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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
春夏秋冬物語

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犬と父

追加話『リツハルドと!』のあと位の話になります。

ジークリンデの兄視点。

 ジークリンデは一匹の白い犬を置き土産に、嫁いだ国へと帰って行った。

 娘たちもしばらく悲しそうにしているだろうと思いきや、予想は大きく外れることになる。

 エーデルガルドとアーデルトラウトは、少しだけ寂しそうな様子をしていたが意外なことに現在は犬の世話で忙しそうにしていた。


 問題は、別の所にあった。


 ジークが帰って、というよりはその夫であるリツハルド君が帰って意気消沈している人が居る。


 父だ。


 今日も憂鬱そうな表情で牧場に出掛けていた。


 ここまで父を悲しませるリツハルド君とは一体……、というのは冗談で、かの青年は、あのジークの夫を平然とこなしているだけあって、非常に出来た人物である。


 この家には客人として滞在しているはずなのに、父の仕事を手伝い、ジークのご機嫌伺いも完璧で、母や義妹の相手もそつなく行うという、私には超人にしか見えない存在であった。


 一体どうしてジークの旦那なんかしているのか。

 ずっと謎に思っていたが、リツハルド君の住んでいる領地の過酷さが、普通の娘には耐えきれなかったという話を聞いて納得してしまった。


 かの土地は雪深い地域で、周囲の森には荒ぶった獣が猛威をふるっているという、恐ろしい場所らしい。


 そんな話を聞けば、屈強な妹・ジークリンデに相応しい場所だと言えよう。

 彼らは夫婦仲もかなり良好なようで、奇跡のような偶然もあるのものだと、信じがたい気持ちになる。

 末永く幸せにと、祈らざるを得ない。


 まあ、それよりも、問題は父だろう。


 明らかに幼い娘二人より落ち込んでいた。

 いい大人がどうしたものかと思うが、あの、難攻不落の要塞のようなジークの心を掴んで離さなかったリツハルド君だ。きっと父も大いに気に入って、自分の息子のように可愛がっていたに違いない。


 まあ、そもそも、私達兄弟にも責任があるとは思っている。

 毎日仕事が忙しくて、休日は父の牧場を手伝わずに、休みの日は体を休めることを優先させていた。

 本来ならば私達がしなくてはならないことを、リツハルド君が自然と行っていたのだ。


 今までの自分を反省してこれからは父の牧場を手伝おう! と心に誓ったまでは良かったが、仕事が立て続けに入ることがわかり、どうにもならない状況となった。

 他の兄弟も同じく軍人なので、同じように多忙化期間が重なってしまう。


 しかしながら、落ち込んでいる父をこのまま放ってはおけない。

 どうしようかと居間で悩んでいると、娘たちが犬を籠に入れて運んで来ているのを目撃した。


 白くてふわふわとした、雪のような白い犬。

 名前は『リツ』。

 名付けたのはアーデルトラウトだ。

 しかしながら、よくもまあ、リツハルド君も犬に同じ名前を付けてくれることをあっさりと了承をしてくれたものだと感心してしまう。彼の器の大きさは我が家の中で一番だろう。


 犬はサモエドという品種で、成犬になればそれなりの大きさまで育つらしい。

 性質は友好的で遊び好き、人懐っこくて使役犬に向いていると、ジークリンデから話を聞いていた。

 穏やかな性格で、狩猟本能は少なく、人に対しては社交的なので番犬には向かないという。


 にっこりと笑ったような顔がリツハルド君によく似ていると、家の中で評判だ。


 妻が犬と娘達を見比べながら、どこかに躾に出さなくては、と呟く。

 確かに大型犬なので、遊んでいるさなかに興奮して、娘たちにじゃれて飛びついたりしたら大変危険だ。


 知り合いに犬に詳しいものは居たかと考える。


「あ!」

「まあ、なんですの!?」


 妻を驚かせてしまって申し訳ないと思ったが、突然素晴らしい着想が浮かんだ。

 犬の躾は父に任せればいいと。


 父は牧羊犬などの躾も行っていると聞いたことがあった。

 ならば、この犬を父に任せればいい。


 幸い、この犬はよくリツハルド君に似ている。名前も同じだ。もしかしたら父の心も癒してくれるかもしれない。


 早速、その日のうちに父にお願いすることにした。


 しばらく父に犬を預けると言えば、今度は娘達が寂しそうにするのではと思っていた。可愛がっている犬を渡さないと言いだすのではと考えていたが、エーデルガルドとアーデルトラウトは素直に犬を差し出した。


 申し訳ない気持ちになったが、娘たちはまた森に行くと張り切って出掛けていたと使用人から聞いたので、ひとまずはホッとする。


 犬を抱え、父の私室に行く。


「父上、少し宜しいでしょうか?」


 返事はすぐに返ってきた。

 相変わらず、物憂げな顔でいる父と対面する形となる。

 腕の中にあった犬を見て、一体どうしたのかと訊ねて来た。


「実は、この犬を父上に躾けて頂こうと思いまして」

「犬の躾を、私が?」

「はい。お願い出来ますか?」


 ぼんやりとした様子で話を聞く父に、犬を手渡す。

 父は突然手渡された犬に、どうしていいのか分からないような、戸惑いの表情を見せていた。

 ふわふわもこもこの犬は、人見知りを全くしないで大人しくしている。

 こういう所までリツハルド君に似ているとは。恐ろしい犬だと思った。


 くりっとした目で父を見上げる犬リツ。


 潤んだ目で見上げられた父は、犬のリツの頭をそっと撫でた。


 子犬の毛は柔らかく、触っていると癖になる。


 しだいに、父の頬が緩んでいくのが分かった。

 心行くまで毛並みの触り心地を堪能してから、父は感想を述べる。


「か、かわいいな」

「ええ」


 犬リツは早速父の心を掴んだようだ。

 しばらく父を頼んだと、犬リツ君に視線で訴えてから、部屋を辞することになる。


 数日後。

 演習から帰りに牧場へと寄ってみれば、溌剌と働く父と後を追いかける犬リツの姿があった。


 声を掛ければ、いつも通りの父の姿を確認出来る。

 犬の様子はどうかと聞けば、好奇心旺盛、元気が良すぎて困ると父は笑っていた。


 どうやら『犬リツ君で父を励まそう』の作戦は功を奏したようである。


 父の様子を見ながら、決心を固めた。


 家族のことも考えて、仕事量の少ない課に異動を申し出ることにする。

 生活に余裕も出来て、妻や娘たちと過ごす時間も増えた。


 それから私達兄弟は今までのことを反省して、積極的に父の牧場を手伝うことになった。

 これまで軍の仕事だけをしていたので、動物相手の作業は慣れないものばかりであった。初めのころは四苦八苦していたが、次第に楽しさややりがいも見出すことが出来た。


 それから数ヵ月が経ち、犬のリツはすっかり立派な犬へと育った。

 娘達が森に行く時は姫君を守る騎士のようなキリっとした顔で出かけ、野生動物を警戒する役目を果たしてくれる。

 常に笑みを絶やさない愛らしい犬なので、家族を始め、使用人などの癒しの存在となっていた。

 父と牧場に出かければ、使役犬としての役目もしっかりと果たす。


 さすがはジークリンデが見定めた犬だと、感心してしまう。


 犬リツのおかげで家の中は更に明るくなった。

 新しい家族の存在に、心から感謝することになる。


 三年後、父と娘と犬リツを連れてリツハルド君の国に行った時に、似ている二対の存在が再会したときは危なかった。


 片や白いもふもふとした愛想がいい犬で、片や白い髪を持つ愛想がいい青年。

 ほとんど慣れ合っていない者同士であったが、リツハルド君は「ひさしぶりだね」と、古くからの友人を出迎えるような言葉をかけ、犬リツもよく遊んでくれる人を見つけたかのような態度で尻尾をぶんぶんと振りながら、双方同時に駆け寄って行ったのだ。


 抱擁し合う二人を見た瞬間に、あまりにも行動や見た目などがそっくりなので、笑いそうになってしまう。


 必死に下唇を噛んで、堪えていた。


 このように、リツハルド君の村では愉快な出来事が多々あったが、それはまた別の話である。


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