コーヒーと焼き菓子と規格外
『コーヒーをどうぞ、イソネさま』
「あ、ありがとうございます……」
流れるような動きで目の前に置かれるコーヒーカップ。ふわっと香るほんのり甘く高貴な香り。
や、ヤバい、失礼とわかっていても目が釘付けで離すことができない。
キタカゼさんと出会ったとき、この人より綺麗な人なんていないと思っていたけど、ヒルデガルドさんも決して負けていないんですけど!?
『ふふっ、冷めないうちに召し上がってください』
「ああっ、す、すいません!!」
くすくす笑うヒルデガルドさん。ああ恥ずかしい。コーヒーに口を付けながら、あらためて状況を確認してみよう。
俺は今、カケルくんが作ったらしい異空間にあるお屋敷にお邪魔している。
のんびりコーヒーを飲んでいる場合かと思ったけど、仲間たちと街の人々は、キタカゼさんたちが受け持ってくれているそうなので安心だとのこと。
ここでなら、邪魔が入らない形でゆっくりと話ができる。時間もほとんど経過しないとかすごいよね? もう意味がわからないから、そういうものだと思うことにしている。
「う、美味い……何ですかこれ?」
ヒルデガルドさんのスペシャルブレンドは、カケルくんがいうように、キタカゼさんたちに飲ませてもらったコーヒーよりもはるかに美味しい。同じ物なのに、入れ方が違うのだろうか?
そして、さらに驚いたのは、一緒に出された焼き菓子の異次元の美味しさ。だって、カケルくんが作ったっていうんだよ? 料理まで天才とか貴方は完璧超人なんですか!! もう凄すぎて笑える。
「だろ? ヒルデガルドのブレンドは世界一だからな」
そういってヒルデガルドさんを褒めるカケルくん。なんだろう……女の身体のせいか、ドキドキしてしまう。まてまて、しっかりしろ、俺!! 自分が褒められたわけでもないんだぞ。
『ふふっ、カケルさまの焼き菓子こそ宇宙一です』
クールビューティーの化身のようなヒルデガルドさんが、赤い顔でカケルくんの後頭部に柔らかい物を押し付けているのがわかる。うわあ…どうしよう。俺、絶対に顔真っ赤だよ。っていうか、なんでカケルくん、そんな平然としていられるのか不思議でならないんですけど?
「は、ははは……と、ところで、カケルくん。あらためて、礼を言わせてください。何度も助けてくれてありがとうございます。本当に感謝しています」
キタカゼさんのことも、今回のクラーケンのことも含めて、すでに何度も助けてもらっている。正直、とても返しきれるような恩ではないけれど、少しでもカケルくんの役に立てるのなら、喜んで協力しようと思う。
「気にしないでくれ。俺は俺で世界の為に動いただけだ。結果的に力になれたのなら嬉しいよ。他に困ったことはないか? 今ならなんでも引き受けるぞ?」
「困ったこと……ですか」
参ったな……役に立とうと思っていたのに、困ったことはないか、だって? 俺も結構お人好しだと思っていたけど、カケルくんははっきり言って次元が違う。見ているもの、見えているものが根本的に違うのだろうな。世界のために動いたっていう言葉だって、決して誇張なく、ああそうなんだろうなとしか思えないし。
だったら、俺もちゃんと考えないと。カケルくんの力は本当にすごい。たぶん、何でも出来るに違いない。困っている事、何とかしたいと願っている事、ちゃんと考えて伝えないと。だったら―――
「うーん、それなら、人身売買組織がですね――――」
今、一番の懸念事項はやはり人身売買組織だろう。世界中に勢力を持っていて、先ほどのデメテルのように危険な力で容赦なく襲い掛かってくる。正直、俺一人が頑張ってどうにかなる相手ではない。これからの旅のことを考えてもやはり相談すべきだと思う。
「ああ、それなら潰したぞ。さっきのデメテルが幹部では最後の生き残りだ」
……は? 潰した? 組織を?
「…………マジですか!? そ、それなら、実は背後にグリモワール帝国が――――」
そうだよ、実際に組織を背後で動かしているのは帝国だ。いくら組織を潰しても……
「ああ、それも解決済みだ。もうちょっかいかけてくることはないから安心してくれ」
……へ? 解決済み? どうやって? でもまあ、カケルくんなら、何とかしたのだろう。
「…………えっと、そうだ! 実は人探しをしていて――――」
本当はこれが一番気になっていたんだ。クルミのためにも、何とかウルナさんの手がかりを見つけたい……。
「ああ、ウルナなら、先日救出して向かわせたから、今頃クルミちゃんと再会していると思うぞ」
……いまなんとおっしゃいました? へ? 救出済み? クルミと再会している?
「…………カケルくん、いくらなんでも規格外にもほどがありますよ?」
良かった……本当に良かった。自然と頬が緩む。クルミがどんなに喜んでいる事だろう。俺も早くウルナさんに会ってみたいよ。
「他には何かないのか? 金には困っていないと聞いているからな……」
それなのにカケルくんは、困り顔でそんなことを言ってくる。ふふっ、俺が女だったら、もう完全に落ちてますよ? でも、困ったな……もう困っていることは大体なんとかなって……
「あっ! 実は、この街の騎士団長さまの奥さまが領主さまの妹なんですけど、不治の病で苦しんでいるらしいんです。カケルくんならもしかして……?」
「ああ、問題ない、後でこっそり治療しておくから、適当に誤魔化しておいてくれ」
症状を聞くまでもなく即答か……。もはや神だね。でも―――
「誤魔化すって……ちゃんとみんなに紹介したいんですが?」
なんで誤魔化す必要があるんだろう。別に悪いことするわけじゃないのに。それに、みんなにもカケルくんを紹介したい。俺たち全員の恩人でもあるわけだし。
『イソネさま……カケルさまと出逢ってしまえば、どんな女性であれ耐えることは不可能なのです。例えそれがイソネさまの婚約者であれ、母親であれ。悪いことは申しません。今はまだ早計かと』
得意げに説明するヒルデガルドさんに苦笑いのカケルくん。
なるほど……謎はすべて解けた。魅力的すぎるのも大変なんだな。
「な、なるほど、止めておきます……」
このあと、実は様々な魔道具によって、この状態でもカケルの本来の魅力が相当抑えられていることを知り、心底戦慄するイソネなのであった。




