神官ミラの実力
さて、準備が整ったので、早速宝さがしに突入しようと思ったのだけれど――――
「皆さま、少々お待ち下さい!」
「……ミラさん? どうしたんですか?」
神官のミラさんが行く手に立ち塞がり、皆を制止する。
いつもの飄々としたゆるい雰囲気ではなく、表情は真剣そのものだ。
「……大量の怨念と救われぬ魂が船全体に渦巻いています。このままでは危険かと」
「そ、そうなんだ……俺、大丈夫ですかね?」
そうとは知らずに思い切り船に接触してしまったんですけど……怖っ!?
「ふふっ、イソネさんは眩しいくらいの加護に守られていますから、何も出来やしませんよ」
ああ……そういえば、この身体、女神様が作ったってカケルくんが言ってたよね。なるほどそれで加護が……ありがたや~。
「とはいえ、他の方々はそうはいかないでしょうし、なにより魂を救うのは神官の務め。ここは、私に任せてくださいね~」
ミラさんの聖女のような微笑みに思わず見惚れてしまう。
おおっ、やっぱりミラさんは本当に神官だったんですね……疑っていてごめんなさい。
ミラさんが静かに船の前に立つと、彼女の足元が白く輝きだす。
「馬鹿な……無詠唱、しかも魔法陣無しでの神聖結界魔法だと……!?」
ティターニアさんが驚いたように目を見開く。
よくわからないけど、ティターニアさんが驚くのだからきっとすごいんだろう。
光は輝きを増し、その範囲は船全体を覆い尽くすまで広がってゆく。
ミラさんの魔力はすでに極限まで高まり研ぎ澄まされているのが伝わってくる。温かく、心地の良いひだまりのような優しい力の波動。
『我、力の根源たる女神イリゼに願い奉る。その海よりも深く、大空よりも広い慈悲深き御心をもって彷徨える魂を救いたまえ。怨念を癒し穢れを祓いたまえ。
開け神界の門、哀れな魂を正しき道へと導きたまえ!!』
『ニルヴァーナ!!』
巨大な光の柱が立ち上がり、バミューダ号を包み込んでゆく。まるで鳥籠のように、そして揺り籠のように。優しく温かい力が満ちてゆく。
その瞬間、俺にも確かに見えたような気がした。たくさんの魂のほっとしたような、安らぎを見つけたような微笑みを。天へと昇ってゆくたくさんのホタルの灯りのようなものは、はたして魂だったのだろうか。
でも船を引き揚げることが出来て良かった。ずっと暗い海の底に沈んだままなんて、あまりに可哀想だから。
「……ニルヴァーナ、上級神聖魔法か……。おい、マイナ! ミラは一体何者だ? ただの神官ではないだろう?」
「え? あ、ああ、まあ……でもただの神官ですよ。ちょっと才能があるだけで」
神官や神聖魔法のことはよく知らないけれど、ティターニアさんが言うように、ミラさんがただ者でないことは俺にもわかる。歯切れが悪いところをみると、あまり素性を明かしたくないのかな?
「ちょっとね……まあ良い、別に詮索するつもりはないからな。だが記憶が正しければ、ふふふ」
思わせぶりなことを言ってニヤニヤと笑うギルドマスター。何か思い出したのだろうか? めっちゃ気になるんですけど……。
「イソネさーん!!」
形の良い双丘を揺らしながら胸に飛び込んでくるミラさん。おう……柔らかい。しかも肉感的なのに重くないし、とても良い香りがする。
「だ、大丈夫ですか?」
「うう~ん、もう魔力使い果たしちゃって駄目ですぅ~。抱っこしてください~」
美女に潤んだ瞳で懇願されて断れる男がいるだろうか? いや、いない。
皆のために大仕事をしてくれたんだ。抱っこぐらいなんてことないさ。
「ふふっ、イソネさん……手つきがいやらしい。もっと強くして良いんですよ?」
あの、耳に息吹きかけるのやめて!! はうぅ!? 耳たぶ噛まないで!!
「くっ、ミラの奴、あれぐらいで魔力が無くなるわけないだろうが……」
「むぅ……ミラ、上手くやった……」
レオナさんとミザリーさんが何か言っているような気がするけど、何も聞こえない、聞かなかったことにしよう。
猫のようにゴロゴロ言っているミラさんをお姫様抱っこしながら、船内へと入ってゆく。
危険な魔物はいないようだけど、足元も悪いし、船が突然崩れるかもしれない。
リズ、クルミ、カスミ、ジル、アスカさんたちは念の為船外で待っていてもらい、中に入るのは俺、ティターニアさん、ライトニング、路傍の花、ウルナさんの少数精鋭メンバー。
「うん? どうしたイソネ、やはりミラでは物足りないか? どれ、私が代わってやろう」
「ち、違いますよティターニアさん、ちょっと気になることがあるんですよ……」
「……気になること? 私の下着の色なら水色だが?」
「おうふっ!? み、水色なんですか? そうか水色……ってそうじゃないです!!」
「馬鹿ねえティターニア。私ならピンクよ」
「おうふっ!? ぴ、ピンクなんですか? そうかピンク……ってそうじゃないです!!」
「? ああ、ごめんなさい、教えてしまったら楽しみが半減よね……本当にごめんなさい」
くっ、ミラさんがどこまで本気なんだかさっぱりわからない。
「クククッ、安心しろ、後でたっぷりと見せてやるからな!」
ぐぬぬ、ティターニアさんはもっとわからない。でも否定したら見せてもらえなくなるかもしれないし、ここは男らしく沈黙するのが吉か……。俺は水色とピンクが一番好きなんだから。
「それで? 結局気になることというのは何なのだ?」
……やっぱりからかっていたんですね。ええ、わかってましたよ。ニヤニヤしないでください二人とも。
「ああ、そのことなんですけど、フナ虫に調べさせたところ、一か所だけ侵入できない部屋があったんですよ……」
「ふふふ、イソネ、それは間違いなくお宝に違いない。おそらく魔剣の結界ではないのか?」
ライトニングの頭の中は、すでに魔剣でいっぱいのようだ。でも、あながち間違っていないような気もする。結界にせよなんにせよ、侵入を拒むだけの重要な何かがそこにはあるのだろう。
お宝の予感に期待を膨らませながら、船体内部を進むイソネであった。




