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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
二章『北欧貴族と猛禽妻の新婚旅行編』

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第五十七話 両親、成敗!?

 ――行方不明だった父と母を十年ぶりに捕獲!? しかも、好きに料理していいと!?


「リツ、どうかしたのか?」

「!!」


 すっかり我を忘れて両親をどう料理するかという妄想に耽ってしまった。


「あ、ごめん、ちょっとびっくりしてしまって」

「?」


 祖父からの物騒な手紙を綺麗に折り畳んでから上着の内ポケットの中へと仕舞い、心配そうに見上げるジークに事情を説明する。


「親が見つかったって、お祖父さんから知らせがあって」

「そう、だったのか」


 なんだろう。喜んで良いのか悪いのか、分からないこの感じ。事情を知っているジークもどういう反応をしていいものか戸惑っているように見える。


「う~ん。どうしようかな」


 今の時間は乗り合いの馬車は走っていない。馬の乗り方を知らないので、速く走れる子を一頭貸してくれ! なんてことも言えないという。

 明日の朝一番にヴァッティン家を出てから、侯爵家に居る両親を回収して、村まで連行する、というのが妥当な線なのか。出来たら今すぐにでも会いに行きたい所だが、ジークの家に迷惑を掛けるわけにはいかない。


 ところが、考えていた事が顔に出ていたからか、ジークは提案をしてくれる。


「リツ、父に馬車を出してもらうように言ってみようか?」

「え、いや、大丈夫。お祖父さんの拘束から逃げられるわけないから、会うのは明日でも」

「だが、心配だろう?」

「……」


 心配、確かに。イライラの頂点に達している祖父と、ふわふわとしていて状況の深刻さを理解していない両親。

 そんな中で危ないのは祖父の方だ。頭に血が上りすぎて倒れるかもしれない。


「遠慮はしなくてもいい。家族だろう?」

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えてお義父さんに、お願いを」

「分かった」


 居間に移動をして、呼び出した義父に馬車の用意をお願いする。


「そんなのお安い御用だ」

「ありがとうございます」


 それから着々と準備が進み、侯爵邸のある首都へと移動する時間は迫る。

 ジークをヴァッティン家で療養させるという話も義父は了承してくれた。これで安心することも出来る。


「ごめんね、なんだか慌しくなってしまって」

「いや、構わないよ」


 明日の船には乗れないだろうと思い、ヴァッティン家に改めて両親と挨拶に来ることを約束した。


「じゃ、行って来る」

「……ああ」


 玄関まで見送りに来てくれたジークの頬にキスをしてから、さっさと家を出る。ここでだらだらしていたら、いつまで経ってもジークが寒い玄関先から部屋に帰れないからだ。


 ジークと分かれてから三時間。日付も変わるような時間帯に侯爵邸に到着をする。


「おかえりなさいませ、リツハルド様」

「遅い時間に悪いね」

「とんでもないことでございます」


 上着と帽子を傍に居た使用人に預け、両親が居るという部屋へと急ぐ。

 執事曰く、俺が帰ってくるかもしれないとの事で、寝ないで待っていてくれたとのこと。


 執事が部屋の扉を開き、中へと入る。


「――父さん、母さん!」


 両親は、居た。


「まあ、リッちゃん」

「わあ、ハル君、久しぶりだねえ」

「……」


 相変わらずののんびりとした様子に、毒気を抜かれてしまう。


 ちなみに父は自分を「ハル君」と呼ぶが、似た名前の母方の祖父(※リクハルド)は「ハルさん」と呼んでいたという適当振りだ。祖父が生きていた頃は間違って何度も義理の父親を君付けで呼んでいたという駄目親父である。


 そんな父は不可解な格好で居た。


「一体、どうして、そのような……」

「父さんが一晩ここで反省しろって」

「……そう」


 父は石の床面に膝を綺麗に曲げた状態で座らされている。異国での反省の体勢らしい。母は父の背後で「困ったなあ」みたいな顔をして立っている。


 そして、ずっと気になっていたことを訊ねた。


「一体、今までどこに居たの?」

「ごめんねえ、リッちゃん、お母さんたち、ずっと迷子さんだったの。お家に帰りたくても帰れなくって~」

「……そう」


 なんとなくそんな気はしていた。まあ、振り返ってみても十年間両親が居なくて困ったなと感じる事は一度も無かったので、別に責めるような用件もないことに気が付く。


「でも、元気そうで良かったわ~」

「母さんと父さんも、元気そうで」

「そうなの、とっても元気! でも、リッちゃん、シャンとしていて、大人になったなあって、嬉しいなあ」

「そうだねえ。ハル君、大人の顔になってる」


 まあ、十年も経てば老けもするし、今は色々と責任も負っている。十代の頃とは顔付きも大きく変わるものだ。


 以上で互いに聞きたい事は判明したので、そこから沈黙の空間となってしまった。


 しばらくすれば温かいお茶が運ばれ、その後に勢い良く扉が開かれる。


「リツハルド、帰ったか!!」

「お祖父さん……」


 部屋に来たのは寝巻き姿に外套を羽織った祖父の姿だった。

 祖父まで自分の帰りを待っていてくれたようで、なんだか申し訳なくなる。


 忌々しいと言わんばかりの表情で父を見てから、祖父は吐き捨てるように言う。


「ほら、お前の両親を捕まえてやったぞ。好きにしろ」

「……あ、ありがとう」


 好きにしろと言われても困ってしまう。別に二人に対して怒りだとか恨めしいと思う気持ちは無いからだ。


「どうして何もしない!? 一発、この馬鹿息子を殴れば気分もすっきりするだろうに!?」

「いえ、それはちょっと」

「腹が立たなかったのか!? 領主の座を押し付けられて、一人ぼっちにされて、十年間も帰って来なかった両親を!?」

「う~ん」


 ぶるぶると祖父は震えながら怒りを露わにしているが、自分の中にそのような感情が無いことを不思議に思う。多分、普通の人なら怒り狂うような話なのだろう。


「リツハルド、早く目の前に居るのらくら男を、怒らないか!!」

「えーと、どうしよう」


 祖父の期待に応えたいのは山々だが、何も思っていない相手を殴り飛ばすわけにもいかない。


「ぬう!! リツェル、お前の息子は何故、こう、なんだ、優しすぎるのだ!!」


 イライラとした様子で祖父はリツェル――母親に問い詰めていた。


「お義父様、わたくし達は幼少時より父から『他人に期待をするな』と躾けられていて、きっとリッちゃんはこれっぽっちも親に頼って暮らそうとは思っていなかったから、怒っていないのだと~」


 確かにそれはあるかもしれない。自分は父にも母にも全く期待していない。

 それは両親以外の他人にも言えることだが、ふと、例外となる人物が居ることに気が付く。

 ジークリンデ。彼女だけが、唯一あらゆる意味で寄り掛かることの出来る女性。そんな存在があることに気が付き、何だか嬉しくなる。


 両親への思いが発覚して、すっきりとした気分になっていたが、それは自分だけのようだった。祖父はわなわなと震えながら、頭を抱えている。


「うわああ!! もう、我慢出来んわ!!」

「お祖父さん?」

「こ、この、馬鹿息子が!! お前こそ、諸悪の権化!!」


 祖父はそんな風に言ってから、父の頬を思いっきり殴った。

 無言で地面を転がる父を母は「あらあら~」と言いながらゆっくりとした動作で後を追っていく。


「これだけでは、気がすまない!! リツハルドよ、この馬鹿息子に、領主の座を渡せ!! それで、しばらくお前はここで、暮らすといい!!」

「あ、それはいいかも」

「また、そのような甘いことを言ってから、に!? ――な、いいかもって、それは、ほ、本当か!?」


 何故か聞いた祖父が驚いてこちらを振り向く。


「実は、ジークの具合が悪くなって、赤ちゃんが産まれるまで実家に居て貰おうかなって思っていたんだけど、やっぱり一人で残して行くのは不安だし寂しいなあって」

「そ、そうか!!」


 祖父は父の元へと走って移動をし、倒れたままの息子の体を足先でつつき出す。


「おい、聞いたか!?」

「……と、父さん、その前に、聞きたいことが」

「なんだ? 始めに言っておくがお前に拒否権は無いからな!!」

「それは、まあ、はい。大丈夫。多分」


 父が気になっていたのは、会話の中に登場していたジークの存在だった。


「ジークリンデはリツハルドの嫁だ」

「へえ~、ハル君結婚したんだあ」

「あらあら、リッちゃん、そうだったの~」


 息子の結婚にもあまり驚いたような反応を示さない両親。まあ、こんなものだろうと想定はしていたが。


 相変わらずのゆるい雰囲気の中で、祖父の采配によって話は纏まる。


「今日のところは休むとしよう。お前はそのままここで反省だ。リツェルは寝室で眠るといい」

「まあ、お義父様、大丈夫。私も、ここで」

「そういう訳にはいかないだろう」

「いえいえ。ここは天国ですわ。寒くも無いし、獣も出ないし」

「……」


 祖父は父にだけ硬い地面の上で眠るように言ったが、それに母も付き合うと言って聞かなかった。結局、折れたのは祖父で、母の為だけに毛布と綿入りの敷物が運ばれる事となる。


 翌日。朝一でヴァッティン家へと移動を始めた。父と母だけ行かせる訳にはいかないと、祖父も同行する。


「大馬鹿息子よ、いいか? 相手方の家で浮ついた発言はするなよ」

「了解~」

「もっと語尾を締めて!!」

「は~い」

「真ん中も伸ばすな!!」

「分かった分かった」

「早口も禁止だし、二回同じ言葉を言うのも馬鹿のようだ」

「難しいねえ」

「……」


 祖父はいくら言っても無駄だと思い、父の小指付近を狙って杖でぐりっと突いていたが、「肩こりに効くツボ~」と言って喜んでいた。


 とりあえず、雰囲気はぐだぐだではあったがこの後の予定は固まった。

 どちらにせよ、一度両親と共に国に帰り領主代理の委任状などを書かなければならない。それから戦闘民族一家に両親の世話を頼まないといけないし、極夜の準備も必要だ。


「極夜の準備は大丈夫~。お母さん、慣れているから」

「ああ、そうだったね」


 小型動物の狩りは母の方が得意としている。保存食や民芸品作りなどの腕もあるので、その辺の心配はあまり要らないかなと、母の発言を聞いてから考え直す。


 問題は父に領主代理が務まるかどうか、である。

 一応侯爵家でそれなりの教育を受けているだろうから、執務関係での心配は皆無だったが、村人とのふれあいや要塞の軍人達との付き合いなどに不安を感じてしまう。


「父さん、領主代理になるけれど、大丈夫だと思う?」

「大丈夫、大丈夫~多分」

「……」


 にこにこしながら安請け合いする父を見ていると、領主の座は任せられないと言って娘婿の教育を早い段階で諦めていたという亡き祖父の気持ちが痛いほど分かってしまう。


 なかなか解れない眉間を指先で伸ばしていると、母が服の袖を引いてくる。


「リッちゃん、心配しないで。失敗したり、困ったことになったら、二人でごめんなさいするから~」

「……うん」


 どうしよう、心配しか出来ない。


 不安を抱えたまま、馬車は侯爵邸までの道のりを進んで行く。

 祖父は馬車の中でずっと父に領主としての在り方を説いていたが、きちんと伝わっているか気掛かりとなってしまった。


 ◇◇◇


 三時間の移動を経て、ヴァッティン家に到着をする。

 母は手土産を用意していた。籠に入った包みの中身は朝から焼いた手作りのベリーパイ。勿論新鮮なベリーは手に入らないので、ジャムとシロップ漬けを使って作ったという。ジークがベリーパイを好きだと言ったら作ってくれた。


「喜んでくれたら嬉しいけれど。でも、妊婦さんだから好みが変わっているかもしれないわあ」

「その時は皆で食べよう」

「そうねえ」


 祖父から要らぬことを喋るなと言われている父は大人しくしていた。


 きちんとした身なりの父を見たのは初めて。いつもは無精髭を生やしていて、髪もボサボサだった。こうして礼服を着た姿を見れば、貴族のお上品なおっさんに見えなくもない。

 母も深緑のドレスを纏っている。細かな刺繍を眺めながら、とても真似出来ないと感心していた。


 優しい伯爵家の面々は、遅れた挨拶となった両親を温かく迎えてくれた。なんともありがたい話である。


 祖父の誘導で父は自分の名前と短い返事しかいえない状況に追い込まれていた。だが、その努力のお蔭で初めての顔合わせは穏やかな時間として過ぎていく。


 母の作ってくれたお菓子をジークは喜んでくれた。朝から悪阻で何も口にしていなかったので、嬉しいと言ってくれる。


 そして、父に領主を任せるという件の話になった。


「父に仕事を委任するような手配をしたら、その、子供が産まれるまでこの国で過ごそうかと思っています」

「それはいい考えだ!!」


 ありがたいことに義父も賛成をしてくれた。


「この街で、なにか仕事も出来ればと考えているのですが」

「だったら私の牧場を手伝ってくれないか? 最近人手不足に悩んでいて。ああ、勿論リツハルド君が好ければの話だが」

「出来ることがあるのなら、是非!」

「そうか、良かった!」


 緑が豊かで広大な敷地を有するこの地方は「緑の心臓」とも呼ばれているという。義父は軍を退職した後に、私有地の森を開墾させて造った牧場を経営していた。


 ここへ戻って来られるのは早くても一ヶ月後位。帰宅する為の船は明日の夕方で、義父は一晩泊って行けばいいと言ってくれたので、ご好意に甘えることにした。


 義母から後は若い二人で過ごすといいと勧めてくれたので、用意してくれた部屋に移動をする。


 扉が閉められた瞬間に、背後に居たジークが抱きついて来た。


「うわ!」

「リツハルド!!」

「ど、どうしたの?」

「嬉しくって」


 ジークは一人で国に残される不安から解放されて、天にも昇るような気分だと言う。


「明日から、ちょっとだけ離れ離れになるけれど」

「それ位なら……待てる」

「そう。良かった」


 それから就寝の時間になるまでジークとじっくり語り合う。


 翌朝、別れの時も離れるのが辛くなるので、接触は最低限にしてからヴァッティン家を後にした。


 国へ帰り、父に領主の仕事をざっと教え、村にある家を一軒一軒回る極夜の準備確認は自分が行った。ついでにしばらく村を空ける事や、父が領主代理を務める事も村人に伝えていく。


 あっという間に一ヶ月は過ぎた。


 そして、ジークの国へ行く出発の朝を迎える。


「じゃ、ハル君、行ってらっしゃい~。ジークリンデさんとご家族によろしくって伝えてね~」

「分かった」

「リッちゃん、これ、お船の中で食べてね」

「ありがとう」


 領主としての心意気なのか、父はあまり好きではないと言っていた民族衣装を纏い、身なりもきちんとしている。

 母はそんな父を支えようと、少しだけ動きが早くなった。


「父さん、母さん、村を頼みます」

「任せて」

「大丈夫だからねえ~」

「……」


 ああ、やっぱり心配!!


 でも、それ以上に奥さんが気掛かりだった。


 村人達に心の中で謝罪しつつも、異国へ旅立つ事となる。


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