変態紳士とコスプレショー
「ところでイソネ、その荷物は何かしら?」
くっ!? リズがコスプレセットに目を付けましたよ!! 駄目だ、これだけは守りぬかないと……せっかく良い雰囲気になったのに、変態認定されたくはない。
家族に隠し事は無しだって? いいや、親しき仲にも礼儀ありだと俺は思うんだよね!
「な、何でもないよ。カケルくんにもらった服が入っているんだ」
嘘ではない、やましいことはあるが、決して嘘はついていない。リズから遠ざけるようにトランクを背後に隠す。
「ふーん……英雄さまからもらった服ねえ……レオナ、お願い!」
目を爬虫類のように細めたリズが非情な命令を下す。我が婚約者ながら恐ろしい子。
「へへへ、任せろ! おらっ、観念しろや、イソネ!」
野生動物のような俊敏さで、襲いかかってくるレオナさん。とっさにトランクを守ろうとするも、一瞬遅かった。すでにトランクは彼女が掴んで離さない。
抵抗はしたものの、他のメンバーまで参戦してくるともう駄目だ。多勢に無勢。あっけなく奪われてしまった。こんなことなら、ジルに預けておくべきだったよ、とほほ……。
「へへっ、手こずらせやがって……さあて、英雄がくれた服だ、さぞや……」
全員がトランクを囲んで、目をキラキラさせている。
ああ……もう知らない。
―――― ガチャ ――――
とうとうトランクが開けられて、コスプレセットが白日のもとに晒される。終わった……俺は変態紳士認定されてしまうのか……。
「うわあ……何これ!! 可愛い!!」
「きゃああ!! すごいわ! この生地、一体何でできているのかしら……?」
「それよりも、このレースの作りを見てください! こんなの王宮でも見たことないですよ」
……え? あれ? 大興奮で盛り上がっている女性陣。どうなってんの?
ああ……そうか、良く考えたら、この世界の人たちコスプレなんて知らないじゃん! 普通に可愛い服にしか見えないよね……。ビビって損したよ。
「いやああああ!! なにこのエッチな服……イソネったら、私にこれを着せるつもりね」
「ち、ちょっと待て、下着まで揃っているのか……い、イソネ殿はこういうのが好み……」
いや、駄目だった。安心するのはまだ早かった……。くっ、カケルくん、なぜ見えない仕様にしてくれなかったのか。
その後、当然のように着せ替えパーティが始まってしまう。俺は反対意見を述べたのだが、耳を傾けてくれるものは一人もいなかった。
『まあ、諦めが肝心だぞ、イソネ』
「ありがとう……ヴォルフ」
そう、狼一匹を除いては。
だが、俺だって、ローカルながら英雄と呼ばれる男。この絶体絶命な状況でも活路を見出すことはできる。そうだ、前向きに捉えて、この状況を楽しめばいいんだ。ふふふ。
良く考えたら、タイプの違う美女、美少女たちが、生コスプレショーをしてくれるんだぞ? 本来なら、大金を払ってでもお願いしたい案件。
しかも上手く行けば、生着替えまで拝めるかもしれないじゃないか!!
低空飛行だった俺のテンションが成層圏まで一気に上がる。俺の祭りが今……開幕する。
「ほら、何してるのイソネ?」
え? なんで? なぜ俺が服を脱がされているんだ? ち、ちょっと待って、嫌ああああ!?
女性陣に取り囲まれて、抵抗むなしく、あっという間に衣服が剥ぎ取られてゆく。
めっちゃ恥ずかしい……死にたい。
「うわあ……可愛いよ、イソネ!! お人形さんみたい!!」
クルミが大喜びしている。ううう……全然嬉しくない。この衣装は、クルミが着た方が絶対可愛いのに……。
だが、今更止めてとも言えない空気だ。みんな目が血走っていて怖い。一通り終わるまで我慢するしかないよね……。
―――― 3時間後 ――――
……ちょっと待て。なんでこんなに種類があるんだよ? え……あんな小さいトランクに入る訳……ああ、カケルくんって空間魔法とか普通に使ってたもんね……あれか、猫アンドロイド的な便利グッズか……アイテムボックス的なやつ。
へえ……そりゃすごいや……ハハハ。
―――― さらに2時間後 ――――
あのう……もう真夜中なんですけど? そろそろ寝ませんか? 割とマジで……。
「ちっ、仕方ねえな。続きは明日またやるぞ。逃げようなんて思わない方がいいぜ? クククッ」
……レオナさん、なんでそんなに執念燃やしているんですか!? 第一、それ悪役のセリフですよ? え? また明日もやるの? 嘘でしょ?
ま、まあいいや。とりあえず、この地獄からは解放されるんだ。明日のことは、明日の俺に頑張ってもらえばいいんだし。
「クルミ、イソネと一緒に寝る~!!」
うん、クルミは何も悪くない……悪くないんだが、新たな火種に点火してしまったよね……。
そこから今夜っていうかもう次の日になってるけど、どういう風に寝るかの議論が始まってしまった。
駄目だ……もう眠い。先にベッドへ行かせてもらおう。
ふかふかのベッドにダイブする。さすが領主様の一番良い客室だけあって、最高級の品質だとすぐにわかる。横になった瞬間に強烈な睡魔が襲ってくるのも仕方がないよね…………。
「ああ!? イソネが寝ちゃった!!」
いち早く匂いで気付いたクルミがベッドに飛び込む。
他のメンバーも負けじと先を争うように次々ベッドに横になってゆく。
「うわあ……ふわっふわ……」
激しい戦闘もあって、何だかんだ、みんな疲れていたのだ。
争いらしい争いもなく、全員が寝息を立て始めるまで、さほど時間は必要なかった。
「おやすみなさいませ。クルミ、みなさま……」
最後にウルナが微笑んで、そっと明かりを消すのであった。




