露天風呂での頼まれごと
「……イソネさま、しかし、本当によろしかったのですか? あの者たちを売らずに手元に残したりして」
セレブリッチ商会で商談を終えて外へ出ると、船長のマレーさんが心配そうにたずねてくる。
「ああ、あの連中にはまだやってもらわなければならないことがあるんですよ」
実は、海賊団のボス、イノナカーノと参謀のカワーズ、そしてクラーケン殺しのミカーケとダオーシの兄弟に関しては、今回の取引では売らなかった。
もちろん理由あってのことだけどね。
「せっかくなんで、海賊団の取引相手も潰そうかと思いまして。あと、クラーケン殺し兄弟が所属している海賊団も可能であればまとめてね」
海賊たちが自由に暴れ回り、奪った品物を闇で売り払うことが出来ているのは、海賊と繋がっている有力者がいるからに他ならない。
そんな奴らがのさばっている限り、いくら海賊を捕まえても本当の意味での解決にはならないからね。
「……本気ですか? いや……本気なのでしょうな。ふふっ、もう私の常識が音を立てて崩れっぱなしですよ。何か手掛かりでもあるのでしょうか?」
そう、尋問で有力な手掛かりがあったからこそ、売らなかったのだ。
「はい、どうやらコルキスタで大規模な闇の取引が行われているみたいなんですよ」
「コルキスタ!? あのリゾート地ですか……たしかに世界中の金持ちが集まる場所ではあるが……しかし、まさか……」
コルキスタはこの先立ち寄ることになる寄港地の中でも最大規模の街で、風光明媚な保養地として、王族や貴族はもちろん、多くの富豪たちが別荘をかまえている場所だ。
当然その分警備も厳しいはずなんだけど、そこはやはり有力者の後ろ盾があるのかもしれない。
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セレブリッチ商会のVIP用宿泊施設に戻ると、ナイスミドルな執事がにこやかに出迎えてくれる。
「お疲れ様でございましたイソネさま。当館の筆頭執事を務めておりますセバッカスと申します。どうぞセバスとお呼び下さい」
うーん、たしかにセバスと言えなくもないのか? さすがはセレブリッチ商会、こだわりがハンパない。
「イソネです。えっとセバスさん、よろしくお願いします。皆は?」
「皆さまお疲れのようで、温泉に入られた後、すぐにお休みになられたようです」
おおおっ!! 温泉あるの!? そりゃああるか、VIP用だもんね。
でも、そうか……皆寝ちゃったか。ほっとしたような、残念なような……。
よし、俺も早く温泉に浸かって寝よう! 明日は町を満喫する予定だしね。
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温泉は海を眺められる最高のロケーションだ。
月明かりの下、聞こえてくるのは波の音だけ。景色も素晴らしい。
まるでホテルの大浴場のような露天風呂をひとりで貸し切り状態なんて、こんな贅沢なかなか出来ない。手足を目一杯伸ばして夜空を眺めながら温泉に浸かる。う~ん、最高!!
「よう! 一緒にいいかい?」
まったりと寛いでいたら、いかにも軽そうなノリで男が声をかけてくる。
振り返ると、声のイメージそのままの金髪碧眼のイケメン男が立っている。見た目は30代後半ぐらいだろうか。鍛え上げられた鋼のような肉体を見る限り、ただ者ではないことが容易に察せられる。
それはどうでもいいんだけど、少しは前を隠そうか。丁度目の高さにぶら下がっているんだよ。何がとは言わないけどさ。どれだけ自信家なんだろうね。ははは。
「もちろんですよ、どうぞ!」
男は隣にやって来ると、一気に肩まで湯に浸かりながら大きく息を吐き出す。
「く~っ、やっぱりここの温泉は最高だな。激務の疲れが消えてゆくよ」
「ははっ、確かに最高ですよね。眺めも良いし、ここまでの温泉はそうは無いでしょうね」
前世を含めても、この露天風呂は間違いなくトップクラスだと思う。
「そうかい! 英雄といわれる男にそう言ってもらえりゃあ、この町の誉れだな。くくっ、嬉しいもんだね」
「……俺のことを知っているんですか?」
「もちろんだ。噂の英雄イソネに会いたくて、わざわざここへ来たんだからな。申し遅れたが、俺はグラッド、この町の領主兼町長をやっている」
「え!? 町長さんなんですか? 初めまして、俺はイソネです。早速満喫させてもらってますよ」
ただ者ではないとは思ったけれど、まさかこの町のトップとは……ということは、この人も貴族なのかな? それにしても、わざわざ夜遅くに会いに来るんだから、何か話でもあるのだろうな……。
「それで? 何か話があるのでしょう?」
「ははっ、さすがは英雄どの、話が早くて助かるよ。実は折り入って頼みたいことがあるんだ」
「頼みですか……何でしょう?」
面倒事じゃないと良いけどなあ……明日は町を巡ろうと思っていたからね。
「イソネ殿はトンネル工事のことは知っているか?」
「はい、なんでもポルトハーフェンとこの町を陸路で繋ぐ計画だとか?」
「ああ、そうだ。人手は英雄どのの売ってくれた海賊で賄えそうなんだが、トンネル内部に魔物が出現して困っているんだ。何とかしようとはしているんだが、手強くてな」
ふむ、それだけ強力な魔物だってことか……。まあ困っているなら助けてあげたいけれど……。
「もちろん報酬は弾むさ。それから……ちょっと待ってな」
グラッドさんが指を鳴らすと、十名ほどのメイドさんたちがやってくる。
「へ? これは一体……?」
「ふふふ、我が町最高の洗体メイドたちだ。間違いなく天国へ行ける。どうだ?」
「……俺は英雄ですよ? 人々が困っているのを見過ごせるはずないじゃありませんか!!」
勘違いしないでほしい。断じて洗体メイドのせいではない。最初から引き受けるつもりだった。間違いない。
「ありがてえ! じゃあ俺は先に帰るが、ゆっくり楽しんでくれ。明日の朝、迎えの馬車を行かせるからな」
にやにや笑いながら去ってゆくグラッドさん。え? 行っちゃうんですか!? 俺一人だとマズいですって!!
「ふふっ、さあ英雄さま、どうぞこちらへ」
すでに周りは十人のメイドさんたちに包囲されている。くっ、こうなれば抵抗しても仕方ないか……。せっかくの洗体、まさかこんなところで味わえるとは思ってもいなかったけれど……。
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洗体……控えめに言っても最高だったな……。今晩はよく眠れそう……ふわあ。それじゃあお休みなさーい。
ベッドへ倒れこむと、そのまま泥のように眠るイソネであった。




