「はあ? お、お前煽るだけ煽っておいてなんだそれ!」
「おいおい兄ちゃん、女の前だからって格好つけんじゃねえぞ!」
別に格好をつけたいわけではない。だけど逃げることはできない。なぜなら後ろにソフィアがいるからだ。
くそ、何発か殴ったら気が済んでくれるかな?
でもそれだとあんまりにも格好悪いし、こっちが殴られ損だ。やっぱり遮二無二向かっていく方がいいよな。よし、やろう。思いっきり。
ソフィアは自分で巻いた種のくせに、ブルブルと震えている。「日本の不良こわいねー」と、バカかこいつ。
「おい、ソフィア。お前逃げろ。というか警察でもなんでもいいから助けを呼んでくれ」
コンビニの店員に助けを求めるのは悪手だろう。あっちだってただのバイトだ。戦場帰りのスティーブン・セガールじゃないんだ、ケンカの仲裁分の給料なんてもらっていないだろう。
「お前どうします?」
「時間を稼ぐんだよ!」
栗栖は威勢よく叫んだ。
男の一人が手を振り上げる。殴られる――そう思った。だがその瞬間、黒い影が躍り出た。その陰は男の手を掴み上げると、ねじるようにして自分の体ごと回転する。男は地面にしたたかに倒れ、倒れたところを強烈な蹴りをお見舞いされた。
「やれやれ……ソフィア。また貴女は騒ぎを起こす」
「お姉さま!」
「ご主人様、お下がりください。ここは私が」
「イザベラ!」
助かった、と思った。イザベラならなんとかしてくれると、二人ともそう思った。
「貴方たち、怪我をしたくなければ今すぐにこの場を立ち去りなさい。野良犬にでも噛まれたと思えば良いでしょう」
だが残った二人の男はバカにされたと思ったのだろう、我を忘れて向かってきた。栗栖はそのとき、イザベラがため息をついたのを確認した。
イザベラは向かってきた男の拳を左手ではたくようにしてそらすと、右手で男の顎をしたたかに打つ。殴られた男はまるで糸のキレた人形のようにその場に崩れ落ちた。漫画なんかで顎を殴って脳を揺らし昏倒させる、という描写がよくあるが実際に見たのは初めてだった。
最後に残った男は仲間が倒された瞬間に驚いたのだろう、その場に立ち止まる。しかしその瞬間にはイザベラがその懐に潜り込んでいた。イザベラが男の襟首と服の裾を掴み、ひょういと背中を向けるように振り返る。そしてそのまま流れるように男を背中にのせて、投げ飛ばす。
下はコンクリートの地面だ、男は背負投されてカエルが潰れるような声を出し、動かなくなった。生きてはいるようだが、かなり危険な落ち方だった。
「ふう……やれやれ」
終わってみれば一瞬だった。
イザベラの周りには三人の男たちが倒れている。全員が意識を失っているのか立ち上がろうとはしない。
「ソフィア」と、イザベラは言う。
「はいでーす」
ソフィアは手際よく男たち三人をコンビニの壁によしかかるように並べる。こちらもこちらで手際が良かった。もしかしたら今までにも何度かこういうことがあったのかもしれない。
「イザベラ、ありがとう」
「いえご主人様、ただ危ないところでした。来てよかったです」
「心配してついてきてくれたのか?」
「そうだと良かったのですが……いえ、ただ先程お願いしたアイス、バニラ味ではなくてできればイチゴ味のアイスが良いなと思って訂正に来たのです」
「あ、そうかい。でもいいタイミングだったよ」
「ええ、なにせ私、完璧なメイドですから」
イザベラは嬉しそうに胸をはる。ソフィアはそんなイザベラを物欲しげとでもいうべきか、複雑な表情で眺めている。
だが今回は栗栖に突っかかってくるようなことはなかった。その代わり栗栖に対して、
「お前もさっきはありがとうでーす。ちょっと見直したでーす、わたしを守ってくれようとしました」
と、どこか申し訳なさそうに言う。
「あら、そうなのですかご主人様?」
「別になにもしてないよ。イザベラが全てやってくれたのさ」
しかしソフィアが栗栖を見る目は確実に変わっていた。ある意味では単純な子なのかもしれない。自分によくしてくれる人は全て味方――そんな思考回路の女の子なのだ。
「お前のこと、勘違いしてたでーす。でもでも、お姉さまは渡しませーん! この決着はあとでつけるでーす」
「どの決着だよ」
「ご主人様、さっさとアイスを買って帰りましょう。あまり帰りが遅いと旦那様が心配しますよ」
「いや、それはないだろ」
「こいつらの懐から財布を奪うでーす。そうすればタダでアイスを帰るでーす」
「それはタダとは言わないしそもそも犯罪だろう」
「私のは暴行罪じゃありあせんよ、正当防衛です」
なんだかこの一件で栗栖は二人との距離が近くなったような気がした。
そうなってくると、イザベラのことがまた気になりだした。彼女はいったいなぜ自分のところに来たのだろう。最近ではなあなあになっていた疑問だ。
彼女は今、まさにS級メイドの昇格試験を受けているのだという。もしかしたら今この瞬間にも二次試験は始まっているのだろうか? 分からないが、イザベラは緊張もしていないようだ。
栗栖はイザベラのことが知りたいと猛烈に思った。
それはきっと、彼女のことが好きだったからだ。あるいはソフィアとの決着とはそういうことかもしれない。どちらがイザベラの心を手にするか――。イザベラの方はどうだろうか。分からなかった。イザベラは栗栖のことなど眼中にないのかもしれない。けれど恋なんていうのはそんなものだ。いつだって片思いから始まるのだ。
まずは相手のことを知る。そこから始まる。そうだろう?




