藍と紫
やはり保存の魔法だったのだろうか。
海中に沈んでいたにも関わらず、この部屋だけは完全に無傷だ。しかも海水で濡れた様子もなく、止まっていた時間が動き出したかのようで不思議な気持ちになる。
部屋の内部には、思った通り大量の荷物、おそらく財宝で間違いないだろう。容器となっている箱でさえ、高級そうな輝きを放っている。これなら、仮に中身が空っぽでも、高く売れそうですよ。
ただし、予想外の問題が…………
「イソネさん、私怖い!!」
ミラさんがひしと抱き着いてくる。おおう……もう色々柔らかくてヤバいですよ……。
「あれは……生きているのか?」
ライトニングが部屋の中央をにらみつける。
そう――――部屋の中心には、ぴくりともしない二人の人間が横たわっているんだよね……。
みんなの視線が俺に集まる。はいはい……俺が確認しますとも。ちょっと下がっててくださいね~。
近くに行ってみると、二人とも両手足に鎖を付けられている。
奴隷だろうか? それにしては二人とも高級そうな身なりをしている。
一人はドレスを着た藍色髪の美少女。もう一人は、立派なローブを羽織った紫髪の……イケメン? それとも女性だろうか? 状況から判断して、この人が魔法を使った術者の可能性が高い。
見た感じ外傷もなく、死んだように寝ているだけのようだけど…………。
どうしようかとみんなの方を見れば、お前がやれと無言の圧力……。やれやれ、少し揺さぶってみれば目を覚ますかもしれないね。
心臓が動いているかどうか確認する。あの……そんな目で見ないでくれないかな? いやらしいことしているわけじゃないんだけど。
でも、どうやら心臓は動いている。柔らかい膨らみがゆっくりと上下しているのが掌を通して伝わってくる。
視線を戻すと、突然、藍色髪美少女の目がぱちりと開いて互いに視線が合う。
「きゃああああああああああ!!!!?」
「え? あ、あの……俺は怪しいものじゃ――――」
くそっ、ばっちり胸に手を置いておいて怪しくないは通らないか……!? タイミング悪いよ。
「おのれ、殿下に何をする無礼者!!」
紫髪のローブ、たぶん声の感じだと女性、の魔力が爆発的に高まる。マズい、こんなところで魔法をぶっ放したら財宝が……。
「死ねええええ!! ……って、え……? 魔法がキャンセルされた?」
……危なかった。とっさにカケルくんからもらった指輪を彼女の指にはめてみたけど、効果てきめん。チェンジスキルを封印したくらいだから、魔法にも効果があると思ったんだよね。
「くっ、一体何をした? 我らをどうするつもりだ?」
キッと睨みつける女性。まいったな……。でも状況を考えたら、警戒するのも無理はないか。
「まずは話を聞いてもらえませんか? 俺はイソネ。海中に沈んでいたこの船を引き揚げた者です。一体なにがあったんです?」
とりあえず話は聞いてもらえそうだったので、これまでの経緯を説明する。
「……なるほど、コーナン王国の方々でしたか。となると、貴方方は、我々の命の恩人ということになりますな……先ほどの御無礼、心よりお詫びいたす」
「良いんですよ、それよりそのままでは不便でしょう。ちょっと動かないでくださいね――――」
二人の手足を拘束していた鎖を引きちぎる。
「もう大丈夫ですよ。痛いところとかないですか?」
「…………」
「…………」
……あれ? 何か無言になっちゃった!? 俺、変なことした? 振り返ってみんなを見ると、首を横に振るだけで助け船を出してはくれないようだ。くっ、気まずい。
「あの、イソネ殿? この鎖、手で引きちぎれるようなものではないんだが!?」
ああ……それで無言になってたのね。
「多分、ラッキーだったんですよ。それか、錆びてボロボロになっていたのかも?」
いや、駄目だ、鎖めっちゃ新品だよ、ピカピカだし。
「っていうのは冗談で、俺、力持ちなんですよ、あはは」
「そ、そうか……かたじけない、私は、ヴィオラ、スタック王国王女付き魔導師だ」
げっ!? 王女付き? まさか……こちらの美少女って……?
「あの……イソネさま……いえ、旦那さま。私は、スタック王国第三王女、アズライトと申します。先ほどは大変失礼いたしました」
なぜか赤い顔で頭を下げるアズライトさま。瞳は潤み、熱っぽくこちらを見つめている。
ああ、やっぱり本物の王女さまだったよ……。でも、そんなことより――――
「ち、ちょっと待ってください、その旦那さまって何ですか?」
聞き間違いだったら恥ずかしいけど。
「イソネ殿、未婚の女性王族が大事な部分を触られたのだ。責任を取ってもらうしかあるまい」
うえっ!? 王族って、そんなしきたりがあるの?
ウルナさんに助けを求めたら、こくこく頷いているんですけど……マジですか。
ううう……みんなの生暖かい視線が辛い。おかしいな……なんだかカケルくんに会ってから、婚約者の数が増えているような……まさか、変な加護とか付いているんじゃないよね!?
でも、俺のことは別に良いんだ。いや良くはないんだけど、彼女たちは国を失って帰る場所もないんだから。俺にできることがあれば協力してあげないとね。
「わかりました。俺に異存はありませんから、一緒に行きましょう!」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます……旦那さま」
いや、アズライトさま……その旦那さま呼びはさすがに早いのでは? リズたちに何を言われるか……。
「かたじけない、我ら行くところも帰る場所もないゆえ、感謝いたす……」
ヴィオラさんも見事な土下座を決める。へえ……この世界でも土下座はあるんだな。
でも、これだけは言っておかないと。
「アズライトさま、ヴィオラさん、もし自由に行動したくなったら、いつでも言ってくださいね。無理に俺たちに縛られることはないんですから。もちろん、出来る限りの援助はさせていただきます」
いくらなんでも、ちょっと胸を触ったからといった理由で人生を決めるなんてもったいない。王国は滅んだけれど、それは同時に、王族としての責務からも解放されたということでもあるんだから。




