命の炎
「というわけで、俺は町長から頼まれたトンネルの魔物退治に行くことになったんだけど、皆はどうする?」
翌朝、朝食を食べながら皆に依頼の件を説明した。朝起きたら、なぜか周りに皆が寝ていた件については、いつものことなのであえてツッコミはしないよ。
「私たちは商会で取引があるからパスね」
リズとアスカさんは商談。クルミはウルナさん、ジルと一緒に町でお買いものツアー。
「俺たちも買い物ツアーに行くからパス!」
レオナさん、ミラさん、ミザリーさんは護衛兼気晴らしでクルミたちに同行するみたいだ。
「楽しみですね! 魔物退治!!」
瞳をキラキラさせているのはアズライト。え……? こっちについてくるの? 思わずヴィオラを見ると、大きく頷いている。駄目だ止める気はなさそうだ。
というわけで、町長が寄こした馬車に乗るのは、俺、アズライト、ヴィオラ、ティターニアさん、ライトニング、マイナさん、ベアトリスさん、カスミ、ヴォルフ……は歩き。うーん……それにしても濃いメンバーだ。
「しかし、グラッド叔父上と会うのも久しぶりだな」
なんでも町長のグラッドさんは、ライトニングの父でポルトハーフェンの領主ライオネルさんの弟なんだとか。言われてみればライオネルさんに似ているかも。でもしゃべり方とか全然違うから気付かなかったよ……。
「そういえば、カスミはなんでこっちに来たんだ?」
「何よ、来たら悪い? もし可愛い魔物だったらテイムしようかなって思ったのよ」
なるほど、たしかに現在カスミにはヴォルフとコウモリくらいしか手札がないからね。この機会に違うタイプの魔物を増やしておくのも悪くないかもしれない。
「マイナさんとベアトリスさんも買い物行っても良いんですよ? どちらかと言えば、クルミたちの方が心配なんですから」
一応、路傍の花のパーティに王都までの護衛依頼をした形にはなっているけど、あくまで護衛任務だからね。今回のような討伐に参加する必要はない。むしろ、町へ行くクルミたちが心配だ。美女、美少女揃いだし、港町だけに荒くれ者とかが多そうなイメージなんだよね。我ながら過保護だとは思うんだけど。
「ふむ、買い物にはセレブリッチ商会の人間が案内に付くと言ってたから大丈夫だとは思うが……心配なら、私も向こうに行こうか? こちらはどう考えても過剰戦力だしな」
「ありがとうございます!」
ベアトリスさんが行ってくれるなら安心だ。本当は、ティターニアさんも行ってくれれば、さらに安心なんだけど……。
「ふふふ、魔物退治か、血がたぎる……」
駄目だ……ティターニアさんはやる気だ。あのひと本当にエルフなんだろうか?
「い、イソネ殿、私も行った方が良いだろうか?」
「だ、大丈夫ですよ。マイナさんは一緒に行きましょう!」
くっ、そんな捨てられそうな仔犬顔されたら、町へ行ってくださいなんて絶対に言えないじゃないか……。
*******
「おおおっ! ライトニング、ずいぶん立派になったな!!」
馬車から降りたライトニングを抱きしめようとするグラッドさんだが、するりとかわされてしまう。行き場を失った両手が哀れだ。
「お久しぶりです、グラッド叔父上」
「十年ぶりだっていうのにつれないな!!」
苦笑いしながら手を振るグラッドさん。
「私もいつまでも子どもではないのです! 触れて良いのはイソネだけなのですよ」
ライトニング、なんか誤解を招きそうな言い方……いや、婚約者なんだし別に誤解でもないのか……?
「……イソネ殿だって? まさかライトニングお前……」
「はい、イソネと婚約したのです」
「そうか……軍神ライトニングがとうとう嫁に……」
男泣きしながら俺を抱きしめるグラッドさん。なんだ良い叔父上じゃないかと思ったら、全力で俺を絞殺しに来ているんだけど……普通の男だったら大変なことになってますよ?
「……ちっ、駄目か。おめでとうイソネ殿! ライトニングを幸せにしてやってくれよな!」
舌打ちしたの聞こえているんですけど!? 背中を叩くふりをして、今度は全力で叩き殺しに来ているんですけど!?
「……はあ、はあ。頑丈な婿殿だ。くそっ、これは認めるしかないな」
息を切らしながら渋々認めてくれたグラッドさん。まあ……良かったのかな?
「はははっ、早速仲良しだなイソネ!!」
ライトニング……どこをどう見たら仲良しに見えたんだい?
******
「ここから先は魔物が出ることがあるから気をつけろ……ってお前らには余計な心配だな」
グラッドさんの案内でやってきたのは、町の東側にある山脈地帯。
海までせり出した山脈の周囲には大森林が広がっているが、トンネル工事の現場までは、しっかりと道が整備されている。掘り出した土を運び出したり、資材を運び込むためにも必要だからだろう。
おかげで現場までは馬車を使っていくことが出来る。道の両サイドには柵が立ててあり、小型の魔物や獣なら、侵入を防いでくれそうだ。
「おお……結構凄いんですね……」
現場に到着すると、全員驚嘆の声を上げる。そこにはもはや小さな町といった光景が広がっていて、何百人もの男たちが新たな施設や仮住居などを建設している。
そして肝心のトンネルだが、それなりに掘り進んでいるようで、ここからでは奥まで見通せない。
「おおっ、グラッドさん!! 丁度良かった。また魔物が現れました……作業員が大勢やられてトーラが大けがをしました……」
「何っ!? どうやら本格的に住み着いちまっているみたいだな。安心しろシュニン、クラーケンを倒した英雄を連れてきたからな」
グラッドさんの言葉を聞いた作業員たちから歓声が上がる。どれだけ困っていたのか、それだけでも十分に伝わってくる。
「グラッドさん、俺たちのことより、怪我人を!」
「ああ、そうだったな。案内しろシュニン!」
大怪我をしたという作業員のもとへ急ぐ。
「しっかりしろ、大丈夫だ、絶対に助かる!! 負けるなトーラ!」
トーラと呼ばれた少年が重傷だ。もちろんポーションをかけ続けているが、ポーションはある程度傷が塞がってからでないと効果は薄い。これほどの重傷だと良くて延命効果にしかならないのだ。
遠目からでも、命の炎が消えかかっているのがわかる。ヤバい、このままだと死ぬ。唾液による再生も間に合わない。
『チェンジ!!』
間に合ってくれ……祈りを込めたスキルが発動されるのであった。




