四聖槍ライトニング
「いつまでイチャついているつもりだ、ジル?」
突然聞こえてきた声に、弾かれたピンポン玉みたいに俺から離れるメイドのジル。
凛々しい声だけど、おそらく若い女性の声だ。何時からいたんだろうか? 俺も気付かないほど気配を消していたというなら、相当の手練れだ。少なくともただ者ではない。
「あわわわわ……ら、ライトニングさま……も、申し訳ございません……」
消え入るような声で謝罪するジル。
「ふふっ、まあ良い。こちらも気配を消していたのだからな。それにしても焦ったぞ、私の前で女同士の情事でも始まるのかと思ったからな?」
姿を現したのは、美しいプラチナブロンドの美女。白い騎士鎧を身に着けた姿は、まさに姫騎士といった風情で、あふれ出る高貴さと、うっすらと紅がさした白磁のような白い肌に目が奪われてしまう。
「それで? お前は何者だ? こうしていてもわかる。相当の強者だとな」
心の奥まで見通すようなブルートパーズの瞳が揺れる。
「初めまして、俺はイソネ。今は訳あって女性の姿をしているけど、中身は男です。ライオネルさまのご厚意で、ここに泊めてもらうことになっています」
相手が何者かわからない状態では、あまり余計なことは話せないけど、少なくともジルの態度を見る限りこの屋敷の関係者……というか恐らくライオネルさまの家族だろうと思う。
「ほう!! お前がイソネか……そうか……ふふふ、活躍はライオットから聞いているぞ」
先程までの剣呑な雰囲気はどこへやら、花が咲いたように笑う美女騎士。少しキツめの容貌とのギャップがヤバい。魂が抜かれたように思わず見惚れてしまう。
それにしても、どうやら俺のことは知っているらしい。なんでこんなに嬉しそうなのかはわからないけれど。少なくとも嫌われてはいないようで安心……していいのかな?
「あの……貴女は?」
「ん? ああ、自己紹介がまだだったな。すまない。私はポルターナ=ライトニング、ここポルトハーフェンを治めるポルターナ伯爵家の長女にして、四聖槍が筆頭を務めている。英雄イソネ、会えて光栄だ。よろしくな!」
真っ直ぐな笑顔で右手を差し出すライトニングさん。
「よろしくお願いします、ライトニングさん」
差し出された手をがっしり握り返す。
四聖槍って、たしかアンリさんが言ってた騎士団最強の四人のことだよね……筆頭って!? この人が最強ってこと? 確かにめっちゃ強者のオーラが出ているけれども。
「ふふっ、なんだなんだ、ずいぶん他人行儀だな。お前は英雄なんだから、呼び捨てで構わない、いや、呼び捨てにしろ」
他人行儀って……初対面なんだから、ほぼ他人では? しかもなんで上から目線で命令してくるのだろうね。
「わかりました、ライトニング」
「……まだ硬いな」
「……わかった、ライトニング」
「……まあいいだろう、今はそれで許してやる」
良かった……なんとかOKが出たよ。でもこれ以上どうしろと? 解せないよ!?
「しかし、残念だ。私はこれから父上のところへ行かねばならない。イソネ、今夜はゆっくり休んで行ってくれ。あとは頼んだぞ、ジル」
「は、はい、ライトニングさま!」
そうか……だから着替えてたんだね。なんで自宅で鎧姿なのか不思議だったんだよ。
「ありがとう、イソネ。私の愛するこの街を守ってくれて……」
去り際にそう言って俺の頭をポンポンするライトニング。少し硬く体温が高い掌の感触がとても心地よくて、動く事も出来ずにされるがままになってしまう。
「どういたしまして。お役に立てて光栄だよ、ライトニング」
「ふふっ、ではまた明日の朝会おう」
彼女が去った部屋はまるで明かりが消えたかのようで、少しだけ寂しい気分になる。さっき知り合ったばかりなのにな……。
「で、では、部屋に戻りましょうか……」
さすがのジルも、ライトニングに頼むと命じられては、変なことも出来ない。
彼女の態度の変化に、少しだけ寂しい気分になる。さっきまで、あんなに積極的だったのにな……。
「ねえジル、ライトニングはライオットのお姉さんなの?」
部屋に向かいながら、疑問に思っていたことを尋ねる。
「いいえ、ライトニングさまとライオットさまは、双子ですよ。ライトニングさまが妹です」
なるほど……異性の双子はあまり似ないというけど、本当にあんまり似ていないな。でも可哀想に、才能の多くが妹にとられちゃったんだね。
「イソネさま……? もしかして、ライオットさまに同情されているのですか?」
う……ジルは鋭いな。
「ま、まあね。あんな優秀な妹だとどうしても比べられてしまうだろ?」
「ふふふ、お気持ちはわからないでもありませんが、ライオットさまの方が、領民の人気は高いのですよ。武勇だって、四聖槍には及びませんけれど、その次の五本槍には入ってらっしゃいますからね」
なるほど、確かにライオットは温厚で真っ直ぐな優しい性格だし、人気があるのもわかる。それに……そうか、戦っているところは見ていなかったけれど、彼の戦果は凄まじかったと聞いている。
ライオネルさまもそうだけど、次代も育っているし、ポルトハーフェンは当分安泰そうだね。
「それに……とっても可愛い婚約者が三人もいらっしゃるのですよ」
まてまて、そんな事実を知れば、俺も心穏やかではいられないよ?
「さ、三人!? しかも可愛い……!?」
くっ、リア充め、爆ぜてしまえ!! 同情した俺が馬鹿みたいじゃないか! いや……ちょっと待て、思い切りブーメランだから止めておこう。はたから見れば、俺も文句なしにリア充だしね。うん。
「むう……イソネさまは可愛い子がお好きなのですか?」
拗ねる様にジルがジト目を浴びせてくる。
そうは言うが、ジルだってとんでもない美少女なのだ。メイド服が似合いすぎていて、メイド族という種族ではないかと思ってしまうほどに。
その艶やかな灰色の髪と同じ色の瞳が大変に庇護欲をそそり、思わず抱きしめてあげたくなってしまうんだからね?
ジルだって絶対に負けていないよ、って言ってあげたかったけれど、残念時間切れ。部屋の前に到着してしまった。だから一言だけ、
「ジルはとっても可愛いよ」
そういって頭をポンポンしてジルと別れるイソネ。
「ふえっ!? か、可愛い……!?」
顔を真っ赤にして固まってしまうジルであった。




