船上のアリア
「さあ、着いたぞ。早速始めようか」
『海流操作』を使い続けてあっという間にフナテン群島へとやってきた俺たち。
もちろんこんなところで船上泊するつもりはさらさらない。今夜はちゃんと街で休みたいので、少し急ぐ必要があったのだ。
フナテン群島はその名のとおり、フナ虫の群生地。島全体が少し黒光りして見えるのは、地表を覆い尽くすフナ虫の甲羅が光を反射しているからに他ならない。
正直あまり目に優しい景色ではない。いや……ごめん、控えめに言っても気持ち悪いです。
「イソネ、しっかりお願いね!!」
「イソネさま、戦果を期待しておりますわ」
「イソネ! 金貨を数えるのは任せておけ!」
……一応、皆に声を掛けたけれど、誰一人船内から顔を出すものはいない。わかってはいたけど、少し淋しいんですけど。
まあ、俺が言いだしたことだし、正直言って、手伝ってもらうことは特に無いのも事実だし。
停泊させた船の先端に立って服を脱ぎ、きちんと畳んでから海にダイブする。
『……チェンジ!! クラーケン!!』
俺の身体が七色に輝き、その姿は先日ポルトハーフェンを襲った巨大なクラーケンに変化する。そしてそのまま大きな水しぶきを上げながら着水。普通なら大きな波によって船が危険だけど、海流操作で船に影響は及ばない。
そう、チェンジスキルの新しい力、それは、かつて手に入れた姿に変身出来るというもの。そして、元の姿にも戻れるようになったことだ。これはチェンジスキルの数少ない欠点でもあったので、非常にありがたい。
俺ってまるで変身ヒーローみたいじゃないか。今はどう見ても悪役だけどさ。
テンションは上がるが、格好はつかない。何より観客はフナ虫だけだ。
『……大変だ……大変だ……』
一方の島は大騒ぎ。無数のフナ虫たちが、クラーケンの出現におおわらわ。
そんなフナ虫たちの大軍を割って数匹のひときわ大きなフナ虫たち……いや、あれは大王フナ虫か……? がこちらへやってくる。
『クラーケンさまああああ!!』
嬉しそうにすり寄ってくる大王フナ虫たち。見た目は少々アレだけど、大事な眷族だと思えば意外に可愛く見えてくるものだね。
『お前たち、今から海に沈んでいる財宝を引き揚げる。お前たちにも手伝ってもらうぞ?』
『わかったああああああ!!手伝うううううう!!』
触角をビシッっと持ち上げて返事をする大王フナ虫たちと、その後ろに控える無数のフナ虫たち。
うむ、素直な眷族たちで良かった。なんとも可愛い奴らだよ。
沈没船を引き揚げるのは俺の仕事だけど、周囲に散らばってしまっている細かい金貨や宝石なんかは、彼らに集めてもらうことにしよう。
いやね、俺は船に残っている分だけで十分じゃないかって言ったんだけど、そう言った時のリズたちの反応がさ……怖かったんだよね。無言の圧力って奴? あはは。
『よしっ、みんな財宝集めに行くぞ~!!』
『『『『おおおおおおおおっ!!』』』』
掛け声とともに次々と海に入ってゆくフナ虫たち。
俺も続くように海底へと潜ってゆく。
ふふふ、お宝財宝ザックザクだね!!
******
「兄貴、今回は大当たりでしたね! ぐふふ」
「ああ、まったくだ。まさか、あんなショボい客船にあの有名人が乗り合わせていたとはな。俺たちも運が向いてきたのかもしれんな、ワハハハハハ!!」
男たちの野卑な高笑いが聞こえてくる。大小十隻の船団には、所属を示す旗も紋章も付いていない。いわゆる海賊船団である。
「いいか、お前ら、歌姫アリアには絶対に手を出すんじゃないぞ。指一本でも触れたら、即海に投げ込むから覚悟しておけよ……」
「「「「わ、わかってますよ~、船長……」」」」
「ふん……なら良い。俺は様子を見てくるから、アジトに戻るまでは気を抜くなよ!!」
手下どもに念を押すと、船長と呼ばれた男は船内へと消えていった。
******
「……ご機嫌はいかがかな? アリア嬢?」
船内で酷い吐き気に耐えていると、暗く冷たい声が聞こえてくる。
ああ、この声は海賊どものボスの声だ。スキルを使うまでもなく、一度聴いたら忘れられない情のかけらも感じられない嫌な声。
「……そうね、酷い船酔いで吐きそうよ。私をどうするつもりなのかしら?」
精一杯の虚勢を張って何とか声を出す。今のところ、乱暴に扱われることはなさそうだけど、ロクなことを考えていないことぐらい想像がつく。
「ふん……それは悪かったな。この桶を使え。吐くならその中にな。あとは水だ。これでうがいをすればいいだろう。我慢せず出してしまった方が楽になると思うぞ?」
にこりともせずに、食事を入れる穴から桶と水を差しいれる船長。
「そんな怖い顔をするな……お前の身の安全は保障する。大事な商品なのだからな。クククク……」
まったく笑っていない目で私の全身を舐めまわすように確認する男。背筋にぞわっと寒気が走り嫌悪感に身悶えする。
(私は一体どうなってしまうのだろう……)
船長が去り、再び独りになった部屋の中。聞こえてくるのは、下品な男たちの笑い声と、波の音。そして船が軋む音だけだ。小さな窓すらないこの部屋にいると息が詰まりそうになってくる。
こんなことになるなら、無理に戻ろうとするべきではなかった。
世界各地でのツアーを終えて、久し振りに故郷へ帰れるはずだった。コーナン王国随一の歌姫として王都で名を馳せ、周辺国王からの招待で各国を巡った。そこまでは順風満帆だったのだ。
だが、クラーケンの出没によって、定期船は軒並み運航停止。国が用意してくれた船に乗っていればと後悔するものの、今となってはどうにもならない。
故郷の母の誕生日までになんとしても戻りたかった。ただそれだけだったのだ。もう何年も逢っていない。元気だろうか? 成功した自分の姿を自慢の両親に見せたかった。
だが、それはもう叶わない願いとなってしまった。
「お父さん……お母さん……」
独り静かに頬を濡らすアリアであった。




