港町セバス
港町セバスは、ポルトハーフェンの衛星都市でもあり、北部航路を取る船舶は必ずこの町に寄港することもあって、常に多くの船舶が行き交う非常に賑やかな場所だ。
それに加えて、ここしばらく溜まっていた船便が一気に動き始めた影響もあり、現在、港のキャパを超える船舶がひしめいている。どう見ても海賊船団まで入れる余裕はなさそうだ。
船の交通整理をする港の人たちもすでに姿は見えないから、きっと酒場にでも繰り出しているのだろう。
まあ時間外に到着したのが悪いんだから、これは仕方ない。
海賊船団は港から少し離れた場所に停泊することにして、彼らにはボートで町へ行ってもらうことになる。
タイタキック号に関しては、さすがの大手商会、専用レーンがあるらしく、一番近くて良い場所に停泊が可能となっているのだ。実に気分が良い。
「やっと着いたわね~。早く大地を踏みしめたいわ!」
皆、慣れぬ船旅、港に到着して一様に安堵の表情を浮かべている。確かに初航海にしては色々と有り過ぎた気もしないでもない。
「トーカたちはどうする?」
『ふるるる~』
馬竜たちにも声を掛けてみたけれど、意外にも船が気に入ったようで、このまま船に残るそうだ。もしかしたら、ご飯が美味しかったのかな?
「皆さまは当セレブリッチ商会のVIP専用の宿泊施設がありますので、そこへご案内いたしますわ」
アスカさんの案内で皆は先に宿泊施設へと移動する。
俺? 俺はこれからボートを海流操作で何往復もさせて海賊たちを引き渡さなきゃならないんだよね。というわけで、ここからは別行動、しくしく。
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「でも船長、こんなに大勢の海賊たちを町へ連れて行って大丈夫ですかね?」
決して小さい町ではないけれど、船舶の受け入れと漁業ぐらいしか産業のない町にそこまで奴隷の需要があるのだろうか?
「大丈夫ですよイソネさま。この町では慢性的な人手不足なのです。長年の悲願に向けて、開発が始まりましたからね」
「長年の悲願?」
「はい、ご存知の通り、このセバスとポルトハーフェンは直線距離では大変近いのに、山脈と大森林によって分断されているため、山脈を越えるのは一部の冒険者ぐらいのもので、現在は実質海路しかない状況です。ならば、山脈を貫通するトンネルを作ればいいじゃないかという計画は昔からあったのですが……」
「ああ、やっぱり採算が合わないよね……」
「はい、まあ犯罪奴隷などを使って、細々と続けられてはいたのですが、このたび我がセレブリッチ商会がトンネル事業をポルターナ伯爵から請け負うことになりましてね。犯罪奴隷はいくらいても構わないのですよ。ましてや屈強な海賊ならなおのことですね」
船長のマレーさんは、海の男というよりは、旅客機のキャプテンみたいな雰囲気の知的で穏やかな中年男性で、まるで執事のようにいろいろ町のことを教えてくれる。
この国の奴隷制度では、危険な労働は犯罪奴隷のみに認められている。近年は戦争もなく、活きの良い犯罪奴隷は引っ張りだこで中々人手が集まらないのがネックなのだとか。王都で集めるとなると数は揃うけれど、高い割には力仕事に向く犯罪奴隷は少なく、採算はまったく合わない。
それでもセレブリッチ商会がこの事業を引き受けたのは、ポルターナ伯爵との関係だけではなく、将来的な利益をにらんでのことだろうね。コーナン王国は、国土は広いけれど、南北が山脈と大森林に分断されているからトンネルの潜在的な需要は限りなく大きい。
アレクセイさんのことだから、現代日本の知識を活かしてトンネル工事を商会の事業の柱にしようとしているのかもしれない。
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海賊たちを連れて向かったのは、セレブリッチ商会のセバス支店。町の中でもひと際大きい建物で、ここ以外にもリズたちが先に向かったホテル施設やレストランなどがあるわけだ。さすがは本拠地の衛星都市。もはやこの町において、セレブリッチにあらずば人にあらずというのは大袈裟かもしれないけれど、絶大な影響力を持っているのは疑いようもない。
「お待ちしておりました英雄イソネさま。お話は伺っております。出来る限りの条件で買い取り引き受けさせていただきます」
深々と頭を下げて迎えてくれたのは、支店長のセバスティアンさん。おおお……さすがセレブリッチ商会、こんなところにも隠れセバスがいたよ!
「初めまして、イソネです。遅い時間にすいません。買い取り無理しないでいいですからね?」
「そうはまいりません。イソネさまはこのセバスの町を救ってくださったいわば救世主さま。この町に住む住民すべてが貴方さまに感謝しているのですから」
たしかにクラーケンがあのままであったなら、この町はもっと深刻な被害を受けていたことだろうけど、あれはほとんどカケルくんたちの活躍だから、ちょっと心苦しいものがあるよね。今更だけどさ。
海賊たち以外の金品は、明日直接リズやアスカさん立ち合いの下、取引されるそうだから、セバスさん、明日が本番だよ? 大丈夫かな……。
その後、奴隷の引き渡しとなったのだけど……。
「え? イソネさまは、奴隷契約スキルもお持ちなのですか?」
セバスさんが目を丸くして驚いている。
というのも、本来奴隷契約スキルを得るには、特殊な修行と試験を経てようやく一部の人のみが身に付けることが出来る後天的なスキルだ。普通は俺のような若造が持っているようなスキルではない。
「ふふふ、セバスさん、イソネさまは規格外ですからね。それくらい当然でしょう」
マレーさん、あまり持ち上げられると恥ずかしいんですが。本物の規格外を知っていると特にね。
「いやあ、これで経費と手間が大幅に省けました。ありがとうございます、イソネさま」
実は奴隷のコストの中で大きな割合を占めるのが、奴隷契約費用。
しかもこれだけの大人数ともなると、契約更新するだけでも結構日数もかかる。普通の奴隷商人は、俺のように魔力量が多くないので、同時に何人も出来ないのだ。
だからセバスさんがほくほく顔をするのも無理はない。俺も心苦しいところがあったから、これぐらいサービスしてもいいよね。
海賊たちの所有者をセレブリッチ商会へと変更して無事引き渡しは完了となる。
今回の海賊313人の引き渡しで、金貨300枚 (約3億円) の収入。最近はこれぐらいの金額だと小銭みたいな感覚になってきてヤバい。
しかも、間違いなく海賊船の売却額はこの数倍以上になるし、領主からの報奨金も別途もらえるのだ。ああ……こうやって金銭感覚が麻痺して行くんだろうなあ……。
どんどんエスカレートしてゆく自らの資産額に頭を抱えるイソネであった。




