港町 ポルトハーフェン
昼過ぎになってから、ようやくパクスを出発する。
予定通りにすすめば、まだ日が沈まないうちにポルトハーフェンに到着できるだろう。パクスには一泊しただけなのに、色んなことがありすぎてもっと長い間滞在していたような気がしてしまう。
「それでは、ポルトハーフェンに向けて出発!!」
マイナさんの凛々しい掛け声を合図に、2台の馬車が出発する。
彼女が御者をつとめる客用馬車を引くのは、トーカとカゲ、2頭の馬竜。女性陣は全員こちらの馬車に乗っている。
一方の俺が御者をつとめるのは、馬竜のリザとザードが引く、荷馬車。乗っているのは、荷物と俺、そして、エンシェントウルフのヴォルフだ。なぜ? と思わなくもないが、女性を荷物の隙間に押し込むのも気が引けるし、仕方がない。淋しくなんてないですよ?
キタカゼさんたちの姿は見えないけれど、きっとどこからか監視しているのだろう。たぶんね。
***
さすがに、パクスからポルトハーフェンまでの道中は、もともと整備されているうえ、現在、騎士団が安全を確保していることもあって、何事もなくすすみ、予定よりだいぶ早く到着することができた。
ポルトハーフェンは、コーナン王国最大級の港町で、人口10万人の大都市だ。街の西側をカルヴォナ海に面しており、大陸の東側の玄関口として古くから栄えてきた。
また、カルヴォナ海は、巨大な内海であり、沿岸諸国へ向かう船も多く就航している。王都へは、カルヴォナ海を北上し、アルヘイス山脈が途切れた場所から陸路で向かうのだが、現在はクラーケンが出現中のため、定期便を含め、船はすべて運航休止となっている。
現在クラーケンが出現中だと聞いていたので、もっと緊迫しているのかと思っていたのだけれど、どうやら街中の賑やかな様子を見る限り、今のところ、そこまでの深刻さは感じられない。
まあ、事態が長期化してくるようなことがあれば、そうも言っていられなくなるのかもしれないけどね。
街への入場に関しては、ティターニアさんが一緒だったから非常にスムーズだった。むしろ、門番の人たちが熱狂的なファンで困ってしまったぐらい。
ヴォルフについても、従魔の首輪を付けているので、もちろん一緒に行動可能だ。もともと港町にはテイマーが多く集まる傾向がある。魔物の特殊能力を生かすには、都会のほうが向いているのだ。
「さてと、まずは宿を探さないとな……」
実は、現在ポルトハーフェンには、多くの商人たちが足止めされており、ほとんどの宿屋が満室状態らしい。
特にだいぶ大所帯となってきた俺たちが泊まれるような宿はなおさら空きがないだろうと、門番の人たちが教えてくれた。
みんなで手分けして当たってみたものの……
「駄目ですね。どこも満室です」
「こっちも駄目だったよ」
「困ったわね。これは最悪空きが出るまで馬車で寝泊まりするしかないかも」
リズのいうとおり、間もなく日が落ちる。少なくとも今夜は馬車泊になるのもいたしかたなしか。
「そうだ! イソネ、騎士団へ行くぞ、アンリが到着したら寄るように言っていただろう。上手くいけば、泊まるところぐらい相談に乗ってくれるかもしれん」
たしかにティターニアさんの提案が一番可能性が高い。駄目元で頼んでみるのもいいかもしれないね。
「じゃあ、私たちは荷物を売り捌いてくるわ。馬車で寝泊まりするなら、もう少しスペースを開けないとね」
リズの黒い笑顔がまぶしい。きっと物資が不足することをネタに高く売りつけるつもりだろう。俺にはできないことだから、実に頼もしい限りだ。
俺とティターニアさんは騎士団へ、リズたちは荷物の売却と、必要な備品の買い物、それからギルドに寄って、情報収集をして、お金も預けてくるそうだ。集合場所を決めて早速行動を開始する。
***
「ふふっ、やっと二人きりになれたなイソネ」
やたらご機嫌で腕を組んでくるイケメンエルフ。そんなうれしそうな顔をされたら、俺もうれしくなってしまう。別にデートしているわけではないんだけど、初めての町で腕を組んで歩いていれば、どこからどう見ても立派なデート中のカップルだろう。
街行く人々が思わず振り返るのは、ティターニアさんの美貌のせいだと思っていたんだけど、どうやら俺も含めてのことらしい。そういや、この吸血鬼、すごい美青年だったもんな。
街ではあまり多くない純血のエルフとエキゾチックな白髪の吸血鬼のカップルは、いやがおうにも人目を集めてしまう。
彼女は気にならないのだろうか? そう思って隣を見れば、揺れる瞳でじっと俺を見上げている。その瞳はずっと俺だけを映している。周囲のことなどまるで視界に入っていない。そのことが誇らしくて嬉しくて、ちょっとだけ恥ずかしい。
「あの……ティターニアさん?」
「ん? なんだイソネ、キスしたくなったか?」
周囲の視線もなんのその、堂々とキス顔を見せる彼女。
「ち、違いますよ、さっきから同じところを歩いているみたいなんですけど、この道で合っているんですか?」
「…………すまん、ちょっと浮かれていてな」
顔を真っ赤にして謝るティターニアさん。どうやら初めてのデートっぽいシチュエーションに夢中で、行く先のことなど考えていなかったらしい。
まいったな。可愛い……ギルドマスターが可愛くて仕方がない。このままデートを楽しみたいところだけど、そういうわけにもいかないよね。
「まあ……少しぐらい、遠回りしてもいいんじゃないですか?」
たくさんの人が行き交い、複雑に入り組んだ道。これは迷っても仕方がない。美味しそうな屋台、おしゃれなアクセサリー屋さん、引き寄せられるのは仕方がないよね。
「イソネ……ありがとう」
「何言ってるんですか、こちらこそありがとうございます」
彼女の耳に光るのは、出店で買ったイヤリング。あまりにも似合っていたから、ついついプレゼントしてしまったんだよね。後でリズたちにも買ってあげないとな。
「チッ、もう着いたか……相変わらず辛気臭い建物だ」
騎士団の本部を前に悪態をつくティターニアさん。
「イソネ、安心しろ、最悪の場合、私とイソネの部屋だけは押さえるように圧力をかけるからな」
「はは……期待してます」
仮にそうなった場合、みんなになんて言えばいいんだよ!?
「なんだその顔は? 心配しなくても同部屋だ。楽しみだなイソネ」
そんな心配してないですよ!!
内心ツッコみつつも、そんな状況になったらどうしようと悩むイソネであった。




