表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
一章『北欧貴族と猛禽妻の雪国仮暮らし』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/160

第三十六話 アイナとエメリヒ

 本日は村の女性達が亜麻の糸紡ぎをする日。ジークも準備を手伝う為に早い時間から出掛けている。

 そんな中で自分は村の子供たちを集めて外の畑で除草作業をするようになっていた。一日中女性陣の手が離せなくなるので、面倒を見るのを買って出たという訳だ。


 精霊石の前に集合するように言っていたので、そこまで向かう。


「あ、領主様~おはようございます~」

「おはよう、ござい、ます!」

「おはよう」


 子供たちは全員で七名。五歳から八歳位までの、糸紡ぎのお手伝いが出来ない年齢の子ばかりだ。

 だが、一人だけ浮いている子が居た。この大きな子は、一体……。


「……えっと、どうしたの、アイナ?」

「糸紡ぎはお母さんが行ったから」

「そ、そう」


 小さな子供達の中の違和感は、十六になるアイナの姿だった。

 母親から畑仕事に行くように言われていたので来たという。


 アイナのお母さん、少しだけ元気になったのだろうか。旦那さんを亡くして以来、喪失感から体も上手く動かないと言っていたが。


「でも、正直助かるよ。いつももう一人居たらなあって思っていたから」

「別に、領主の為に来た訳じゃないから」

「はいはい」


 つれない態度のアイナだが、近くにいた小さな子供の手を取って歩き出す。面倒見は良いみたいで、随分と懐かれていた。

 自分も他の子達に声を掛けて、畑に移動を始める事にした。


 ……ところが、途中で呼び止められてしまった。


「領主様、うちの子もよろしいでしょうか?」


 近寄ってきた奥様が抱いているのは、よちよち歩きを始めたばかり位の幼子。この子に農作業はちょっと無理なのではないかな、と思ってしまう。


「す、すみません、母も父も寝込んでいて」

「はあ、そうでしたか」


 今日みたいな忙しい日は、基本的に家のご隠居が幼子の面倒を見るようになっている。だが、どちら共具合を悪くしているのであれば、預かるしかない。


「分かりました。手ぬぐい三枚とククサを二つ、あとおんぶ紐を用意して下さい」

「ありがとうございます!!」


 抱いていた子供を受け取って、指示した持ち物を持って来るのをしばし待つ。

 ここの家の子は人懐っこいので、他人である自分が抱っこしても泣き出すことはない。高い位置まで上げて揺らせば、きゃっきゃと喜んでくれた。


 預かった子の荷物を受け取り、畑まで向かう。

 途中でテオポロンとも合流をした。獣の皮を被った大男を見るなり、子供たちは喜んで近寄っていく。意外にも、孤高の白熊戦士は子供に大人気だった。


 外に出る為に要塞の通路を抜ければ、受付から元気の良い挨拶が聞こえる。


「領主様、おはようございます!!」

「……おはよう」


 不思議なことに、近頃要塞の軍人たちがお利口さんになっているのだ。

 酒浸りの毎日を送っていたのに、ここ最近は彼らから酒の臭いがすることはない。しかも、見張りを真面目にしており、態度も軍人らしくなっているという。


 ニヶ月ほど前に新しい隊長が春の左遷祭りで赴任して来たのだが、その人の指導の賜物なのかと一瞬考えたが、良く分からない。

 変な話もあるものだと、首を捻りながら通過する。


「行ってらっしゃいませ、領主様!!」

「畑に行くだけだよ」

「直々にお仕事をなさるとは、ご立派です!!」

「……」


 これが正しい姿なのだろうけれど、彼らの堕落した姿を知っているので、違和感しかない。

 まあ、良い事だと思い、放っておくことにした。


「上の見張りに、畑に獣が近づいたらすぐに知らせてって言っておいて」

「はい、喜んでーー!」

「……」


 受付係はピンと起立して、綺麗な敬礼を見せてくれた。


 要塞の外には広大な畑が広がっている。

 村人達は交代で世話をするようになっていた。雪解けの時季に植えた野菜はまあまあ育っている。土の質が良い土地ではないので、大いなる実りを期待してはいけないのだ。


 子供たちは慣れているもので、土を盛り上げている山と山の間の平らになっている位置に入り込み、作物以外の余計な植物をむちむちと抜いていっている。

 抜いた草は籠の中に入れながら先へと進むように指示を出した。取った草は乾かして来年の肥やしとして使うのだ。


 幼子を預かった自分はまあ、仕事にはならない。この時期の子供は一瞬でも目を離したら大変なことになるから常に視線は子供にある。

 仕方がないので、適当にその辺を歩き回ったり、草笛を吹いて気を紛らわせたり、人生相談をしたりして、時間を潰した。


 お昼になればルルポロンとミルポロンが昼食を持って来てくれた。

 皆を集め、農業用に掘った井戸で手を洗わせる。


「領主様~綺麗になった?」

「あ、爪にまだ土が入っているよ。もう一回」

「は~い」


 一人一人手が清潔な状態になったかきっちり確認をする。雑菌塗れの手で食事を摂ってお腹でも壊されたら大変なので、監査は厳しくさせて貰った。


 ルルポロンが用意してくれたのは、肉団子のクリーム煮と黒麦パン。

 クリーム煮は鍋ごと持って来ているという豪快っぷりだ。皆、家から持って来たククサを持ってそれに装って貰っている。


 幼子に黒麦パンは固いので、肉団子のスープに浸して柔らかくなるのを待つ。お腹が空いているのか、器を覗き込んで今にも待ちきれないといった様子だ。「少々、少々お待ち下さいねえ~」と言いながら、パンがふやけるのを待っていた。


「領主、もう食べたの?」


 子供に食事を食べさせていると、アイナがやって来る。


「いや、まだ」

「交代するから食べれば」

「アイナは?」

「食べた」

「そっか。ありがとう」


 手にしていた器と匙を渡し、膝の上に抱いていた幼子をアイナの横に座らせた。そして、お言葉に甘えて肉団子とパンを取りに行く。


 食事を終えると幼子はうつらうつらし始めたので、背中に背負ってからおんぶ紐で括ってきっちりと結ぶ。


 この瞬間を待っていたのだ。

 お昼からはそれなりに働けそうだと、気合を入れる。


「あ、アイナ」

「何よ」

「エメリヒの手紙届いていたんだった」

「な、なんですって!?」


 いきなり大声を上げるアイナに、子供が起きるからと注意をする。


「なんで黙っていたのよ」

「忘れていて」

「……」

「ごめん、そんなにエメリヒの手紙を楽しみにしていたなんて思ってもいなかったから」

「は、はあ!? 楽しみになんて、全然していないし!!」

「……」


 アイナとエメリヒの文通は秘密裏に行われている。そんな手紙は我が家を通じてアイナに届けられるのだ。

 だが、エメリヒが三通書く間にアイナは気まぐれに一通書く、という少々おかしな文通となっているが。


「あの人、凄く変な人だわ」

「そう?」

「ええ、そうよ。前は道端で綺麗な花を摘んだからって、それを押し花にして、わざわざ自分でしおりを作って送って来たり」


 その、届いた押し花の名前を調べろと迫ってきたのはどこの誰だったか。

 勿論異国の花なので、知るわけも無かったが。


 それよりも、エメリヒがしゃがみ込んで花を摘んでいる姿やいそいそと押し花を作っている姿を想像して、何とも言えない気分となったのを思い出す。


 ある程度収入のある男が、何故このような物を贈っていると言えば、前に何か贈り物をしたいと相談され、余り高価な品はあげない方がいいと助言した結果だった。まさか、お金の掛からない物を用意してくるとは誰が想像をしただろうか。


 エメリヒの変わった贈り物は押し花のしおりだけではなかった。


「他にも、絵の付いた厚紙に手紙を書いて送って来たり」


 紙に印刷されてあった美しい白亜の城の絵を、真剣な眼差しで眺めていたのは他人の空似だったのかもしれない。


 絵葉書はこちらでは珍しいが、異国では普通にやり取りの一つとして認識されている。自分も土産物で最初に見た時は「へえ」となったのを思い出した。


「それに、この前なんかは海岸で拾ったっていう貝を送ってきたのよ!?」


 アイナの手首には、小さな薄紅の貝を使った腕輪が巻かれていた。自分で加工をしたのだろう。しっかり気に入っているようだった。


 何だかんだで上手く心を掴んでいるではないかと、微笑ましい気持ちになってしまう。

 ニヤニヤしている自分に気が付いたアイナは気持ちを悟られないようになのか、素直ではない態度を取っていた。


「本当に変な人!」

「そ~だね」

「!?」


 自分ではエメリヒの事を変な人と言っていたが、他人から言われるのは嫌らしい。アイナのお言葉を適当に流す為に、軽く返事をすれば怖い顔で睨まれてしまった。


「そう言えば、もうすぐ遊びに来るって言っていたけれど、アイナの手紙に詳しく書いてあった?」

「はあ!? なによ、それ!?」

「あれ、書かれてなかったとか?」

「……」

「アイナ?」

「手紙!!」

「そうだったね」


 おんぶ紐があって、上着の内ポケットに手が入らず、取り出すのに時間がかかってしまう。目の前のアイナは分かりやすい程にイラつきを見せていた。


 そして、やっとの事で手紙を出して、アイナに渡す。


「……」

「何て書いてある?」

「家で飼っている犬に、子供が産まれたって」

「……」


 エメリヒ、なんという残念な男なのか。


 二人の行く末が少しだけ心配になってしまう。そんな日の至極残念な話であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ